第百五十九夜 おっちゃんと黒炭
三日ほど仕事を引き受けずにダラダラと過ごしながら、酒場で情報を集める。
タイトカンドの周辺では一部のモンスターの動きが活発だった。特に、ロック・ゴーレム、岩の精、ベトムが数は多く、脅威と言われていた。
なかでも厄介なモンスターはベトムだった。ベトムは岩でできた牙と毒を持つ湿った土でできた体を持つ、猪の姿をしたモンスターだった。
近づくと体から毒のガスを噴出するので厄介だった。毒は遅効性だが吸い続ければ人間の命を奪うほどに強い。
護衛や討伐の依頼が冒険者ギルドの掲示板を賑わせる。
(一人で討伐の依頼を受けるのは、危険やな。護衛の仕事も一人なら止めて置いたほうが無難や)
掲示板を見ていると、黒炭の買い付けに関する依頼があった。
(これ、いいかもしれんな。ちょうど、おっちゃんも黒炭が欲しかったところや)
依頼票を剥がそうとして気付いた。黒炭の買い付け依頼が他にも六件ほど残っていた。
タイトカンドは鍛冶が盛んな街である、黒炭の需要は、常にある。
(なんや、やたら依頼が残っているの。一件だけならなんかの事情で買いに行かれんから手を貸して欲しい、ちゅう話やと思う。けど、黒炭はこの街の必需品やろう。専門の商人がおるのになんで冒険者を頼むんや)
おっちゃんは依頼の詳細を聞くために、依頼受付カウンターに行く。
「セニアはん、ちょっと教えて。黒炭の買い付けの仕事がやたらあるけど、タイトカンドでは黒炭の買い付けって冒険者の仕事なん。なんぞ、危険でもあるんか」
セニアが表情を曇らせて教えてくれた。
「少し前までは黒炭を扱う専門の商人が買い付けに行っていました。ですが、今は事情が違うんです。雲龍が炭焼き村とタイトカンドの間に出て、襲って来るんです。おかげで、一般人が黒炭を運べなくなったんです」
雲龍は、知っていた。全長が二十mほどの龍だ。ドラゴン種と違い羽はない。顔は長い髭があり、鬣を持ち、頭に大きな二本の角がある。手足には鋭い爪がある。
太く長い胴体を持ち空を飛び、高度な魔法を操る。噂では普通の武器が効かず、剣も弓もまるで雲でも攻撃しているかのようにすり抜けると聞く。
「雲龍か。厄介なモンスターやな。犠牲者ってどれくらい出てるん」
「三人ですね」
「あれ? 龍が絡むのに犠牲者が少ないね」
セニアが浮かない顔で淡々と語る。
「雲龍はなぜか黒炭を運搬していないと現れないんです。黒炭を置いて逃げると追ってこないので、黒炭を捨てると助かります。でも、荷物を捨てると雲龍は黒炭を持って行くので、輸送ができないんです」
「変わった行動を採る龍やな。まるで黒炭専門の追い剥ぎみたいやね」
セニアが弱った顔で教えてくれた。
「おかげで、今、タイトカンドから黒炭がなくなりつつあります。休業せざるを得ない鍛冶屋も出てきました。それで、冒険者を使ってどうにか黒炭を手に入れようとしているんです。でも、未達成が続いている状況です」
頭にバンダナを巻いた鍛冶師の格好をした若い女性が、冒険者ギルドに入って来た。
女性の身長は高くおっちゃんと同じくらい。女性の腕には鍛冶師らしく、立派な筋肉が付いていて、きつそうな目をしていた。
おっちゃんが道を空けると、鍛冶師の女性がセニアに怖い顔で詰め寄った。
「セニア、黒炭を運ぶ冒険者が来ないんだけど、どうなっているの。このままじゃ仕事ができなくて、干上がっちまうよ。至急、冒険者を廻してくれよ」
セニアが弱った顔で丁寧に謝る。
「リューリさん。冒険者を持ってしても黒炭を運びの依頼は失敗してばかり。遂には運ぼうとする冒険者がいなくなりました。なので、依頼が成立しない状況でして申し訳ありません」
リューリはセニアに喰って懸かった。
「困るんだよ、それじゃあ。火が熾せないとできる仕事が限られる」
セニアが助けを求めるような視線をおっちゃんに送ってきた。
セニアの視線を追ってリューリの顔が向く。
リューリが、おっちゃんに向き合う。
「あんたも冒険者かい。なら、黒炭の運搬をやる気はないか」
「わいは、おっちゃんと言います。おっちゃんも事情があって、ちょうど黒炭を買いに行こうと思うとったところや。ついでに、リューリさんの分を仕入れてきてもいいですよ」
リューリが切羽詰まった口調で、早口に頼んだ。
「わかった。炭焼きの村の炭焼き小屋を紹介するから、黒炭を買ってきてくれ。黒炭を一㎏につき、銀貨四枚で買い取るよ。ただし、明日までに運んできて欲しい」
「炭焼き村まで、どれくらいかかるん」
「行くのに半日。一日あれば、歩いても戻ってこられるよ」
冒険者ギルドで地図を買う。リューリに炭焼き小屋の位置を教えてもらった。
リューリは炭焼き小屋の位置を教えると、帰って行った。
「ねえ、セニアはん。街から炭焼き村までの間って雲龍以外のモンスターって出る? もし、そうなら、対策を考えんといかん」
「炭焼き村と『イヤマンテ鉱山』は逆の位置にあるから大丈夫です。けど、モンスターの活動は活発だから、気を付けてください」
おっちゃんは担ぎ紐を買うと炭焼き村に向った。
途中で霧が濃い場所もあったが、無事に夕方前には炭焼村に着いた。リューリに教えてもらった炭焼き小屋に行った。
「タイトカンドのリューリさんの紹介で来ました。黒炭を売ってください」
黒炭で顔を黒くした年配の職人が対応する。
「リューリの紹介か。いいよ。黒炭を売ってやるよ。うちの黒炭は一㎏で銀貨一枚だよ」
おっちゃんは黒炭を三十㎏を買って担ぐ。黒炭は軽いが、嵩ばるので量があまり持てなかった。
炭焼き小屋を出ると、おっちゃんは『瞬間移動』でタイトカンドに戻った。
リューリを訪ねて鍛冶場に出向く。鍛冶場のドアを叩くとリューリが出てきた。
「黒炭を買ってきたで。三十㎏運べたから、二十㎏を売るよ」
リューリが笑顔で店の奥に声を掛ける。
「アーロンの親方、黒炭が届いたよ」
年配の鍛冶師のアーロンが出て来た。アーロンがおっちゃんを見てがっかりする。
「届いたっていっても、人が背負える量か。なぜ、馬やロバで運ばなかったんだ」
「黒炭運びは、初めてやからね。まず、人の手で運んでみたんよ。あと、黒炭十㎏は、おっちゃんが使うから売れる量は二十㎏やからね」
アーロンの顔が渋くなる。
「二十㎏か。ないよりマシだが、少ないな」
「どれくらい欲しかったん」
「剣一振りを作るのに黒炭は百㎏必要なんだ。だから、百㎏単位で持って来て欲しい」
「百㎏単位はきついの。おっちゃんが背負うなら、三十㎏が限界やね」
とりあえず、黒炭二十㎏を銀貨八十枚で売却する。
(『瞬間移動』で黒炭を運ぶ仕事は、ないな。嵩ばる炭なら一度に三十㎏が限界や。三十㎏なら四回は運ばないと、剣が一振りも作れん。それにしても鍛冶って、黒炭をけっこう使うんやな)




