第百五十六夜 おっちゃんとロック・ゴーレム
草木が元気になる夏の季節の話。広大なランサン山脈の西端にタイトカンドの街はあった。
タイトカンドにある幅の広い石塔の階段を、急ぎ上って行く一人の中年男性がいた。中年男性は大きな鉄球の入った木箱を抱えていた。
男性の身長は百七十㎝。軽装の皮鎧を着て、腰には細身の剣を佩いている。
歳は四十二と行っており、丸顔で無精髭を生やしている。頭頂部が少し薄い。おっちゃんと名乗る冒険者だった。
石塔が小さく揺れた。大きな岩が城壁に当る音がする。おっちゃんは石塔の上に出た。
夕暮れの石塔からは身長十二mの人の形をした赤褐色の岩が見えた。人の形をした岩はロック・ゴーレムと呼ばれモンスターだった。
ロック・ゴーレムは半ば壊れていたが、街に侵入しようと街を守る高さ十五mの城壁を叩いていた。ロック・ゴーレムの一撃は重い。攻撃が城壁に当るたびに大きな音がする。
(城壁は厚いが耐えられるか)
石塔の上にはバリスタが設置されていた。
三人の兵士が城壁を叩くロック・ゴーレムを憎々しげに見つめていた。
おっちゃんは鉄球の入った箱を置き叫ぶ。
「鉄球を持って来たで。がんがん撃ってや」
おっちゃんの声を聞き、兵士の一人がバリスタに鉄球を装填する。
「バリスタ、装填完了」「バリスタ、発射」
バリスタから重さ五㎏の鉄球がロック・ゴーレムを目掛けて放たれる。
石塔は他にも三箇所ある。他の石塔からも鉄球が飛んでおり、ロック・ゴーレムの体を削っていく。地上から冒険者が弓や魔法で攻撃しているが、体の大きいロック・ゴーレムは、中々倒れない。
おっちゃんは鉄球を補充するために、石塔を機敏に下りて行った。石塔の下には街の鍛冶場から運ばれてきた、鉄球の入った木箱が置かれていた。
人がいなかったので、おっちゃんは『強力』の魔法をこっそりと唱える。おっちゃんは魔法が使える。どれくらい使えるかといえば、小さな魔術師ギルドのギルド・マスターと同じくらいに使える。
『強力』で力を強化して、鉄球の入った箱を抱え階段を上って行く。
何かが崩れる大きな音がして、人の叫び声が聞こえた
「城壁か、ロック・ゴーレムか、どっちかが崩れる音や。どっちや」
おっちゃんは階段を駆け上がって行く。
「崩れたのが城壁なら、ロック・ゴーレムが街に侵入してくる」
階段を上りきると、崩れたロック・ゴーレムの姿が見えた。叫び声は歓喜の声だった。
兵士が抱き合わんばかりに喜ぶ姿が見えた。おっちゃんは鉄球の入った箱を石塔の上に下ろした。
「城壁が厚くて助かったわ。街への侵入を阻止できてなによりや。これで今日も美味い飯が喰える」
城壁は破損していたが、街への被害はなかった。
おっちゃんは石塔を降りて、冒険者ギルドへ向った。冒険者ギルドは街の西側にある。
一辺が六十mの正方形の敷地にある、二階建ての木製の四角い建物が冒険者ギルドだった。
冒険者ギルドは一階の半分が冒険者の酒場になっている。席数は八十席。タイトカンドの冒険者ギルドには酒場はあるが、宿屋は併設されていない。付近には冒険者を対象とした安い宿屋があるので、冒険者は付近の宿屋に寝泊まりしていた。
冒険者ギルドに入って依頼報告カウンターに向かう。依頼報告カウンターには今年で十九歳になったばかりのギルド新人受付嬢のセニアがいた。セニアは白い肌の女性で金色の髪を肩まで伸ばしている。
セニアの顔は小顔で鼻は低め。性格は明るく快活な女性だった。服装は藍色のワンピースに、若草色のエプロンを着用している。
おっちゃんは依頼報告カウンターで冒険者用の認識票を返還する。
「ロック・ゴーレムの侵入を防いだで依頼完了や。なんとかなるもんやな。おっちゃんの仕事は運搬が半分に、お祈りが半分やったけどな」
セニアが元気良く声を掛ける
「ご苦労様、任務完了だね。報酬を用意するね」
セニアから報酬の銀貨が入った小さな袋を受け取った。
報酬は銀貨八十枚。街を巡る攻防戦の報酬としては安い。だが、おっちゃんの仕事は鍛冶場から運ばれてくる鉄球が入った箱を持って、石塔を上がるだけだったので文句はなかった。
(外で戦っていた連中には悪いけど、どこに配属されるかは、運やからね。おっちゃんは運が良かった)
おっちゃんは宿屋に戻ってから、近くの銭湯に行き汗を流した。銭湯から帰って来ると、フライド・ポテトを摘みに酒場でエールを飲んでいた。
笑顔の冒険者が帰って来て報酬を受け取る。エールで一杯やる冒険者で酒場は賑わった。冒険者の会話が聞こえてくる。
「あんな、馬鹿でかいロック・ゴーレムを見たのは初めてだ。通常の八倍はあったな」
「街を襲ったロック・ゴーレムだが『イヤマンテ鉱山』から出て来たらしいぞ」
タイトカンドは鍛冶師の街である。近くに炭焼き村や製鉄村がある。炭焼き村から黒炭を、製鉄村から鉄を輸入して様々な金属製品を作っていた。作った製品を他の街に輸出して経済が成り立っていた
タイトカンドはただの鍛冶師の街ではない。ハイネルンと国境を接するタイトカンドには『鉱山王リカオン』が治めるダンジョン『イヤマンテ鉱山』があった。
『イヤマンテ鉱山』からは『霊金鉱』や『重神鉱』と呼ばれる珍しい金属でできた武具や道具が出土する。『イヤマンテ鉱山』から出土する希少な武具を目当てにタイトカンドに冒険者が集まって来る。タイトカンドもまた、ダンジョンと共に栄える迷宮都市だった。
(何か理由がない限り、ダンジョンからモンスターが出て街に攻めては来いへん。攻めて来るモンスターが一体だけの状況はおかしい。やはり『イヤマンテ鉱山』では何か起きとるのかもしれん)
夜になる。ギルドの受付カウンターが空いてきた時におっちゃんはセニアに話しかけた。
「なあ、セニアはん。『イヤマンテ鉱山』について教えて。低層階なら、おっちゃん一人でも採取に行けるようなダンジョンなん。そんな易しいダンジョンなら嬉しいんやけど」
セニアが表情を曇らせて教えてくれた。
「地下一階なら一人で採取に行く冒険者さんもいるけど、単独はお勧めしませんよ。ダンジョンに行くなら複数でないと危険です。それに、今は『イヤマンテ鉱山』は危険な状態にあります」
気になる情報だった。おっちゃんは興味を示して尋ねた。
「どういう風に危険なん。強いモンスターとか出るん。おっちゃんは戦闘が苦手やからな。モンスターが強いなら、逃げ帰るしかない」
「『イヤマンテ鉱山』では毒性の強い鉱山ガスが大量に噴出して危険なんです。今まではそんな事件は、なかったんです。ダンジョンから巨大なロック・ゴーレムが出て街を襲った記録もないですけど」
「なんや。『イヤマンテ鉱山』では何か異常が起きているんかな。他にはなんか情報がある? お得な情報とかあったら、聞きたいわ」
セニアが軽く首を振った。
「お得な情報はありませんね。何か起きているかについては、わかりませんね。ただ、冒険者の『鋼鉄の兎』が攻略寸前だったので惜しい限りです。『鋼鉄の兎』も鉱山ガスが収まるまで攻略を延期する、って明言していました」
(鉱山ガスの噴出が攻略寸前のダンジョン防衛策として行われたならお粗末やな。ちいと異種族から聞き込みをする必要があるね)
「そうか。『イヤマンテ鉱山』は一人では危険か。さて、どうやって稼ごうかの。タイトカンドでお金になる採取の仕事ってなんかない? 危険でもいいから儲かる仕事を教えて」
セニアが軽い調子で教えてくれた。
「儲かる仕事ですか? 渓谷に住むバジリスクの卵の採取ですかね。成功すれば金貨二枚になりますよ」
「バジリスクは一人で遭ったら怖いな。他にはない?」
「仙人草の採取ですね。仙人草は年中いつでも霧の掛かる『幻谷』に生える草で、魔力回復薬の材料になります。ただ、生えている場所は霞人と呼ばれるモンスターの村の近くなんです」
(お、いい仕事があったで)
「霞人ってどんなモンスター」
セニアが硬い表情で教えてくれた。
「外見は人間とそっくりのモンスターです。体を霧状にできるのと、幻影と変身の魔法を好んで使います。そうして、霧で迷わせたりして、崖から落とす邪悪なモンスターです」
(人型なら話もできるやろう。霞人に『イヤマンテ鉱山』の話を聞きに行ってみるか)
「そうか、仙人草か。なんか、上手くやれば儲かりそうな話やな。仙人草の採取をやりたい。仙人草の形と『幻谷』の位置を教えて」
おっちゃんは情報を教えてもらった。おっちゃんは、その日のうちにエールとチーズと乾パンを買い、準備を済ませる。