第百五十五夜 おっちゃんと祭りの後に
翌朝になると、各ダンジョンから採用担当者がやって来て、説明ブースになっている街の各施設に散っていく。ジョブ・フェスタが開幕した。
おっちゃんもジョブ・フェスタ会場を見て歩いた。『黄金の宮殿』や『火龍山大迷宮』などの有名ダンジョンはアンデッドの列で賑わっていた。
「やはり、有名どころは人気やな。待遇もいいから激戦やで」
最も採用人数が多い場所は『サバルカンド迷宮』だが、アンデッドには人気がなかった。
「『サバルカンド迷宮』の採用枠が多いのに、人気なしかー。困ったけど、こればかりはどうしようもないな」
お昼を挟んで一次採用者が決まる。各ブースに『狭間の霧』が出現して、採用が決まったアンデッドたちが、各ダンジョンに向かっていく。混雑していた会場が緩和される。
夕方になると、二次採用者が決まった。再び『狭間の霧』が開かれる。
晴れ晴れとした顔のアンデッドが新しい職場に旅立つ。
「ダンジョン勤務は大変やけどがんばりや」
元々募集人数が少ない『タタラ洞窟』『氷雪宮』はここで募集が終わりとなった。
担当者が本部に挨拶に来た。おっちゃんはフィルズと一緒に頭を下げる。
「このたびは無理やお願いを聞いてもらって、助かりました。採用したアンデッドたちのこと、よろしゅう頼みます」
『タタラ洞窟』と『氷雪宮』の採用担当のトロルが改まった態度で礼を述べる。
「いえいえ、こちらこそ、このような場を設けていただき感謝しております」
挨拶の後に少し雑談をする。
『タタラ洞窟』と『氷雪宮』の採用担当者のトロルは終始ずっと笑顔で帰っていった。
おっちゃんは『サバルカンド迷宮』のブースに行く。ムッとした顔のザサンがいた。
「どうですか、ザサンはん。集まり具合は」
「まだ、八千人といったところだ。単純労働者が欲しいのだが、全然、足りない。職を求めるアンデッドがこんなにいるのに。なんでうちは、こんなに人気がないのだろう。急成長中のダンジョンなのに」
「最近のアンデッドは、保守的なのかも知れませんね。戻ったらアンデッドのキャリア・プランとか、作ったほうがええかもしれませんよ」
「そうだな。もう私が働き始めた頃と時代が違うのかもしれない。だが、労働者がまだまだ必要なのも事実だ。ダンジョン勤務は厳しい職場だ。殉職率も高い。でも、必要な仕事なんだ」
ジョブ・フェスタは翌朝まで続いた。
最終的には、三万にいたほとんどのアンデッドは新たな就職先をどこかのダンジョンに見出した。
職が決められなかったアンデッドについては『オルトカンド廃墟』に住む許可だけ貰い、不定期でアルバイトをすることで話が着いた。
アンデッドの輸送が済み、『オルトカンド廃墟』はまた静かな廃墟に戻った。
おっちゃんはアンデッドが去った廃墟を廻って『狭間の霧』に乗り遅れたアンデッドがいないか、見て廻る。
「どうにか、三万人の行く先が決まったの」
ジョブ・フェスタを終了させ打ち上げを行う。
フィルズがほっとした顔で感想を漏らす。
「三万人の失業者がやって来るって聞いた時には、どうなるものかと思った。だが、どうにかなるものだな」
「これも、フィルズさんのおかげです。アントラカンドの街と三万人のアンデッドは救われました。おっちゃんもこれで美味い酒が飲めますわ」
「『迷宮図書館』も助かった。アントラカンドがなくなったら、冒険者が激減だからな。結局おっちゃんは、人間の街を救い、三万人のアンデッドに雇用を与え、『迷宮図書館』を救った」
フィルズが畏まった態度を採る。
「アンデッドと人間を代表して礼を言う。ありがとう、おっちゃん」
「結果だけ見れば、おっちゃんの功績に見えるかもしれません。でも、おっちゃんは、ただ不幸な衝突を避けたかっただけですねん」
フィルズが機嫌よく勧める。
「そうか、なあ、おっちゃん。おっちゃんさえ良ければ『迷宮図書館』に来る気はないか。おっちゃんなら『オスペル』様に推薦してもいい。事務方の管理職ポストを用意させる」
「おっちゃんはそんな偉い人に向いていません。それに、おっちゃんは冒険者ですねん。冒険の旅は、まだ途中や。アントラカンドにいづらくなりましたが冒険の旅は続きますねん」
フィルズが残念そうに頷いてから、軽い口調で切り出す。
「そうか、旅の途中か。なら、次はタイトカンドに行ってみてはどうだ。タイトカンドの近くにはダンジョンの『イヤマンテ鉱山』があるだろう?」
「なんぞ、面白い話でもありますか?」
フィルズの顔が曇った。
「その逆だ。今回のジョブ・フェスタに『イヤマンテ鉱山』は連絡も付かず不参加だった。これは俺の予想だが『イヤマンテ鉱山』で何かが起きている可能性が高い。どうだ、冒険の匂いがするだろう」
『イヤマンテ鉱山』はアントラカンドの北に位置する。アントラカンドからなら街道沿いに行ける。
アントラカンドとは距離的にもほどよく離れていた。
「おっちゃんにできる仕事なんかたかが知れています。ただ、当てのない旅やさかい、タイトカンドに寄った際に『イヤマンテ鉱山』の様子を見てくるくらいならできます」
打ち上げが終わった翌日、おっちゃんは狭間の霧を発生させる魔道具をフィルズに渡した。
フィルズはジョブ・フェスタを手伝ってくれた報酬として、金貨十枚を払ってくれた。
おっちゃんはフィルズから保存食とエールを分けてもらった。
昼の日差しの中、おっちゃんはタイトカンドに向けてぶらりと歩き出した。
【アントラカンド編了】
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