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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
アントラカンド編
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第百五十三夜 おっちゃんとジョブ・フェスタ(前編)

 一度、解散となり翌日におっちゃんがフィルズの許を訪ねると、フィルズが明るい顔をして出迎えてくれた。


「『オスペル』様に許可を願い出たらその場で許可が下りた。『オルトカンド廃墟』を会場にして、ジョブ・フェスタを実行できる。場所はどうにかなった」


(ジョブ・フェスタいけるかもしれんな。だが、まだ第一段階や)

「会場はOKやな。次は参加ダンジョンへのアピールやな」


 フィルズが浮かない顔をする。

「問題はいくつのダンジョンが参加してくれるか、だ。どれだけ雇用できるかも不明だ。七つ集まったところで、三万人の雇用はやはり難しいだろう」


「言ってくれれば、ダンジョンの採用担当者を説得しに行くよ。言い出したからには手伝う。どこに行ったらええ?」

「とりあえずは、まだ動かなくていい」


「そうか。でも、急いだほうがええよ。アンデッドが痺れを切らしたら終わりやからね。辛抱強いアンデッドといえど、情報を小まめに与えていかんと不満は溜まる」


 フィルズが困った顔で相談してきた。

「それより、おっちゃん、問題が出てきた。紙が足りない」

「図書館やから紙はぎょうさんあるんやないの?」


「ウチは図書館だ。製紙業ではない。要らない本や雑誌はたくさんある。だが、ジョブ・フェスタに必要な印刷物を作るのに大量の紙が必要だ」


「わかった。おっちゃんが、紙を買い付けてくる。お金をちょうだい」

 フィルズから金貨二百枚を受け取ると、おっちゃんはアントラカンドに戻った。


「再生紙を売って」と、おっちゃんはアントラカンド中の製紙工房を廻った。

 アントラカンド中の製紙業者は、魔術師ギルド占拠事件の後に紙の需要が大幅に減って悩んでいた。


 魔術師ギルドから出た大量の命を宿した本を古紙として抱え、過剰な材料の置き場にも困っていた。ここに来て、おっちゃんの大量買い付けは、製紙業者にとって救いの神となった。

 製紙業者はニコニコ顔で紙を売りたいと申し出た。


「次は運搬の準備や。おっちゃん独りではさすがに運べん」

 おっちゃんは紙の買い付けの目処が立つと、ローブやフード付きのマントを古着屋で大量購入する。


 古着を駱駝(らくだ)に積んで、赤牙人の集落に足を運んだ。

「モランはん、仕事せえへん? 報酬は弾むで。内容はアントラカンドから『オルトカンド廃墟』までの紙の運搬や」


 モランが浮かない顔をする。

「働くのはいいけど、人間の街には私たちは入れないよ」


「大丈夫。街の外に業者に紙を持ってこさせる。モランさんたちはおっちゃんが買ったフード付きのマントかローブを着て、指定時間に街の外に来てくれたらええ」


 おっちゃんはどの製紙業者にも街の外まで夜中に商品を持ってくるように依頼した。

 どの製紙業者もおっちゃんの要望に疑問を持った顔をした。


 おっちゃんは柔らかい口調で説明する。

「品物の運搬の関係で、夜にアントラカンドを出なきゃならんくなったんよ。街の外まで持ってきてくれたら、購入価格を十%引き上げるで」


「承知しました」と、全ての製紙業者は値上げと引き換えに運搬を請け負った。

 街の外に運ばれてきた再生紙をおっちゃんと赤牙人で運搬用の荷車に積む。

 製紙業者の中には赤牙人に気付いた人間もいた。


 おっちゃんは笑顔で伝える。

「余計な物は見なかったことにしや。値上げした代金の中には、口止め料も入っているんやでー。それに違法な商売はなんらしてないから、問題はないで」


 利益は人を寛容にする。製紙業者はおっちゃんが誰に再生紙を運ばせ、どこに持っていくかについては、気にしなかった。おっちゃんはまだ紙が足りないと思ったので次の注文を出す。


「まだ、紙が必要や。再生紙をもっと作って」

「すいません、旦那。紙を溶かすにも固めるにも、手間が掛かるんです。すぐにはいきません」


「冒険者の店ハキムで『製紙用溶解薬』と『再生紙用糊』があるから、それを買って時間を短縮してや。薬品代は上乗せしてええよ。輸入した紙のほうが安くなるようなら、輸入した紙でもええよ」


 アントラカンドの再生紙業者は、おっちゃんの注文に応えた。原料の山となっていた古紙が次々と再生紙に生まれ変わる。おっちゃんの注文は、アントラカンドの製紙業を復活させた。


 紙の搬入の合間に地下空間に出向いた。

『死者との会話』と『拡声』の魔法を組み合わせて伝える。


「就職先やけど、どうにかなるかもしれん。『迷宮図書館』が中心になって近隣ダンジョンに求人を問い合わせとる。詳しい話は決まったら、また教える。もうしばらく待ってや」


 希望は忍耐の限界を引き上げる。全員が納得したわけではないが、暴動を起こしてでも今すぐに出て行こうとする者はいなかった。


 充分に紙を買い付けて『迷宮図書館』に運んだ。

おっちゃんは余った紙の買い付け代金をフィルズに返した。


「紙はこれでええやろう。求人のほうはどうなっとる?」

「『タタラ洞窟』と『氷結宮』から、それぞれ千名。『黄金の宮殿』が五千名。『火龍山大迷宮』からは二千名の受け入れが可能だと回答が来た。『迷宮図書館』も千名を受け入れる。ただ、『イヤマンテ鉱山』と『サバルカンド迷宮』からは回答が来ていない」


 全員の雇用は無理かもしれない。でも、できるだけ再就職先を見つけてやりたい。

「もっと雇用枠が欲しいな。よし、おっちゃん『サバルカンド迷宮』にお願いに行ってくる。知り合いもいるから相談に乗ってくれるかもしれん」


 おっちゃんは『瞬間移動』を繰り返す。途中で休憩を挟んでサバルカンド迷宮に移動した。

 サバルカンド迷宮のボス部屋にやって来た。

「懐かしいな。また、ここに来るとは思うとらんかった」


 突風が起こり風は部屋の中央に集まった。

 風は身長十二mの、半透明な巨人になった。巨人の頭は禿げており、長い顎髭があった。上半身は筋骨逞(たくま)しい裸の男性だったが、下半身は逆巻く風だった。


「ザサンはん、お久しぶりです。おっちゃんです」


 ザサンはおっちゃんを見ると、顔を綻ばせる。

「おっちゃんか。久しぶりだな。元気にしていたか。こっちは祖龍騒動からなんとか持ち直したところだ」


「おかげさまで、元気にやっとります。それで今日はちょっとお願いがあって来ました。ジョブ・フェスタの件です」


 ザサンが首を傾げた。

「ジョブ・フェスタとは、なんだ? 新しい食い物か」


「話が行っていませんか? アンデッドが大量に職を求めてアントラカンドに来とるんで『迷宮図書館』が音頭を取って、合同採用会をやろうっていう話です」


 ザサンが前向きな態度で興味を示した。

「話が来てないな。でも、それは是非とも参加したい」


 希望が持てた。『サバルカンド迷宮』では、以前に大量のモンスターがいなくなる事件が起きている。なんとか稼動している状況なら、受け入れ人数は他のダンジョンより多いはずとの読みもあった。


 おっちゃんは頭を下げて頼んだ。

「参加していただけると、助かります。詳しい話は、後で担当者からザサンはんにするように伝えておきますわ。それで、だいたいでいいんですが、何人くらい、雇ってもらえそうですか」


「一万人は欲しい。二万人でも大丈夫。三万人でも問題ない」


 予期せぬ嬉しい回答が来た。でも、『サバルカンド迷宮』はそれほど大きくないダンジョンなので、疑問だった。

「三万人も行けますか。三万人いうたら、かなりの人数でっせ」


 ザサンが困った顔で教えてくれた。

「ダンジョン・マスターが新しい時代が来るって言い出してね。地下十一階の『サバルカンド迷宮』を地下二十二階にまで拡張する計画が出たんだよ。資金は確保できたが、人員の目処がつかなくてね。困っていたんだ」


「ほんまでっか。それは、渡りに船ですな。そんで、どんな人材が欲しいんでっか」


 大量採用は嬉しいが、要望を聞いておかないと危険だ。雇った後で大量解雇となったら、危機がアントラカンドからサバルカンドに変わるだけだ。


 ザサンが思案しながら条件を伝えた。

「採用に関して、特殊な技能は要らないよ。経験は問わない。とりあえず頭数が欲しい。未経験者はこちらで教育する。やる気さえあればいい。ただし、給与は安いよ」


 給与が安い待遇はしかたない。でも、未経験者可で教育してくれる状況はありがたい。

「わかりました。すぐに担当者から話が行くようにします」


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