第百五十二夜 おっちゃんと大洞窟(後編)
おっちゃんはすぐにグリエルモの部屋に行った。
「大変やグリエルモはん。魔術師ギルドの地下空間が大量のアンデッドに占拠されとる。その数は五万や。あのアンデッドが溢れ出したら街は終わりや」
おっちゃんは危機感を煽るために数を水増しした。
グリエルモの顔に驚きの色が浮かぶ。
「なんだって。ハイネルンめ、まだ、そんな伏兵を残していたのか。五万もいたら街の兵力では対処できない」
「とりあえず、おっちゃん以外は誰も地下空間に下りられんようにしておいて。なにかの拍子にアンデッドたちが街に出たら危険や」
グリエルモが驚いた顔で確認する。
「完全に封印するんじゃなくて、下りられないようにするだけでいいのか」
グリエルモの考えはわかる。人間の生活だけを考えれば封印でことたりる。
だが、それではアンデッドたちが救われない。おっちゃんは、アントラカンドもアンデッドも両方を救いたかった。
「とりあえず、下りられんようにするだけでええ。おっちゃんに、ちょっと考えがあるんや。あと、『狭間の霧』の発生装置を止めるのはちょっと待ってなあ。ひょっとしたら、アンデッドを移動させるのに使うかもしれん」
おっちゃんは自室に戻ると冒険用の服装に着替える。
「本当にもう、ハイネルンめ、とんでもない爆弾を置いていってくれたもんや。三万人分の就職先なんて見つけるの大変やぞ」
『瞬間移動』で『オルトカンド廃墟』の墓地に飛んでフィルズに会いに行った。
墓の前でフィルズの名前を呼ぶとフィルズが出てきた。
「フィルズはん、ちょっと相談に乗って。アントラカンドの地下に職にあぶれたアンデッドが三万人おるんよ。このまま放置すればアンデッドの不満が爆発して、アントラカンドが滅びる」
フィルズの顔が険しくなった。
「なんだと。ちょっと詳しく話せ。アントラカンドの危機は他人事ではない。アントラカンドが滅びると冒険者の『迷宮図書館』へのアクセスが悪くなる」
「ハイネルンが『冥府洞窟』と魔術師ギルドの地下空間を繋げたんよ。そしたら、働き口のないアンデッドが『狭間の霧』を通ってきた」
「またか」とフィルズが吐き捨てるように発言した。
「なに、どういうこと? 過去にもあったのか同じような事件?」
「『冥府洞窟』のダンジョン・マスター『髑髏公主』は人員管理がすごく下手なんだ。『冥府洞窟』では、いいだけアンデッドを発生させて、多かったら大量解雇するんだよ。そうして、行き場を失ったアンデッドが暴走するんだ」
「そんな管理のしかたしたら、ダメやん。適正な人員管理も、ダンジョン・マスターの仕事やで」
フィルズが苦々しく言い放つ。
「ここの、オルトカンドが廃墟になった原因も大量解雇で出た六万人の木乃伊による暴動だった。おかげで街は滅びて、冒険者がいなくなった。いったいどれだけ、俺たちが再び冒険者を呼び込むのに苦労したと思っているんだ」
「オルトカンドに、そんな過去があったのか。ちなみに、その六万人の木乃伊はどうなったん」
「当時は『アイゼン』陛下が兵隊として全員を雇用する話で決着した。だが、今はもう引き受けてもらうお願いは無理だろう。さすがに万単位は不可能だ」
「三万人の雇用か。どないしよう」
フィルズは困った顔で考え込む。
「『迷宮図書館』では無理だからな。三万人なんてとても受け入れられない。かといって放置すれば、アントラカンドが滅びる。そうなれば、『迷宮図書館』も困る。本当にどうしたらいいんだ」
「ダンジョン・マスターの『オスペル』はんはどう思っているんやろうか」
「ウチのダンジョン・マスターは、ボトム・アップ型の指導者だからな。下がやりたい仕事は自由にさせてくれるけど、自分からは全く動かない人だ。進言しないと何もしない」
誰に頼まれたわけではない。黙って街を去っても文句は言われない。だが、おっちゃんはアントラカンドを見捨てられなかった。
また、元ダンジョン・モンスターの立場からアンデッドたちが途轍もなく不憫に思えた。
「フィルズはん。そしたら相談やけど、ジョブ・フェスタをやらんか?」
フィルズが疑問符の付いた顔で訊いてくる。
「ジョブ・フェスタ、とはなんだ?」
「近隣のダンジョンの採用担当者を集めて、一括で就職させるんよ。『迷宮図書館』だけやと、無理や。だけど『タタラ洞窟』『サバルカンド迷宮』『火龍山大迷宮』『氷雪宮』『黄金の宮殿』『イヤマンテ鉱山』で、合同で採用会をやろう」
フィルズは苦い顔で渋った。
「近郊の七つのダンジョンなら、三万人の雇用の受け皿はできるかもしれない。だが、果たして各ダンジョンが参加を表明してくれるかどうか」
「でも、やらんと、アントラカンドが滅びるで。そうなったら一番被害を蒙る場所は『迷宮図書館』や。なら『迷宮図書館』が音頭を執って動かんとどうにもならんで」
フィルズの態度は煮えきられない。
「それは、そうだが、ジョブ・フェスタなんて初めてだぞ」
「やるしかない。『迷宮図書館』は廃墟の中にあるから、会場の準備もし易い。『狭間の霧』を発生させる作業もできるから、人員の輸送に向いている。ここでやるしかない」
フィルズが頭に手をやり、渋々の態で応じた。
「やるか、ジョブ・フェスタ」