第百五十一夜 おっちゃんと大空洞(前編)
ハイネルンがアントラカンドを狙っていた話はすぐに町中に広まった。
冒険者ギルドにはハイネルンの侵攻部隊を未然に防いだ功績により褒賞が出た。
陽炎亭に乗り込んで武功を上げた冒険者の中には、金貨十枚を与えられた人間もいた。
おっちゃんには情報提供料として金貨一枚が払われた。小額の報酬におっちゃんは満足した。
金貨十枚を得てちょっとしたヒーローになった冒険者を尻目に思う。
(やっぱり貰うならこれぐらいがいいね。目立たず騒がれずや。金貨一枚でも二十日は暮らせるからね。嬉しいの)
おっちゃんは冒険者の店ハキムに顔を出した。
「こんにちは。なんか面白い話ある?」
ハキムが浮かない顔で話した。
「面白いかどうかわからないけど気になる話なら、ある。おっちゃんが持ち込んだメモの中身がわかった。メモは、アントラカンドの地下空洞について書かれていた」
「アントラカンドに地下空洞なんてあるの?」
ハキムが素っ気なく話す。
「魔術師ギルドの下にあるって噂は聞いた覚えがある。どれだけの規模なのかは知らない。メモによるとダンジョンではないがかなり広い。少なくとも俺の店よりはな」
「そうなんか。でも、そんなところに誰がなんの用があったんやろう。秘密基地でも作るつもりやったんやろうか」
ハキムが腕組みして思案顔で答える。
「そんな夢のある話ならいいがね。起きた事件から考えるに、メモはハイネルンの密偵が作成していた可能性が大だ。地下空間を使ってよからぬ陰謀を企んでいたんだろうが詳細は不明だ」
「気になるのー。なにもなければいいけど調べてみるか」
おっちゃんはグリエルモに会いに、魔術師ギルドのグリエルモの部屋に行った。
グリエルモは難しい顔で書類と格闘していた。
「なんや。急がしそうやね。お邪魔やったか。忙しいなら出直すでー」
グリエルモは書類作成の手を休めて、話を訊いてくれた。
「おっちゃんから貰った鍵で『狭間の霧』の発生装置を封印するための計画書を作っていた。計画書がないと予算が下りない。予算がないと冒険者が雇えないからね。魔術師ギルドじゃ書類は金なりだ」
「依頼を発注する側も、大変なんやな。それで、今日の用件なんやけど魔術師ギルドの地下に大空洞があるってほんま」
グリエルモはあっさりと認めた。
「あるよ。本当に広いだけの地下空間がね。倉庫や研究施設用に改修する話は何度かあったけど、手付かずのままさ。今回の騒動で、改修話は、また先になったね。緊急の話でもないし」
「おっちゃんの得た情報やとハイネルンが魔術師ギルドの地下空洞を使って、なんぞ悪さをしようとしてるらしいんよ。気になるんで調べたいんやけど入れてくれへん?」
グリエルモが考えを巡らせながら答える。
「ハイネルンが関係しているなら調べておいたほうがいいかもしれないな。何かが起きていなくても。何をしようとしていたか知っておきたい。いいよ、鍵を借りてくる」
グリエルモが借りてきた鍵は小ぶりのワンドだった。
「ワンドが鍵になっている。ワンドを持って近づけば扉を開けられる。地下空洞へは裏門付近に封印された下り階段から行けるよ。暗いから気を付けて。落ちたら大怪我するよ」
魔術師ギルドの裏門付近を捜索すると石材で覆われた頑丈な扉があった。
おっちゃんがワンドを近づけると反応して扉が開いた。扉の先には下り階段が続いていた。
階段の向こうからおっちゃんは死の匂いのようなものを感じた。
「なんか、気味が悪いな。グリエルモはんの話と違って何かいそうやわ。用心して進んだほうがええね」
『光』の魔法をワンドに灯して、階段を下りていく。
おっちゃんが扉から離れると、扉は自動で閉まった。
階段を四十段ほど降りたところで、階段が終わって柵が設けられていた。真下に広大な空間が広がっていた。
高さにして十m。広さは奥が見えなかった。空間内に蠢く大量の白い存在が無数にあった。
(蟲にしては大きいな。あれはなんや)
おっちゃんはすぐには相手がなんだか、わからなかった、
下の空間に『光』の魔法を放つ。無数の黄色い目と髑髏が上を見上げていた。
(なんや、これはアンデッドか一万はいるぞ)
おっちゃんがアンデッドを認識すると、アンデッドが手を上げ呻き声を上げる。
おっちゃんは『死者との会話』を唱えた。大勢のアンデッドの声が聞こえてきた。
「人間だ、人間がいたぞ! 憎い憎いぞ、ここから出せ」
おっちゃんは『拡声』の魔法を唱えてから、大声で怒鳴った。
「やかましいわい。そんなに一斉に話されては、わからん。おっちゃんの耳は二つや」
おっちゃんの声にアンデッドの集団は黙った。
身長が三mあるジャイアントのスケルトンに灯りを向けておっちゃんは声を掛けた。
「おい、そこ、そこの背の高い奴。そう、お前や。お前。ちょっと、なんでこうなっているかおっちゃんに話してみい。事情によっては助けたる」
指定を受けたジャイアントのスケルトンが話し出す。
「俺の名前は、ホセ。『冥府洞窟』からやって来た」
『冥府洞窟』は有名なダンジョンなので、知っていた。アンデッド・モンスターの聖地と呼ばれるダンジョンで、従業員のほとんどがアンデッドのダンジョンだ。
「そうか。ホセ、言うんか。わいはおっちゃんや。で、なんで、ここに来たん。『冥府洞窟』のダンジョン・マスターの命令で人間の街を攻めに来たんか」
ホセが首を振った。
「違う。俺たち解雇された。行く場所がない。そんな時に不思議な霧が出た。霧に入ったらここに来た。そうしているうちに霧が消えて戻れなくなった」
(こいつら来たくて来たんやないのか。なんや少し可哀想やな)
「なるほどな。で、ここを出たらどうするんや」
「人間を殺す」と他のアンデッドが答えたので怒鳴った。
「人間を殺してその後はどうするねん。後先を考えずに動いたら、どん詰まりやぞ。人生はそんなに甘くないねん。ここは『迷宮図書館』の縄張りや。勝手したらダンジョン・マスターの『オスペル』を怒らすで」
ダンジョン・マスターを怒らすとまずいと思ったのか、横から口出したアンデッドが黙った。
おっちゃんはホセに尋ねる。
「そんで、ホセはどうしたいんや。元いた場所に帰りたいんか。正直に言ってみい」
「『冥府洞窟』に仕事ない。金もない。俺、働く場所が欲しい。給与が欲しい。危険でもいい、きちんとした場所で働いて生活したい」
(見上げた根性やが、なんや嫌な予感がするのー)
「『冥府洞窟』に戻らず、新天地に職を求めたい奴はちょっと手を挙げてみい」
手を挙げられる全員が手を挙げた。
「な、ほぼ全員か。数を数えられる奴。だいたいでええ、今この場にいるアンデッドが何人いるか、教えてくれ」
アンデッドが、がやがやする。
「なんや、誰も数がわからんの」
「約三万」と誰かが口にする。ざっと見るが、三万くらいは、いそうだった。
「わかった。要は三万人分の就職先を見つけてくれば、ええんやな」
「できるのかよ」と誰かが叫ぶ。
「わからんが、やってみるよ。だから、待ってて。それまで、ここを出たらあかんよ。人とバッティングして衝突したら、就職の斡旋が難しくなるからな。しばらく辛抱やで」
おっちゃんはアンデッドに背を向けて、階段を上った。
(これは洒落にならんわ、アンデッドたちの就職口を見つけてやらんと、不満を持った人間とアンデッド・モンスターが衝突する。そうなれば悲劇や。ハイネルンもとんでもない置き土産を残していってくれたもんや)