第百五十夜 おっちゃんと霧の魔道具
街に帰った翌日、鍵を持って魔術師ギルドのグリエルモのいる部屋に向った。
グリエルモの部屋は前回に来た時と違い本棚に半分くらい本が入っていた。グリエルモがいたので、鍵を二本とも渡す。
「グリエルモはんが欲しがっていた『霧の制御室』の鍵を手に入れてきたで。買い取ってや」
グリエルモが驚いた顔で訊いてきた。
「買い取りはいいけど、俺たちがあれだけ探して手に入らなかったのに、よく手に入ったね。どうやって手に入れたの。どこにあったの?」
おっちゃんは曖昧に笑って誤魔化した。
「探せばある、いうことや。冒険者には、色々と伝があるんよ。詳しい入手先は、秘密やけどね。秘密もまた冒険者の財産やからね」
グリエルモが機嫌よく応じた。
「わかった。入手先と手段は聞かない。今は手持ちがないけど後で必ず金貨を持っていくよ」
「期待して待っているでー」
おっちゃんは仕事を終えたので冒険者ギルドに向かった。冒険者の酒場に帰ろうとした時、向かいの陽炎亭に人が入っているのが目に付いた。
(閑古鳥が鳴いていた陽炎亭に人が入っとるの。珍しいなあ。なんぞ、宴会か結婚式でもあるんか。だとしたら、ちょいと覗いていくか。暇やし明るい話題に触れたい気分や)
気になったのでいつも飲む冒険者の酒場から、向かいの陽炎亭に場所を変えた。
適当にエールと肴を頼み、注文の品が来る間に客層を観察する。
お客の格好を見るとほとんどが冒険者だった。陽炎亭に冒険者がいる状況は普通。だが、どの冒険者も冒険者ギルドでは見た覚えのない顔だった。
(あれれ? 見た覚えのない顔が大勢や)
おっちゃんは冒険者の店で潰す時間が長い。暇な時は、冒険者ギルドのカウンターを見ていたりする。なので、何度か冒険者ギルドに顔を出して依頼を受けている人間の顔は覚えていた。
人数をざっと確認すると三十人だった。
(団体さんやね。『迷宮図書館』目当てにしては、違和感があるの。それに、隠しているけど、ぴりぴりした感じがする)
おっちゃんは一番冒険者らしくない冒険者の向いの席に移動した。
「お宅どこから来たん。よかったら情報交換せんか。他の街の情報とか教えてくれたら、この街の情報を教えるよ」
男が乱暴に拒絶した。
「いい。結構だ」
目の前の男に話し掛けると冒険者の何人かが、おっちゃんに注視しているのに気が付いた。おっちゃんは気づかないふりをして話す。
「なんや邪険やな。冒険者同士で仲良くしたかっただけやのに」
正面の男はムッとした顔で黙っていたので、カマを掛ける。
「お宅はハイネルン人やろう。イントネーションでわかる。ハイネルンって今どうなん。儲かるん?」
男の言葉に訛りなんてなかったが、男の眉が僅かに跳ねた。男は何か言いそうになって言葉を飲み込み、不機嫌な表情で否定した。
「違う。俺はシバルツカンドの出身だ。ハイネルン人じゃない」
酒場の中の数人から、殺気のようなものを感じた。
(これ当りやな。冒険者に成り済まして、三十人からなるハイネルンの軍人が陽炎亭に集まっている。昨日がガラガラに空いていた状況を考えるに、今日、なにかやるつもりやな。止めないとまずい。おっちゃんの身にも災いが降りかかる)
窓の外を見ると、陽炎亭に向かってくる六人の冒険者の姿が見えた。六人は知った顔だった。
「そうか、悪かったな」とおっちゃんは席を立ち酒場を見渡す。
三人が不自然におっちゃんから視線を逸らした。
おっちゃんが出口に移動しようとすると、先に入口に向かおうとする二人がいた。
二人はおっちゃんを外に出さないように立ちはだかろうとした。だが、新たに店に入って来ようとする六人の冒険者に「おい、邪魔だどけよ」と声を掛けられた。
「喧嘩はよくないよ。はよどいてー」と、おっちゃんは入口の二人に声を空ける。
二人は渋々の態度で道を空けた。
おっちゃんが先に出て、六人の冒険者が陽炎亭に入った。
おっちゃんは冒険者ギルドに入るとエルハームに声を掛ける。
「向いの陽炎亭が冒険者に偽装したハイネルン人に占拠されているよ。もうすぐ事件が起きる。覚悟しておいたほうがええよ」
エルハームが不安げな顔で話した。
「ハイネルンのよくない噂は聞いていたけど、おっちゃんの話が本当なら深刻ね。ギルド・マスターにも相談してみる」
「おっちゃんはちょっと魔術師ギルドに行ってくる。手が空いている者がいたら、空の樽を冒険者ギルドの屋上に上げといてくれ。役に立つかもしれん」
おっちゃんはエルハームに頼み事をすると魔術師ギルドに行き、再びグリエルモの部屋に向かった。
「グリエルモはんハイネルンが動いたで。陽炎亭に冒険者に偽装したハイネルンの軍人が三十人以上は待機しておる。今日中に何かするつもりや」
グリエルモが深刻な表情をして立ち上がった。
「わかった。領主のザイードに頼んで兵士を陽炎亭に送り込もう。おっちゃんは冒険者ギルドに戻っていてくれ」
冒険者ギルドに戻る。陽炎亭に動きはなかった。
おっちゃんは冒険者ギルドの屋上に行った。
屋上には空の樽が三つ並んで用意されていたので、樽の裏に隠れた。
一時間後、兵隊の集団が冒険者ギルドの前に集まり出すと事件は起きた。
陽炎亭から矢が次から次へと飛んできて兵士に命中した。兵士がばたばたと倒れていく。
兵士が堪らず冒険者ギルドの中に逃げたり、物陰に避難したりする。兵士は混乱していた。
一人の男がチューバのような魔道具を持って陽炎亭の屋上に上がってきた。
(『狭間の霧』を発生させて増援を呼ぶ気か? させへんで)
おっちゃんは樽の一つに触れて『位置交換』を唱えた。
おっちゃんの前にあった樽と魔道具の位置が入れ替わった。
魔道具が急に空の樽になった男は慌てていた。
おっちゃんは魔道具にシャツを被せて抱えると階段を下りた。
一階は戦闘に気を取られている人間がほとんどだった。おっちゃんに気を止める人間はいない。
おっちゃんは魔道具を自分の部屋に運んだ。
戦闘は二時間ほど続いた。『狭間の霧』を発生させる魔道具を奪われた敵は進むも退くもできなくなっていた。暗くなってからの逃亡も試みたが、敵のほとんどは捕まった。
「これで、陰謀もしまいや、アントラカンドも平和になるやろう」