第百四十九夜 おっちゃんと謎の鍵
三日後、冒険者の酒場でグダグダと過ごしていると、グリエルモがやってきて深刻な顔でおっちゃんを密談スペースに誘う。
「おっちゃん。まずい事実が判明した。『狭間の霧』はまた出る。『狭間の霧』の発生は仕組まれたものだ。隣国のハイネルンがアントラカンドを狙っている」
グリエルモの言葉は、おっちゃんが予想していたものだった。
「やはり、裏で動く人間がいたか。もう少し詳しゅう話を聞かせてくれるか」
「これを見てくれ」と、ハンドルがついたチューバに似た魔道具の絵を見せられた。
「『狭間の霧』を発生させる魔道具だ。これで『狭間の霧』を出現させられる。さらに悪い事態に魔道具の操作によっては、二つの『狭間の霧』の内にある空間を連結させ行き来が可能だ」
「ハイネルン領内にいる六眼バジリスクを、アントラカンド内に誘導できるちゅうわけやな。えげつない作戦を実行しよる」
グリエルモが険しい顔で告げる。
「おっちゃんの考えは当りだ。だが、俺の予想では六眼バジリスクの誘導は実験に過ぎない。敵の本当の目的はハイネルン領内で『狭間の霧』を発生させ、レガリア領内の『狭間の霧』と繋ぐ軍事行動だ」
「話が大きくなってきたな。兵員の大量輸送による戦争か。城壁の内部に兵を出現させられれば、アントラカンドは落とし易いやろうな」
アントラカンドは戦争に巻き込まれる。止められるものなら止めてやりたい。だが、大きな話なのでどこまで関与できるか不明だ。
「止める方法はあるんか」
グリエルモが真剣な顔で説明する。
「『狭間の霧』を発生させる装置と制御する装置は別だ。制御装置を止めたら、発生装置はただのガラクタだ。『迷宮図書館』の内にある狭間の霧を制御する装置を壊すか封印できれば、『狭間の霧』をアントラカンド領内に出現させられなくなる」
「幹を切れば葉は枯れる、ちゅうことやな。動くのなら早いほうがええね」
「俺はこれから領主のザイードに報告して『迷宮図書館』の中に入るつもりだ。おっちゃんも一緒に来てくれ」
従いていってやりたい行為はやまやまやけど、ダンジョンに入るわけにはいかなかった。
「すまんな。おっちゃんは、ダンジョンに行かない冒険者なんよ。他の冒険者を当ってくれへんか。冒険者が少なくなった言うても、『荒野の嵐』のような上級冒険者は残っておる。彼らを頼ってくれんか」
グリエルモが気落ちした顔をした。
「そうか。一緒に行ってくれないのか。残念だよ」
グリエルモが帰った翌日に依頼掲示板に領主のザイードの名で依頼が出た。内容は『迷宮図書館』への学術調査となっていた。
(さっそく、グリエルモはんの進言を受けてザイードが動いているようやな。もう既に敵は魔道具による実験を済ませてとる。早うせな戦争は回避できん。時間との勝負やな)
冒険者は数を減らしていたが仕事にあぶれていた。そん中に湧いた魔術資格不要の依頼なので、二時間で募集上限まで人が集まった。おっちゃんは応募しなかった。
四日後、冒険者が帰ってきた。宝を発見できて分配が多く出たのか、冒険者の顔は晴れやかだった。いつも頼まないであろう高い酒の注文が飛び交う。久々に冒険者ギルドが賑わった。
酒場にグリエルモがやって来た。グリエルモの顔は冒険者と違い曇っていた。グリエルモはおっちゃんの向かいに腰掛ける。
「どうしたん、浮かない顔をして? 『迷宮図書館』での作戦は上手くいかなかったんか」
グリエルモが暗い顔で話した。
「財宝は手に入ったよ。収支だけ見れば黒字だ。だが、肝心の『狭間の霧』を制御している装置が見付からない。ありそうな場所の見当が付いたが入るための鍵が手に入らなかった」
(あれ、もしかして、おっちゃんが貰った鍵って制御室の鍵やったんやろうか)
「鍵って、これ?」と、おっちゃんは鍵を見せた。グリエルモが鍵を確認する。
「これは『狭間の霧』の制御室に入る鍵ではない。どこか他の部屋の鍵だと思う。どこの鍵かわからないけどこれではないよ」
「そうか残念やな」
グリエルモが深刻な顔で漏らす。
「もう一度『迷宮図書館』に行くしかない。だけど、もうあまり時間がない。ハイネルンの軍がやって来るまでに間に合うかどうか」
(戦争になったら、おっちゃんにやれる仕事はない。動くなら今やね)
おっちゃんは冒険者ギルドで『オルトカンド廃墟』の地図を買い墓地のある場所を確かめる。
墓地はオルトカンドの東端にあった。
保存食とエールを買って『オルトカンド廃墟』の墓地に向かった。外縁を遠回りに移動して墓地を目指した。
墓地の周辺に来るとおっちゃんは裸になる。トロルに姿を変えて腰巻きを装備する。人間時の装備をバック・パックに入れて小脇に抱え、墓地に侵入した。
墓地に近づくと遠くから誰かが走ってくる音がした。足音は複数だが冒険者のものではなかった。『死者との会話』の魔法を唱えておく。
相手は曲刀と革鎧で武装した六体の木乃伊だった。走ってきた木乃伊だが、おっちゃんの姿を見ると徐々に速度を落として止まった。
「お忙しいところ、すんまへん。わいは、おっちゃん言うものです。『エンシェント・マスター・マミー』のフィルズさんに用があって来ました。面会は可能でしょうか」
木乃伊たちは顔を見合わせる。
「ちいと、商売の話がしたいんですがダメですやろうか」
木乃伊のリーダーらしき人物が出てくる。
「こっちに来い」と身振りで合図するので従いていった。
墓地の中心に進む。以前に見たドーム型の墓の前に連れて行かれた。
待っていると、フィルズが現れ怪訝な顔をした。
「トロルの商人に知り合いはいないんだが、俺になんの用だ」
「人間の姿の時には、お世話になりました。あの時の水売りのおっちゃんです。今日は事情があってトロルの姿でお邪魔しました。商売の話がしたいんですけど、よろしいでっか」
フィルズが何かの魔法を唱えた。
「魔法で姿を変えている訳ではないのか。とすると、人間の姿が仮のものでトロルが真の姿なのか」
「秘密ですがおっちゃんは『シェイプ・シフター』ですねん。魔法やなくて、能力で化けています」
フィルズが愛想よく応じた。
「珍しい種族だな。話を聞くだけならいいだろう。話してみろ」
おっちゃんは謎の鍵をフィルズに見せた。
「商いで手に入れた鍵です。『迷宮図書館』の鍵のようですけど、これどこの鍵かわかりますか。知り合いに聞いても誰もわからんかった。フィルズはんならわかるかなと思いまして持ってきました」
フィルズが鍵をまじまじと見ながら、意見を述べる。
「これは従業員用の鍵だな。従業員用の鍵は落としたら消えるはずだが、何かの事情で残ったのだな。人の手に渡すわけにはいかないから、これは回収させてもらうぞ」
「回収は構いませんけど。その鍵を手に入れるのに元手が掛かっていまして、タダ言うわけにはいかんのですわ。代わりの鍵を貰えませんやろうか」
フィルズが気軽に応じる。
「そうだな。どこの鍵が欲しい? 『秘密書庫の鍵』か、それとも『宝物庫』の鍵か? 欲しい場所の鍵を言ってくれ。相談に乗る」
「なら、『狭間の霧』の制御装置が置いてある部屋の鍵と交換してもらうわけにはいきませんやろうか。今なら良い金になりそうなんですわ」
「『狭間の霧』の制御室の鍵か。変わった場所の鍵を欲しがるな。使い捨ての鍵でいいならやるぞ」
「お願いします」と頭を下げるとフィルズが「ちょっと待っていろ」と墓の中に消える。五分ほどでフィルズは戻ってきた。
「ほら、これがそうだ。一本はサービスだ」
フィルズは二本の鍵を渡してくれた。
「ありがたく頂戴します。ほな、またなにかありましたら、寄らしてもらいます」
おっちゃんは『オルトカンド廃墟』から出ると、人間の姿になってアントラカンドに戻った。




