第百四十八夜 おっちゃんと救出作戦
一日を掛けてティムの村に向った。ドーム型になっている霧の固まりが見えた。近づくに連れ、霧は濃くなる。
「規模は小さいがアントラカンドに出た霧と同じやつやな」
霧によってバラバラになる前に、おっちゃんはティムと『荒野の嵐』にロープを持つように指示する。
おっちゃんはコンパスを見ながら銀の針の指す方向に進んだ。霧が少し薄くなると、村の入口が見えてきた。
ティムが感嘆の声を上げる。
「やった。村に入れた。おーい、皆、助けを呼んできたぞ」
ティムの呼びかけに反応して建物中から赤牙人が出てきた。赤牙人は、おっちゃんたちを見ると村の中に駆け込んだ。
(人間が来たなら、当然の反応やね)
「ここで待とうか」と、おっちゃんは村の入口で待っていた。すると、モランが数人の村人を連れて出てきた。
「こんにちはモランさん、久しぶりですな。おっちゃんです。ティムから救助要請があったんで冒険者を引き連れて、村を助けに来ました」
モランはおっちゃんを強く見据えて言い放った。
「人間を村に入れるわけにはいかない」
「緊急時にそんな言葉を言ったら、いかんよ。なに、すぐ終わりますさかい。おっちゃんを信じて村の中に入れてー。それとも、この状況を打開する方法があるん?」
モランは怒りの篭った声を発した。
「この霧は人間によって齎されたものだ」
(なんや、モランはんは霧の発生について知っているようやね。これは、助けて話を聞いておいたほうがいい)
「なら、人間の手によって掃われてももええやろ。意地を張って村を危険に曝したらあかん。もっと柔軟に考えないと、下の者や弱い者が困る。弱い者を守るのは村長の務めでっしゃろ」
モランは数秒黙ってから、強い口調で発言した。
「わかった。霧を掃えるものなら、やってもらおう」
「ほな、『荒野の嵐』さん、今朝の要領でお願いします。皆さんは危ないんで、家に入っていてください」
『荒野の嵐』の魔法使いが『高度な発見』を唱えて、霧を制御している存在を探した。『マーキング』で存在を浮かび上がらせる。
霧が大きな人の顔状に集まった。魔法使いが弱点の箇所を光で印を付ける。
弱点が浮かび上がると、『荒野の嵐』が怒涛の集中攻撃を浴びせた。二分と掛からずに、霧の魔物は破壊された。
空に直径一mほどの黒い穴が開くと一気に霧が穴に吹き込んでいった。全ての霧が穴に吸い込まれると、村の上空に青空が広がっていく。
「はい、終了。『荒野の嵐』さんありがとうございます。村の皆さん出てきていいですよ。全部、終わりました」
モラン以外は家から出てこなかった。モランが複雑な顔で礼を述べる。
「助かった、人間よ。このあと、歓迎の宴などやるが参加していくか」
スティーブンが乱暴に答える。
「遠慮しておくよ。あまり歓迎されていないみたいだしな。おっちゃん、仕事は終わった。俺たちは一足先にアントラカンドに帰るが、いいか?」
「さすが信頼と実績の『荒野の嵐』や。ありがとうな。また何か縁があったら仕事を頼むわ」
「ああ、機会があったらな」とスティーブンたちが不機嫌な顔で村を去った。
家屋から赤牙人が出てきた。モランが表情を和らげて、おっちゃんに向き合う。
「助けられたな。感謝する。おっちゃんは、歓迎の宴には参加してくれるんだろう。すぐにデザート・リザードを狩ってきて、肉の準備をする」
「お招きいただき、ありがとう。でも、勘違いしたらあかんよ。村を救ってはティムからの依頼や。仕事料もきちんと発生する。岩サボテンが百三十個でええよ」
モランが控えめな態度で、やんわりと申し出た。
「そんな草ばかりじゃ悪いから、もっといい物を渡すよ。狩りにいかないと食糧がないから。まず、村で待っていてくれ。肉がなきゃ宴は始められない」
おっちゃんは村の家で寝転がって、宴の準備ができるのを待った。
モランたちは五十㎏クラスのデザート・リザードを狩ってきて、調理を始める。
夕方の前にはデザート・リザードは全て解体され、焼けた肉の塊になっていた。
おっちゃんはモランの隣に設けられた席に着く。宴には、百人以上の村人が参加した。
「村を救ってくれた恩人に乾杯」の合図で宴が開始される。
他の者が食事に手を付け易いように、真っ先に肉を頬ばる。よく焼かれ脂が載った部位のデザート・リザードの肉は美味しかった。
宴の間におっちゃんはモランに聞いた。
「あの霧が人間によって齎されたとか、言っていたでしょう。何か知っとるん? 知っていたら教えてくれるか。おっちゃんも気になっているんよ」
モランが顰めた顔で教えてくれた。
「村の人間が見たんだ。村の近くで、冒険者が不思議な道具を使って霧を噴出させる場面をね」
目撃した村人を呼び道具の形を地面に棒で描いてもらう。
道具は手回しレバーがついた、チューバのような道具だった。村人の話では冒険者がチューバに付いているレバーを回すと、勢いよく大量の霧が噴き出したと証言した。
「どんな冒険者やった?」と訊くと「冒険者って種類があるのか」と逆にきょとんとした顔で訊かれた。
(おっちゃんも赤牙人の区別があまり付かんように、赤牙人にも冒険者の区別は付かんか。でも、誰かが何かの目的でやっている状況はわかった)
宴が終わり一泊する。翌日、村を出ようとした時に、おっちゃんはモランから長さ十㎝の銀のデインプル鍵を貰った。
「岩サボテンのような草じゃ気がすまない。『迷宮図書館』の鍵を渡そう。冒険者の間では価値のある品だと聞いている。街に持っていって金に換えるといいだろう。少なくとも岩サボテンなんかよりは高い値が付くはずだ」
(価値があるなら、ええか。でも、金貨二十枚いくかは微妙やな。かといって、ここで岩サボテンのほうがええ言うのも、モランさんの体面を傷つける)
「そうかありがとう。ありがたく貰っていくわ。ほな、ご縁がありましたらまたな」
おっちゃんは街に帰ると、ハキムの店に寄った。
「お得意さんの悩み事を解決してきたで。そんで、赤牙人から報酬として『迷宮図書館』の鍵を貰ったんやけど、買い取って」
ハキムが浮かない顔で応じる。
「買い取りはいいんだけどね。魔術師ギルドがきちんと機能していないから、前みたいに金貨二百枚とかの高額な値段は付かないよ」
「『迷宮図書館』の鍵って、そんなにするんか。下手したら、家が建つで」
「迷宮図書館の中には初級から高度なものまで、魔法を覚えられるスクロールが落ちている。『瞬間移動』のスクロールを拾ったら充分に元が取れるからね。ただ、鍵にはグレードがある。どの鍵でも高いわけではないんだ」
ダンジョンには行かないおっちゃんには、知らない知識だった。
「そうなん、ちょっとおっちゃんの貰った鍵を鑑定して。ひょっとしたら大金持ちになれるかもしれん」
「鑑定料は金貨一枚だけどいいかい。期待させて悪いけど、鑑定次第では鍵の値段が金貨二枚を下回る結果もあるよ」
(儲かる時もあれば、損する時もある。それが冒険や)
「ええよ。わからない鍵なら価値は零や。鑑定して」
おっちゃんは金貨一枚を払って、鑑定を頼んだ。
ハキムが一冊の本を出す。おっちゃんの持っていた鍵と本を見比べて鑑定していく。
鑑定をするハキムの顔が徐々に曇っていく。
「おかしいな。これは『迷宮図書館』の鍵だけど、『迷宮図書館』で手に入る鍵の一覧にないぞ。とすると、まだ未発見の扉を開ける鍵か、よくできた偽物の、どちらかだな」
「買い取れんのか」
ハキムは申し訳なさそうに発言する。
「すまないね、おっちゃん。鑑定できなったから、鑑定料は返す。おっちゃんの手に入れた鍵は大いなる発見か、ゴミのどちらかだ。どうしても、金に換えたいなら金貨十枚で引き取るけど、どうする?」
(ゴミなら処分するけど、宝なら持っておきたいな。誰かが必要とするかもしれん)
「金貨十枚か。とりあえず、金に困るまで持ってようかな」
「保留にするのもいいだろう。もし、売りたくなったらウチに売ってくれよ。俺もその鍵には少し興味がある」
「ええよ。ここしか売り先を知らんからね」
(まだ、財布の中には金貨で四枚くらいある。いざとなったら鍵を売ろう。魔術師ギルドの機能が復活したら、また『迷宮図書館』の鍵の値段は、上がるかもしれん)




