第百四十四夜 おっちゃんと魔術師ギルド奪還戦
アントラカンドの魔術師ギルドは正門と裏門の二箇所に入口がある。
正門から城の兵隊と魔術師ギルドの生き残りの人間が攻める。裏門からは冒険者が突入する作戦だった。
作戦決行時刻になり正門が騒がしくなった。
(いよいよ始まるで。戦の開始や)
「冒険者部隊は突入せよ」
ナヴィドが先頭を切って上級冒険者を伴って突入を開始する。
支援班が後に続いた。おっちゃんは後方で十二人の冒険者と共に待機していた。
(魔術師ギルドに罠はない。ナヴィドはんは腕が立つ。奪還班も上級冒険者の集まりや。入口付近では躓かんやろう。もし、ここで攻めあぐねたら敵の数が半端やないって証拠や)
十二分か三分で伝令役の冒険者が来た。
「後詰め班は前へ。裏門内部まで進攻。退路を確保しておいてくれ」
おっちゃんたちは裏門の中に入った。裏門を潜ると、ミニ・デーモンの死体や、バラバラになった本が無数に散乱していた。冒険者の死体は見当たらなかった。
おっちゃんたちが裏門で待機する。時おり命が宿った本やミニ・デーモンの小集団が来るので、戦闘をする。退路の確保に問題はなかった。後詰め班で簡単に処理できた。
(今のところは順調やな。これで金貨が二枚も貰えるようなら楽な仕事やけど、そうは簡単にいかんのやろうな。戦とはそういうもんや)
おっちゃんは気を引き締めた。
正門側で大きな音が断続的にする。おっちゃんたちに緊張が走った。
後詰めにいた老僧侶が静かに口にする。
「心配は要らん。あれは丸太を扉に打ち付ける音だ。どうやら、正門側も片が付いて突入するようじゃな。戦況はこちらが押している」
裏門から撤退してくる冒険者が現れた。怪我をしていたので老僧侶が治療に当たりながら尋ねた。
「どうじゃ中の戦況は。ここにいては中の様子がよくわからん」
怪我をした冒険者が興奮した口調で答えた。
「今、四階まで奪還した。強いモンスターはレッサー・デーモンくらいだがなにせ敵は数がいる。消耗も半端じゃない」
(魔術師ギルドは八階建て。作戦は今、半分くらいか。順調やな。でも、まだ敵の主力と遭遇してないから勝負はわからん。冒険者の主力と敵の主力がぶつかってからが本番や)
会話を聞いていると、怪我人が続々とやって来た。
魔法を使い切った魔術師たちも退避してきた。戻ってきた魔術師に尋ねた。
「おっちゃんたちも中に入ったほうがよさそうか?」
「伝令の指示を待ったほうがいい。今、六階まで制圧した。このまま行けば奪還は可能だと思う。だが、グレーター・デーモンが出てきた。下手な判断は危険だ」
おっちゃんたちは待機する道を選んだ。
「おい、空の様子がおかしいぞ」と誰かが叫んだ。
見上げると、雲が渦を巻くように魔術師ギルドの上空に集まってきていた。
冒険者の一人が不安そうな顔で発言する。
「最上階か屋上で何か起きているのか」
(魔術師ギルドの中に入った連中は、決戦の場まで行ったようやな。こちらも消耗しとるが、ここまで来たら、押し切れるやろう)
突風が吹き本の残骸が宙に浮かぶ。本の残骸が物凄い勢いで正門のほうに飛んでいった。
(敵にも後詰めがおったようやな。勝てる思うたらこれや。ほんまに戦は何が起きるかわからんの。でも、ええ。金貨二枚を貰うんや。貰う分だけはきちんと働く)
正門のほうが騒がしくなった。老僧侶が険しい顔で声を出す。
「何か正門で起きたようじゃ。何人かワシと来てくれ」
おっちゃんと四名の冒険者が、老僧侶に続いて駆け出した。
正門を潜ったところにある中庭に巨大なモンスターがいた。モンスターは人の形に集合した本の塊だった。本でできた人間は身長が十二mはあった。
老僧侶が驚嘆の声を上げた。
「ブック・ゴーレムじゃ。だが、ここまででかいのは見た記憶がない」
ブック・ゴーレムは暴れ、正門にいた兵士が弓や剣で応戦する。
剣や矢がブック・ゴーレムに当たり、本が零れ落ちた。けれども、すぐに別の本が魔術師ギルドから飛んできて傷を塞いだ。
正門にいた魔術師が『火球』の魔法を唱え、大きな炎の球が飛んでいく。
ブック・ゴーレムの頭が光ると火球は消滅した。
「なんや、魔法を打ち消すんか。これは厄介やで。魔術師が戦力にならん」
剣や弓の攻撃はすぐに傷が再生して、魔法は打ち消される。
突如として現れた難敵に正面にいた兵士は翻弄されていた。兵士たちが堪らず逃げ出し始めた。
(あかん。このままでは、後方戦線が崩壊する。おっちゃんたちがどうにかせな。経験のない兵士ではどうにもできん)
おっちゃんは焦らずブック・ゴーレムを注意深く観察した。おっちゃんは気が付いた。
ブック・ゴーレムが魔法を打ち消す時には必ず頭の天辺にある赤い本が捲られて開かれていた。
「なんや、あの赤い本。不自然に開いたり閉じたりしとるで。あれが魔法を打ち消しとるんか」
老僧侶が険しい顔で答える。
「あの赤い本が本体なんじゃろう。だが、あの高い位置にあるのでは矢を当てるにしても至難の業じゃ」
視界に眼をやると、大きな池が眼に止まった。
「やれるかもしれん。おっちゃんを援護してや」
おっちゃんは飛び出すと、大きな池の近くに移動した。
ブック・ゴーレムの気を引くために『魔力の矢』で頭の本を狙う。
ブック・ゴーレムの頭にある赤い本が光って、ページが開いた。
飛んでいく『魔力の矢』が解除される。ブック・ゴーレムが、おっちゃんに目標を変えて迫ってきた。
おっちゃんはベルト・ポーチから『製紙用溶解薬』を取り出して池に投げ入れた。ブック・ゴーレムが池に右足を踏み入れる。
ブック・ゴーレムは左足で、おっちゃんを踏みつけようとする。池に入れた右足の底が溶けてブック・ゴーレムが足を滑らせ、大きく後方に転倒した。
おっちゃんはすかさず、ブック・ゴーレムの体に飛び乗る。頭の赤い本を目掛けて、『製紙用糊』を投げつけた。『製紙用糊』が赤い本に掛かる。おっちゃんはブック・ゴーレムから飛び降りた。
おっちゃんは『魔力の矢』を唱えて、ブック・ゴーレムの頭を狙った。ブック・ゴーレムの頭にある赤い本が光るが、糊を浴びたせいでページがひっついて開けなかった。
魔力の矢が赤い本を直撃し、おっちゃんは叫んだ。
「やった。魔法が効くようになったで、頭を集中攻撃や」
おっちゃんの合図に冒険者が魔法でブック・ゴーレムを攻撃する。
魔法によって火が着いたブック・ゴーレムは火達磨になった。ブック・ゴーレムはしばらく暴れていたが、そのうちに動かなくなった。
ブック・ゴーレムが倒れると激しい雷鳴が鳴った。
空を見上げると、上空で出ていた怪しい雲は消えていった。
「どうやら、上の階でも決着が着いたようやな」
戦いは終わり、魔術師ギルドは奪還された。
冒険者側の死者は三名と戦闘の規模の割に少なかった。
おっちゃんはブック・ゴーレムを無力化した手柄を意図的に伏せた。
大勢の人間が戦ったが、手柄は自己申告制なのでおっちゃんの功績は評価されなかった。
おっちゃんには成功報酬として、金貨二枚だけが支払われた。
(なんとか乗り切ったの。薬の代金は持ち出しやけど、元々は付き合いで買った品だから、ええか。大して働きもせず、金貨二枚を貰ったとしておいたほうが都合がええ。おっちゃんはその他大勢の後詰めや)