第百四十一夜 おっちゃんと『石化解除』
二日後、冒険者の酒場で飲んでいると、グリエルモがやって来た。
「おっちゃん、約束通りに魔法を教えてやるよ。従いてこい」
グリエルモは街の北側にある高級住宅街に向かった。八LDKはありそうな広い家にグリエルモは、おっちゃんを連れてきた。
グリエルモが魔法で鍵を開ける。家の中には誰もいなかった。
「大きな家ですな。グリエルモさんは、お金持ちやったんやね」
「家は父のものだよ。もっとも、平気で一年くらい帰ってこないけどね。家が大きくても、良いことはない。掃除が大変なだけだよ。使い魔がいなかったら、維持できないよ」
グリエルモがおっちゃんを黒板、机、椅子しかない部屋に連れていく。
「今から『石化解除』の魔法の講義をするから、聞いて。わからなくてもいいから、とにかく聞いて」
グリエルモは『石化解除』の魔法を二時間掛けて、おっちゃんに教えた。
「これで終了。あとは、適当に練習しておいて。わからないところがあったら、いつでもいいから質問して。時間があったら教えてやるよ」
家のどこからかベルが鳴る音がした。グリエルモが窓から玄関を覗いた。
「また来た。ほんとにしつこいな」と口にして、グリエルモが嫌そうな顔をした。
「物売りかなんかでっか? 断りづらいなら、おっちゃんが断ってきましょうか。押し売りの撃退も冒険者の仕事の一つやからね」
グリエルモがうんざりした顔をする。
「断っても、後が面倒な話だ。用件はわかる。魔術師ギルドの学長選だ。おっちゃん、今日は帰ってくれ。横で聞いていても、面白い話にはならないから。むしろ、流れによっては気分が悪くなる」
「それは、聞きたくないですな。ほな、これで失礼しますわ」
おっちゃんはグリエルモの家を後にし、冒険者の店ハキムに寄る。
「ハキムはん、唐突やけど、なんか、石化している物、ない? あったら売って。高そうな物やなくて、ええよ。安いのでええ。あと、呪われている品はお断りやから」
ハキムが眉間に皺を寄せて、小首を傾げる。
「変わった注文だね。でも、ウチは、そんな冒険者店だ。ないとは口にしたくないな。なんか、あった気がするから、探してくるよ」
ハキムが石になったベルト・ポーチのポーチの部分を持ってきた。
「六眼バジリスクの犠牲者の遺品と思われる品だ。中身が入っているが、石化を解かないと取り出せないから、取ってある。中はゴミかもしれないが、宝が入っているかもしれない。金貨一枚で、どうだ」
「もっと安いのでよかったけど、ええよ。買うわ。それ、ちょうだい」
金貨一枚を払って、石化したポーチを買った。店を出ようとするとハキムが引き止める。
「ここで、石化を解除していかないのかい。中身が気になるよ」
「おっちゃんは石化を解除できるほどの腕前はないよ」
ハキムは思い出したような顔をして、頭に手をやる。
「そうだったね。悪かったよ。それで、もし、なんだけど、何かの弾みで石化が解けたら、後日に何が入っていたか、教えてくれ。高価な物が出ても、追加で料金を請求しないから」
「わかった。もし、の時は教えるわ。ただし、聞いても、がっかりするかもしれんよ。冒険者の持ち物なら、期待は薄いで」
ハキムは得意げな顔で、自信タップリに発言した。
「俺の意見は、逆だな。冒険者の持ち物だから、石化を解けたら、なにか良い物が出る気がするよ」
「ほな、結果は後ほど。もし、が起きたらな」
おっちゃんは宿屋に帰って石化したポーチに『石化解除』を唱えた。石化したポーチは普通のポーチに戻った。
中を開けると、小さく折り畳まれたメモがあった。メモの内容は読めなかった。
「なんや。盗賊が使う暗号文字のようやね。おっちゃんにしたらゴミやね」
捨てても良かったが、ハキムに見せるために取っておいた。
おっちゃんは、強い疲労感を覚えた。
「他の魔法と併用する状況も考えると『石化解除』や『位置交換』の高度な魔法は一日一回が限度やね。一日に二回も使こうたら、他の魔法が使えん」
おっちゃんは、その日は早くに眠った。
翌日、冒険者ギルドに行って掲示板をチェックする。特に興味を引く依頼は見当たらなかった。
酒場で食事をしていると、魔術師同士で話をしている姿が目立った。
「学長選がどうの」と話していた。
暇なので、冒険者の店ハキムに遊びに行く。
「ハキムはん。もし、が起きたよ。これが出てきたで。やっぱりゴミやった」
おっちゃんからメモを受け取ったハキムが、眼を細める。
「何かの暗号だね。このメモを解読してみるかい。もしかしたら、お宝に繋がるかもしれない。解読の費用は要らない。ただし、情報は共有させてもらうよ」
「ええよ。別に、おっちゃんは興味ないからメモをあげるわ。犯罪計画とかやったら関わり合いになりたくない。ええとこ、魔法薬の配合票やろう」
ハキムがお茶を淹れてくれたので飲む。おっちゃんは世間話代わりに尋ねる。
「ハキムはん、なんか新商品とかあったら、見せて」
五十㏄ぐらいのガラス容器に入った、茶色と灰色の薬をハキムがカウンターに置いた。ハキムが柔和な顔で新商品を教えてくれた。
「新商品の『製紙用溶解薬』と『製紙用糊』だな。用途は古くなった紙を、『製紙用溶解薬』で溶かして『製紙用糊』で固めて再生紙作ることができる品だ。値段はセットで、銀貨八十枚」
「へー、そんな薬があるんやね。でも、それって、冒険に役立つ? 話の通りだと、冒険者にメリットがなさそうに思うけど、何を想定して造られたん?」
ハキムが、やれやれといいたげに首を振った。
「冒険の役には、立たないね。アントラカンドは紙の需要が多い街だ。この街では羊皮紙は好まれない。ただ、質の良い紙は、エルドラカンドからの輸入品になる。なんで貧乏学生は再生紙を使っている」
「そうなんか。学生さんは苦労しているんやな。でも紙なら、再生紙で充分な気がする。高級な紙を使ったからって、勉強が進むわけではないやろう。それで、なんでそんな薬がハキムはんの店にあるん?」
ハキムが困った顔で肩を竦め、打ち明けた。
「効率的に再生紙を作れる薬を開発すれば金になる、と考えた薬師がいる。薬師は薬を作った。だが、原価計算まで頭が回らなかった。売れなくてウチに泣きついてきて、店に置いている」
「どこの世界にもおるんやな。造るだけ造ってその後の展開を考えない人」
ハキムが残念そうな顔で発言する。
「薬を発明した薬師は、頭は良い奴なんだけどね。時折こういうおかしな品を開発するのが玉に瑕なんだよ。本当に、腕はいい薬師なんだけどね」
「セットで銀貨八十枚か。高いけど、ハキムさんには儲けさせてもらったからな。付き合いで、一セット買おうか。もしかしたら、おっちゃんだって、古紙の回収やるかもしれんし」
ハキムが弱った顔で、控えめな口調で依頼してきた。
「できれば頼みたい。俺も一セットくらいは、売ってやりたい。奴には抗石化薬の時に儲けさせてもらったからね」
おっちゃんは薬を買って、ベルト・ポーチに入れておく。
「そうそう、ハキムはん。学長選って、なに? なんか、話題になっているらしいんよ」
ハキムが得意顔で教えてくれた。
「アントラカンドの魔術師ギルドの学長選だよ。前学長のユリウスがゼノスに殺されて、学長の椅子が空席になっている。役員の改選に合わせて新しい学長を決めるんだよ」
「あれ? でも、おっちゃんも魔術師ギルドの会員やけど、おっちゃんのところには選挙運動員が来ないよ。来ても困るけど」
「選挙権がある人間は、一年以上、魔術師ギルドに籍を置く全魔術師だよ」
「そうか。おっちゃんは一年未満だから、関係ない話やな。政治がらみは避けたいから、ちょうど良かった。ちなみに、誰が出とんの?」
ハキムが面白がる口調で教えてくれた。
「ミルコとレオナルドだ。レオナルドのほうが人気が高かった。だが、大商人アバッキオがミルコの支持を表明して選挙資金を出したことで、流れが変わった。今は接戦だ。どっちが勝つかわからん」
(終盤に来て票の追い上げがあったから、選挙運動に熱が入ってきたのか)
「なるほどね。それで、魔術師が冒険者ギルド内で寄付を募ったり、支持をお願いしたりしているわけか。関係ない人間にしてみればお祭りでも、当人たちは必死やね」
ハキムがやれやれの顔で評する。
「知識人の世界も、政治や金とは無縁でいられないのさ。もちろん、負けた陣営に就いたほうは冷遇されるだろうな。そこんところは魔術師だって変わらない」
「おっちゃん、冒険者でよかった。いづらくなったら次の街に行けばええ」
ハキムがおどけて話す。
「おいおい、そんな寂しい話をしないでくれよ。俺はおっちゃんを気に入っているんだ」
「営業トークでも嬉しいわ。おっちゃんもこの店が好きやで」




