第百三十九夜 おっちゃんと六眼バジリスク
抗石化薬が街に行き渡った頃、冒険者ギルドに討伐依頼の依頼票が貼られた。依頼主は商人組合長のアバッキオ。討伐対称は六眼バジリスクで、報酬は討伐時に一人につき金貨二枚。
バジリスクの目が二つだが、六眼バジリスクは名前の通り眼が六個ある。六個の眼で個別の標的に石化を掛けられるので、普通のバジリスクより厄介だった。
六眼バジリスクは遭遇すると、ほぼ生きては帰れないモンスターだった。そのため、正確な被害は把握しづらいが、おそろしい噂だけ流れる。
結果的に街に物資を搬入する費用が上がり、物価をじりじりと上げていた。六眼バジリスクの恐怖は、庶民の首をゆっくりと絞めていた。
(六眼バジリスクね。厄介なのがいたもんやね。抗石化薬はある。でも、絶対やない。石化されたら、討伐しても赤字や。砂塵サボテンを売った金は、まだある。ここは様子見やな)
冒険者の流れを観察すると、誰も相手にした経験のない怪物に手を挙げなかった。
参加者がいないまま、二日が経過すると、エルハームによって依頼票が外された。
(なんや、依頼の取り下げか。取り下げるにしては、早くないか)
不思議に思っていると、ギルドの二階から上級冒険者の『銀の華』が降りてきて、中級冒険者に話し掛ける。
『銀の華』と中級冒険者の会話が聞こえてきた。
「六眼バジリスク狩りをやらないか。石化された場合はうちの僧侶が石化を解く。報酬は銀貨百五十枚だ」
(なるほどね。上級冒険者が元請けになって、下請けになる中級冒険者を一本釣りして勧誘する方法に切り替えたんか。金額は安うなるけど、石化時の治療付きなら、やる奴が出るやろうな)
上級冒険者からの勧誘はスムーズに進んだ。眼で追っていると『銀の華』は中級冒険者を二十人ほど集めた。『銀の華』のリーダーが酒場を一通り見渡すと、おっちゃんの傍に寄ってきた。
「あんたがおっちゃんか、仕事を頼みたい」
「おっちゃんの愛称で呼ばれていますけど、人違いやないですか。おっちゃんに、六眼バジリスク狩りは無理やよ。あんな恐ろしい化け物を相手にしたら、腰が抜ける」
上級冒険者が、やれやれの口調で話す。
「狩らなくていい。輜重兵として入ってほしい。これはギルド・マスターのナヴィドの指名依頼だ」
輜重兵を指名する依頼の意味が、わからなかった。
「輜重兵なんて誰でもできますやん。なんで、そんなもの指名するんでっか。適当に活きの良い若い奴に頼んだほうが、よろしいと思います」
『銀の華』のリーダーが淡々と話した。
「おっちゃんが来ると、グリエルモが参加する。グリエルモがいれば、他のメンバーの負担が少なくなるとの、ギルド・マスターのナヴィドの判断だ。隊の犠牲を減らすために、グリエルモのおまけとして参加してほしい」
(ギルド・マスターの指名は断ると、後が面倒やね。輜重兵なら問題ないやろう。輸送と飯配りなら手柄を立てる機会もなさそうやし)
教皇庁より、異種族の権利を認める勅旨は出た。だが、アントラカンドでは聖職者以外に勅旨を知る人間は少ない。モンスターであるおっちゃんは正体がばれれば駆除対象になる可能性がある。
「ナヴィドはんの指名なら、仕方ないですわ。輜重兵を精一杯、務めさせて貰います」
翌日、冒険者ギルドから『銀の華』六人が率いる三十人の部隊が出発する。
おっちゃんは輜重兵なので、物資を積んだ馬車の御者をやる。
隣にはグリエルモが当然のように乗った。
「乗ってやるよ。おっちゃん」と、グリエルモが横柄に口にする。
「お前は貴族様か、お前も歩けよ」と中級冒険者の一人が愚痴る。
おっちゃんは中級冒険者に詫びておく。
「すんまへんな。ちょっと、事情ありまして、うちら二人は馬車を使わせてもらいます」
中級冒険者はまだ何か言おうとした。だが、『銀の華』のリーダーが「出発だ」と乱暴に口にすると黙った。
一行は『オルトカンド廃墟』の外縁を目指して移動した。
馬車に乗っていると、グリエルモが話し掛けてきた。
「暇だな。おっちゃん、何か面白い話をしろよ。面白かったら褒美をやるよ」
「おっちゃんな、魔術師ギルドに籍を置かせてもらいました。グリエルモはんの後輩になります。年を食っておりますが、よろしくお願いします先輩」
グリエルモが鼻で笑う。
「なるほど、面白い冗談だな。だが、笑えない。もっと面白い冗談を聞かせてくれ」
おっちゃんは会員証を示した。
「ほんまですよ。これ会員証です」
グリエルモが、おっちゃんの会員証を一瞥する。
「そんな、燃えないゴミを貰うために金を使うなんて変わり者だな。魔術師ギルドの地下にある大空洞と一緒だ。そこには何もない。あるのは、大して役に立たないゴミばかりだ」
「なら、おっちゃんにはピッタリかもしれませんな。冒険なんてゴミの中から宝を探すような作業です。それに、工夫によってはゴミだって活かせます。なんでも活かしてこその冒険者ですわ」
「活かしてこそではなくて、生きてこその冒険者であってほしいな。今回は相手が悪い。石になっただけなら戻してやれるが、喰われたら、それまでだ」
「へい、グリエルモはんの手を煩わせんように精々気を付けます。生き残ってこその冒険者ですから」
キャンプを張って、六眼バジリスクの捜索が行われた。だが、すぐには見付からなかった
夕暮れになる。六眼バジリスクの探索は一度、打ち切られた。
冒険者の食事は、自分の飯を自分で作るのが常だった。だが、グリエルモは料理をしない。
おっちゃんは食材の配布を終えると、自分用の飯とグリエルモ用の飯を作った。
グリエルモはテントを張らないので、おっちゃんがテントを張る。
飯も作れず、テントも張れないグリエルモを、中級冒険者が馬鹿にする。だが、グリエルモは気にしない。
夜を迎えた。おっちゃんが寝ていると、「起きろ、敵だ」の大きな声が聞こえた。
おっちゃんは飛び起きて、抗石化薬を飲む。グリエルモを揺さぶる。
「グリエルモはん、起きてください、六眼バジリスクが来ました」
おっちゃんは外に出るか、迷った。抗石化薬がどこまで有効かわからない。下手に飛び出れば、六眼バジリスクの視線で石化する恐れがある。かといって、テントの中では外の状態がわからない。
グリエルモは眠そうな顔のまま起きると、『不可知』の魔法をテントに掛けて、また眠った。
「認識されなければ、視線で石化する事態にはならない。あとは、他の人間がやってくれるだろう」
(六眼バジリスクが近くまで来ているのに、また、寝るって、どこまで図太い神経をしているんやろう。ある意味かなりの大物やわあ)
おっちゃんは『暗視』と『透明』の魔法を自分に掛けて、テントから出た。
六眼バジリスクは冒険者たちが張ったテントから十五mの位置に迫っていた。
武器を手にテントから飛び出してきた冒険者だが、次々と石に変わっていく。
(石化の威力が強力すぎる。抗石化薬を飲んでも、ほとんど意味ないで)
テントを無事に出られた冒険者は半分だった。誰かが『火球』の魔法を唱えた。
大きな火の球が飛んでいき、六眼バジリスクを襲う。炎の中から悠然と六眼バジリスクは姿を現した。
別の誰かが『電撃』の魔法を唱える。電気を帯びた球体が飛んでゆく。六眼バジリスクを直撃する。だが、六眼バジリスクの歩みは止まらない。
六眼バジリスクの二つの眼が光った。『火球』と『電撃』を唱えた冒険者が石に変わった。
(これ、まずいで。魔法に対して耐性がある奴や)
ハンマーを手にした冒険者が飛び出した。
六眼バジリスクが顔を向け、冒険者に毒の霧を吐いた。毒の霧を浴びた冒険者が、のた打ち回る。六眼バジリスクが冒険者を石化して足で踏み砕く。
中級冒険者は恐慌状態になって逃げ出した。背を向けても六眼バジリスクの視線からは逃げられない。
『銀の華』の姿を探すが姿が見当たらなかった。おっちゃんはそっとテントの陰に隠れていた。
六眼バジリスクがゆっくりと進み、石化した冒険者を押し倒して餌にしていく。
(あかん。これ、討伐失敗や)
六眼バジリスクが剣を振り上げた冒険者の石像に近づく。
石像が動いた。石像は魔法で石に擬態していた『銀の華』の戦士だった。戦士が剣を六眼バジリスクの頭に振り下ろす。剣で頭を叩かれた六眼バジリスクが、悲鳴を上げて後退る。
(やるのなら、今しかない)
おっちゃんは『光』の魔法の詠唱を開始した。
『不可知』で隠れていた『銀の華』の残りの五人が姿を現し、一斉に攻撃しようとする。
六眼バジリスクの六つの眼が六人の『銀の華』のメンバーたちを捉える。
おっちゃんの『光』の魔法が完成し、光が六眼バジリスクの顔の上で輝く。
六眼バジリスクが眼を細めた。焦点をぼけさせることに成功した。六眼バジリスクに次々と『銀の華』の攻撃が降り注ぐ。
六眼バジリスクは、やがて動かなくなった。
(薄氷を踏むような勝利とは、まさに今の状況や)
おっちゃんの背後で、小さく拍手をする音がした。振り返るとグリエルモが立っていた。
「おっちゃん。『光』の魔法のタイミングが見事だったね」
グリエルモがそっと横に来て、小さな声で話す。
「おっちゃん、初心者じゃないね。かなりできるでしょう。剣士が剣の一振りで相手の実力がわかるように、魔術師は『光』の魔法一つで実力がわかるんだよ。なんで、実力を隠しているの」
「そんな買いかぶりですやん。おっちゃんは『光』の魔法を使うくらいしか能のない、しがない、しょぼくれ中年冒険者です」
グリエルモが澄ました顔で冷ややかに告げる。
「なら、そういう話にしておこう。秘密は誰にでもあるものさ」
グリエルモは『銀の華』のところに歩いていく。グリエルモと『銀の華』によって、生きている人間の石化が解除されて行く。
それでも二十人以上が石化されたために、二度の休息をとっての解除作業となった。仕事が終わると、グリエルモは『瞬間移動』で帰っていった。
生き残った冒険者は冒険者ギルドに帰還して、報酬を受け取った。だが、報酬を受け取っても顔色はよくなかった。生きながら石にされた恐怖が、染み付いていた。