第百三十八夜 おっちゃんとチーズの代金
赤牙人の集落が近づいてきた。赤牙人の見張り兵がいた。だが、先頭を赤牙人が歩いていると、不思議そうに見るが、襲ってこなかった。
おっちゃんは機嫌よく足を進める。そのうち、泥レンガでできた家々が見えてきた。
村の入口に到達すると、赤牙人の二人が足を止めた。村人がおっちゃんを遠巻きに見ている。
おっちゃんは大きな声で叫ぶ。
「すんまへん、この子たちの保護者の方、いますか、ちょっと話があるんですわ」
二度ほど同じ内容を叫ぶ。おっちゃんより頭一つ高い赤牙人の女性が出てきた。
赤牙人の女性は堂々とした態度で、眼に力を入れておっちゃんを見据えた。
「私は、この村長のモランだ。なんのようだい」
「わいは、おっちゃん言う商人です。この村に交易に来ました。ところが、この小さい子が、おっちゃんのチーズを勝手に食べたんですわ。そんで、金を払わん言うんです。なんで、親御さんに払ってほしいんですわ」
モランはチーズを持ったティムをギロリと見る。
「嘘は言うな。正直に答えろ。ティム、このおっちゃんの言葉は、本当か」
ティムが黙って頷く。
モランの手が飛んできて、勢い良くティムの頬を叩く。
ティムが倒れ、チーズも地面に落ちた。
「ちょっと、おっちゃんのチーズに、なんてことしてくれますの。落ちたら、もう売り物になりませんやん」
モランが冷たい顔で言い放つ。
「人間の持ってきたチーズなんか、食えるか。だが、安心しろ、代金は払ってやる。ただし、私に勝てたらだがな。勝負は相撲だ」
モランは大きな赤牙人から曲刀を受け取ると、自分の周りに円を描いた。
「この円から私を押し出せたら、お前の勝ちだ。勝てたら、代金を払ってやるよ」
「服を脱いでも、いいでっしゃろうか」
「好きにしろ」と、モランが認めた。
おっちゃんは、ローブを脱ぐ。次いで、服を脱ぐ。下着も全部すっかり脱いだ。
さすがに下着まで脱ぐと、赤牙人は笑った。でも、おっちゃんは気にせずに、脱いだ服を綺麗に畳んでおいた。
おっちゃんは、モランから五mの距離で身を屈め、地面に両拳を突く。
「行きますよ。はっきよーい」
モランがまともに構えず、おっちゃんを見下したような顔をした。
次の瞬間、おっちゃんは身長三mの筋肉の塊のモンスター・トロルに変身した。
「残った」の掛け声で、全力で、ぶちかましをお見舞いする。
トロルになったおっちゃんのぶちかましは、洒落にならない威力がある。トロルのぶちかましをまともに食らえば、全身甲冑の冒険者でも、下手すれば死ぬ。
危険を感じたモランは、とっさに避けた。もちろん円から出た。
「はい、モランさんの、負け」と、おっちゃんは人間に戻った。
モランが驚いた顔で発言する。
「あんた、人間じゃなかったのか」
おっちゃんは服を着ながら、愛想よく答える。
「嫌ですわ。おっちゃん、一度も人間やなんて言った覚え、ないですやん。勝手に勘違いしたら、あかんよ。もっとも、変身くらいしか能がないけどね」
モランが額に手をやり愚痴る。
「私もまだまだだね。この子たちのことは言えないわ。いいわ。負けたから、チーズの代金は払うわ。いくらだい」
「チーズの代金なんですが、砂塵サボテンで払ってもらえると嬉しいんですわ」
モランが拍子抜けした顔をする。
「あんな草でいいのか。そんなのそこら中に生えているわよ」
「でも、おっちゃんはそれが欲しいんですわ」
「わかった。すぐに用意させる」
モランは何人かの村人を連れて砂塵サボテンを採ってきてくれた。
おっちゃんはチーズが入っていた袋に砂塵サボテンを入れると、赤牙人の村を後にした。
冒険者の店ハキムに戻り、砂塵サボテンをカウンターに並べる。ハキムが顔を綻ばして喜ぶ。
「これまた、大量だね。おっちゃん。これだけあれば、抗石化薬が千本以上は作れるよ。大量にできるから、金貨一枚より安く、店に出せるね」
「それは、よかった。冒険者や商人の犠牲者が少なくなるといいな」
ハキムは金貨六枚を、おっちゃんに払った。
おっちゃんは寂しくなっていた財布に金貨を入れた。
三日後、ハキムの店には大量の抗石化薬が入荷した。冒険者や旅の商人が列をなして抗石化薬を買う。
おっちゃんも用心のために、抗石化薬を二本、購入した。価格は二本セットで銀貨百三十枚と、かなり価格が抑えられていた。ハキムは僅か一日で、おっちゃんに投資した額を回収した。