第百三十七夜 おっちゃんと赤牙人
おっちゃんの所持金は乏しい。だが、おっちゃんは街の外には出ず。数日は様子を見ようと決めた。
(バジリスクに独りで遭ったら危険や。ここは街にいたほうがええ。なにもなければ何も起きん。だが、何か起きていたら、動きがあるはずや)
おっちゃんが様子見を決めてから三日が経過し、事態が動いた。
六人の冒険者の集団が帰ってきた。六人の冒険者は全員が大きく膨らんだバック・パックを背負っていた。依頼報告カウンターの前にバック・パックが置かれる。
冒険者の一人が、エルハームを呼んだ。
「行方不明になった調査団の痕跡を、見つけてきた。何人分あるか、わからない。数えてくれ」
エルハームが中を見て青ざめた顔をした。エルハームは気分の悪い顔で指示をする。
「ここではなんですので、中に運んでください」
冒険者の知り合いなのか、酒場にいた人間が興味を示した顔で冒険者の一人に声を掛ける。
「おい、いったいその袋の中身は、なんだ」
冒険者が忌々しそうに発言する。
「犠牲者の一部が入っている。全て石になっているのが救いか。おそらく、十人分はあるだろう。バジリスクはいる。一体じゃない。何体もいるぞ」
街に齎された凶報は、一日で街を駆け巡った。噂が街に流れる。
「『オルトカンド廃墟』外縁にバジリスクが出たらしい」
「バジリスクは魔術師ギルドから盗まれた卵が孵化したものだ」
おっちゃんは冒険者の店ハキムに顔を出した。
「やっぱり、バジリスクが、いたんやな。しかも、複数いるって話やないか。何体いるかわからないが。一体でも危険やのに、複数はかなりきついで」
ハキムが真剣な顔で意見を述べる。
「だろうな。おかげで一日で、抗石化薬と石化解除薬が街から消えた。俺は事前におっちゃんから情報を貰っておいたから、常連客の分を確保できたからよかったが、他は大変だ」
効果がある薬については、知っておきたかった。いつ、世話になるか、わからない。
「石化解除薬や抗石化薬って、簡単に作れるんか」
「石化を解除できる石化解除薬は、難しいな。ちゃんとしたのが欲しいなら、エルドラカンドから輸入品を使ったほうがいい」
「やはり、良品はエルドラカンド製に限るか」
ハキムが浮かない顔で淡々と告げる。
「ただし、石化解除薬の値段は、一個が金貨四十枚。石化に耐性が付くだけの抗石化薬なら、作る工程は、それほど難しくない。それでも、金貨一枚はする」
身を守るためには、金が必要だった。ただ、金貨一枚もすれば、下級冒険者は二の足を踏む金額だ。
「どのみち、おっちゃんには関係ないか。金貨一枚も払ったら、所持金が、ちと厳しいな」
ハキムが身を乗り出して提案してきた。
「なら、おっちゃん、抗石化薬の材料の砂塵サボテンの採取をやってみるかい。今なら良い金になるぞ。砂塵サボテンなら、一個で銀貨三十枚くらい行く。危険だけどな」
「どんな風に危険なん。おっちゃんにも取れるリスクと取れないリスクがある」
「砂塵サボテンの群生地がアントラカンドの外れにある。ただ、近くには赤牙人の村がある。見付かったら、終わりだ。あいつらは容赦ない」
赤牙人は全身が赤く、牙と尻尾が生えた、鬼のような種族だった。身長は人間よりやや小柄だが横に広く、筋肉質な体を持つ。
(人型種族なら、問題ないか。話せばわかる奴も、おるやろう。異種族が危険は、思い込みや)
「わかった、やってみる。おっちゃん、こっそり採取するのは得意や。砂塵サボテンが生えている場所の地図を売ってもらえるか。砂塵サボテンを採ってくるわ」
ハキムが機嫌よく意見を述べた。
「砂塵サボテンを冒険者ギルドじゃなくて、ウチに卸してもらえるなら、地図と場所の情報は、サービスするよ。知り合いに薬師がいて、手に入ったら大量に購入したい、との話があるんだ」
「わかった。今回は、冒険者ギルドやなく、ハキムはんのとこに卸すわ。だから、地図と情報をサービスして」
「よし、契約成立だ。おっちゃんが無事に帰ってくる未来を祈るよ」
ハキムに教えてもらった場所は、徒歩で一日行程の場所にあった。
おっちゃんは保存食と『クール・エール』を買い、残りの金で、赤牙人との取引用にエルドラカンド産の十八㎏のホール・チーズと担ぎ紐を買った。
(こそこそ採取するより、交渉で売ってもらったほうが、効率ええ)
おっちゃんの財布の残りは、銀貨十八枚になった。おっちゃんはチーズを背負って『シュナ砂漠』に入った。
暑い中、『クール・エール』を飲みながら、赤牙人の村を目指した。
途中で野宿をして、夕方に村の付近に着いた。おっちゃんは『暗視』の魔法で、視界を確保する。次いで、遠くから目立つように『光』の魔法で光を杖に灯した。
歩いていくと、待ち伏せによさそうな砂丘が見えてきた。砂丘には赤牙人が隠れている状況がわかった。
(下手な隠れ方やな。暗いからわからん、と思っているんやな。気付かん振りをしたろう)
おっちゃんは気付かない振りをして近くまで行く。
革の服を着て、曲刀を手にした、大きい赤牙人と小さな赤牙人の二人が飛び出してきた。赤牙人の二人は若者で、小さな赤牙人が凄む。
「こら、人間。ここは俺たちの縄張りだ、何しに来た」
「へい、わいは、おっちゃんいう旅の商人です。牙人の村に、交易に来ました」
小さな赤牙人が近づいてきた。五十㎝の距離まで来る。
(この子、素人やわ。簡単に、おっちゃんの間合いに入りよった。相手が魔術師の格好をしているからって、そんな近いと危ないで)
小さな赤牙人が、おっちゃんの顔を覗き込むように威嚇する。
「あん、交易だと、荷物はなんだ。見せてみろ」
「へい、エルドラカンド産のチーズです。食べると美味しいでっせ」
おっちゃんはチーズを下ろして見せる。
小柄な赤牙人が、乱暴に曲刀でチーズを削って口に入れた。
「お、確かに美味いな。よし、このチーズを置いていけ。そしたら、命だけは助けてやる」
仕込み杖を滑らすようにして抜刀する。おっちゃんの抜刀スピードに小さな赤牙人はついてこられなかった。
小さな赤牙人の首に刃を寸止めにした。おっちゃんは目に力を入れて、低い声を出す。
「おい、小僧。チーズの代金を置いていくか、その首を置いていくか、好きなほうを選べや」
小さな赤牙人がおっちゃんの剣幕に黙る。
大きな赤牙人が怖い顔をして大きな声を出す。
「下がっていろ、ティム。お前の敵う相手じゃねえ」
ティムと呼ばれた小さな赤牙人がゆっくりと下がり、大きな赤牙人が上段に曲刀を構えた。
おっちゃんは自然体で向かい合う。
(大きい子は、少しできるようやね。でも、少しやね。気持ちに技量が付いていっておらん)
大きな赤牙人が間合いをゆっくりと詰めて、曲刀を振り下ろす。
おっちゃんは攻撃をひょいと避ける。柄で大きい赤牙人の手を打った。
大きい赤牙人が曲刀を落とし、すぐに後ろに下がった。
おっちゃんは軽い調子で声を掛ける。
「どうした? まだ、やるか? おっちゃんは、ええよ」
大きい赤牙人は黙った。
「よし、負けを認めるなら、命までは取らん。どうする」
大きい赤牙人は悔しそうに口を開いた。
「わかった。負けを認める」
おっちゃんはティムに命じる。
「おい、小僧、おっちゃんのチーズを持てや。そんで、村に案内せい。代金を回収する」
ティムは不満そうだった。睨みつけて「はよせいや」と低い声を出すと、従った。
二人の赤牙人に先導させ、赤牙人の村に向かった。