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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
アントラカンド編
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第百三十六夜 おっちゃんと石像

 おっちゃんは財布の中に金貨が二枚しかないとは考えない。まだ、二枚も有ると考える。

おっちゃんは冒険者の酒場で、ごろごろと無為に時間を過ごしていた。


 足を引きずった老人が冒険者ギルドに入ってきた。

 老人は依頼受け付けカウンターでエルハームと話し、気落ちした顔をする。老人は酒場に来るが、なにも注文せず、項垂れていた。


(なんや、事情がありそうやな。気になるな)


 おっちゃんは気になったので、依頼受け付けカウンターに移動した。

「酒場の隅で項垂れているおじいさん、どうしたんや」


 エルハームが曇った表情で説明する。

「ババクさんね。水売りをしているんだけど、膝を怪我して、荷物を運べなくなったんだって。それで、一緒に行って荷物を運んでくれる冒険者を一人、探しているのよ」


「急な怪我なんか、ありそうな話やな。でも、なんで項垂れているの」

「今日中に品物を『オルトカンド廃墟』外縁に、運ばなきゃならないの。報酬は銀貨二十枚。場所が少し奥だから、往復するのに二日は掛かるわ」


「そうか。二日拘束で銀貨二十枚か。普通の依頼なら問題ない。けど、急ぎの依頼ならちと少ないな。急いで出たくても、冒険者にも都合あるしな」


 エルハームが浮かない顔で続ける。

「募集期間が短い割に報酬が安いから、このままでは成立しないわ。でも、水売りって、それほど儲かる仕事じゃないから、報酬もあまり積めないのよ。それで、弱っているのよ」


 おっちゃんは、別に働きたくないわけではなかった。ただ、やりたい仕事がなかっただけだった。

「ちょいと荷物を運ぶだけなら、おっちゃん、暇やから手伝ってもええで」


 ダンジョンに行かない冒険者にとって縁は大事だ。困っている人の傍に居合わせる場面もまた縁だ。


 エルハームの顔が晴れる。

「ババクさん、喜ぶと思うわ。私も依頼が成立して嬉しいわ」

「よっしゃ、おっちゃんに任せとき」


 おっちゃんは、ババクに声を掛ける。

「わいは、おっちゃん言う冒険者です。おっちゃんが仕事を引き受けさせてもらいます。よろしゅうお願いします」


 ババクは深々と頭を下げて、感謝した。

「助かりました。昨日辺りから、膝が痛くなってね。一晩も休めば良くなると思っていたのですが、悪化しまして、困っていたところです。荷物の積み込みからお願いして、よろしいですか」


 ババクの店に行き、井戸に案内してもらう。

 運ぶ荷物は水。三十六ℓ用の樽に井戸から水を汲んで詰める。水の入った樽を十二個、幌のない粗末な荷馬車に積んだ。


 荷馬車とロバを繋いで、ババクが荷馬車に乗る。おっちゃんは徒歩で荷馬車の横に従いて歩いていく。


 ババクが道すがら、世間話をした。

「助かりました。娘夫婦が親戚の結婚式で出かけていて、人手がなかったんです。婿がいれば問題なかったんですが、面目ない」


「礼は要らんよ。急なトラブルは、仕方ない。それに、おっちゃんも冒険者やから、水の大切さはわかる。荒野で水がないと苦しいからね。頼んでいる人間を待たせるわけにもいかんやろう」


 ババクが感謝する。

「たかが水。されど水です。私はこの商売に責任を持っています。それに、信用がないと水売りはできない」


「商売には、信用は大事やからね。それに、おっちゃんも短期で終わる仕事を探していたから、ちょうど良かったんよ」


 時間を掛けて荒野を移動した。

 ロバの引く荷馬車では、それほど速く移動できない。やがて、日が暮れた。

「どうします? 野営します? それとも、進みます? おっちゃんは、どっちでもええで。ババクはんが決めて」


 ババクが考え込む顔をして決断した。

「暗い中を進むと、危険です。食事を摂って、朝早くにまた移動しましょう。キャンプには今夜の分くらいなら、水があるはずです。明日の朝に着けば問題ないでしょう」


「そうかー」と、おっちゃんは野営の準備をした。

 ババクが持ってきた乾パンと水だけで食事を済ませる。


 夜が明けると同時に、移動を開始する。日が昇りきった頃に、キャンプ地が見えてきた。

 キャンプ地には、四人用のテントが四つ張ってあった。


(結構、大掛かりなキャンプやね。なんらかの調査やろうか)


 おっちゃんはキャンプ地に近づくと、異変に気が付いた。

「静かやな。普通、このくらいの規模のキャンプなら、待機している人間がいるもんやけど。ババクさんが前に来た時も、こうやったか」


 ババクは首を傾げて不思議がる。

「いいえ、前に来た時にはキャンプを見張っている方がいましたよ」


 キャンプ地の前でババクが声を張り上げた。

「誰か、誰か、いませんか。水売りのババクです。水を持って来ました」


 キャンプから返事はなかった。

「妙やな。まさかと思うが、魔物の襲撃を受けたのかもしれん」


 おっちゃんは荷馬車とロバを切り離し、ババクをロバに乗せる。

「ちと、キャンプ内を調べてくるわ。ババクさんは離れていて。おっちゃんの心配は、しなくてええから。異常があったら、すぐにロバで逃げるんやで」


「わかりました」と強張(こわば)った顔でババクが頷いた。


 おっちゃんは、そっとキャンプ地に入り、火の跡を確認した。火は消えていたが、まだ熱を持っていた。地面を観察すると、大型の蜥蜴(とかげ)のような足跡があった。

(でかいな。足跡から推測するに、全長四、五mはあるの)


『シュナ砂漠』にはデザート・リザードと呼ばれる蜥蜴が存在する。だが、デザート・リザードの体長は精々一m。五mなると別の魔物だが、そんな蜥蜴のモンスターは『シュナ砂漠』にはいない。


 足跡はテントの中に続いていた。テントに近づき、中の音に耳を澄ませた。音はしなかった。ゆっくりとテントを開けると、灰色の岩の破片が落ちていた。


(おかしいで。ここらへんの岩は赤褐色や。なんで灰色の岩が落ちているんや。どこから持ち込まれた岩やろう)


 おっちゃんは岩の破片をいくつか拾って、ポケットにしまった。

 テントから出た。水の樽が積んである隣の木箱を調べると、食糧が充分に入っていた。


(大型の獣が来た形跡があるのに、食糧が荒らされていない。どういうことや。わけがわからん)


 外に出て、ババクの許に行く。

「駄目や。キャンプの人間がどこに行ったか、わからん。ただ、ここから早く立ち去ったほうがええ気がする。モンスターの場合は、また戻ってくるかもしれん」


 ババクが困った顔で尋ねる。

「水はどうしましょう。もう、お金を貰っているんで、置いておきたいんですが」

「わかった。すぐに下ろして立ち去ろう」


 おっちゃんは、キャンプ地の入口に水の入った樽を置いた。樽を置いている間に襲われはしないか心配だったが、襲われはしなかった。ロバと荷馬車を再び繋ぐ。


 ババクと足早にキャンプ地から立ち去った。キャンプ地を離れる間、おっちゃんもババクも無言だった。


 夜にアントラカンドに着いた。

(ふー、どうやら無事に到着や。モンスターの件は気になるが、一人での調査は危険や)


 ババクを店まで送った。ババクが丁寧にお辞儀をして、おっちゃんの手を包み込むようにして銀貨を渡してくれた。


 おっちゃんは財布に銀貨をしまうと、宿屋で一泊する。


 翌朝、冒険者の店ハキムに顔を出した。

 店にお客がいたので、お客が帰るのを待って話し掛けた。

「ハキムはん、おはよう。ちょっと見てほしい物があるんよ。この石を見て」


 おっちゃんはキャンプ地で拾った石を見せた。

「『オルトカンド廃墟』の外縁にあるキャンプ地で拾ったんよ。あそこらへんの岩って、赤褐色やろう。なのに、この灰色の石が落ちていた。不思議だと思わへん」


 ハキムが目を細めて石を鑑定する。「まさか」と口にしてハキムは店の奥から魔法薬を持ってきた。 

 ハキムが魔法薬を掛けると、石が柔らかくなり、革になった。


「これは革が魔力で石になったものだな。近くには人間の形をした石像とか、なかったか。あれば間違いなく、モンスターの仕業なんだが」


 人型の石像なんてものがあれば、気付かないはずがない。

「そんなもの、なかったよ。石だけ転がっていた」


 ハキムが革をじっと見ながら腕組みして発言する。

「そうか。なら、喰われたな。おそらく、相手は、バジリスクか何かだ。やつらは、冒険者を石に変えてから喰うからな。厄介なのが出たな」


 バジリスクは全長が四m程度のトカゲ型のモンスターだった。全身が灰色で、石のように硬い肌と強力な毒を持つ。

 だが、なにより脅威な攻撃は、視線で人を石に変える力を持つことだった。


「なんや、バジリスクやジャクラやら、『オルトカンド廃墟』の外縁は思ったより危険な場所やな」


 ハキムが顔を上げて、サラリと話す。

「ジャクラは、いてもおかしくないが、『オルトカンド廃墟』にバジリスクはいないよ。少なくとも俺がここに店を構えてからの目撃例は知らない」

「そうなんか。だったら、バジリスクは違うんやないの」


 ハキムが浮かない顔で答える。

「そうとも言えない。誰かが持ち込んだか、魔術師ギルドが誤って逃がした可能性がある。どちらにせよ、これは何か良くない事態が起きているな。顧客に注意しないといけない」


 おっちゃんは革の破片を受け取ると、革細工ギルドに移動した。

「すんまへん。誰かおられませんか」


「はいよ」年配の職人が出てきた。

「この革と同じものが欲しいんやけど。売っていますか」


 年配の職人が、おっちゃんから皮の欠片を受け取った。

 職人が革の欠片を観察して肌触りを確かめ、おっちゃんに返した。

「革はヘラ鹿のものだな。ハイネルンじゃよく使うみたいだけど、ウチの工房では使ってないな」


「そうでっか。ありがとうでした」

(いるはずのないバジリスクに、隣国の冒険者か。何事もなければいいがの)


 おっちゃんは冒険者ギルドに戻り、エルハームを呼んだ。

「ちょっと、ええ? 小耳に挟んだんやけど、『オルトカンド廃墟』にバジリスクが出たらしいで」


 エルハームは、笑って否定する。

「何かの見間違いよ。アントラカンドにバジリスクは、いないわ」

「そうか。なら、ええけど。でも、一応、又聞きで悪いけど、報告しとくわ」


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