第百三十五夜 おっちゃんと冒険者の店
翌日、おっちゃんは冒険者ギルドに剣と鎧を預けた。
古着屋に行って、銀貨四枚で安い茶のローブを買った。魔術系ショップに行って、中古の護身用ワンドを買って佩いた。
(ほんまは剣を持ちたいんやけど、ここで自重すべきやな。魔法をメインで戦うのは久々やな。慣れない戦闘は避けよう)
冒険者ギルドに戻ると、エルハームが驚いた。
「どうしたの、おっちゃん、その格好。まるで魔術師みたいよ」
「みたいじゃなくて、魔術師や。むしろ、おっちゃん、実はこっちが本業やったんよ。ただ、魔術師が一人で旅をすると危険やから、剣士の格好をしていたんよ」
エルハームが疑って、たどたどしい言葉で注意する。
「おっちゃん、あのね、魔術師になるには、格好だけではダメよ。ちゃんと魔術師ギルドが認めないとダメなの、会員証を持っている?」
「これ、会員証」と、おっちゃんは魔術師ギルドの会員証を示した。
エルハームが魔術師ギルドの会員証を確認し、にこやかな顔で納得する。
「これ、本物ね。へー、おっちゃんって。本当は魔術師だったんだ。剣士の格好が様になっていたから、剣士だと思ったわ。おっちゃんは、もしかして、なんとか賢者と呼ばれるような凄い人だったりして」
「まさか、ははは」と笑うと、エルハームも「そうよね、ふふふ」と笑った。
(さてと、それっぽくなったから、また採取の依頼でも探すかの。金になる依頼はどれかの。とりあえず、金貨二枚を投資した分の元を取らんと)
おっちゃんは依頼票を見ていて、一風変わった真新しい依頼を見つけた。依頼は冒険者の店の棚卸し。
武器や防具は武器屋や防具屋で買う。だが、ちょっと変わった魔法薬や冒険に必要な道具を扱う店もある。そんな店屋を、冒険者は《冒険者の店》と呼んでいた。アントラカンドには冒険者の店が三店舗は存在した。
(冒険者の店の棚卸しか、なんか面白そうや。報酬は一日で銀貨二十枚か、軽作業にしては中々に高額やな。やってみようか)
おっちゃんは依頼票を外して、受任カウンターに持っていった。
「エルハームはん、この仕事をやりたい」
エルハームが明るい顔で、依頼票をチェックする。だが、依頼票を見てエルハームが表情を曇らせた。
「おっちゃん、これ魔道具の知識が要る仕事だけど、大丈夫? 簡単に見えるけどうっかり触ると呪われたりする品があったりするわよ。毒薬とかもあるし、知識がないと危険よ」
おっちゃんは元ダンジョン・モンスターである。仕事では色々な道具を取り扱ってきた。目利きには、自信があった。
「知識が必要なんか。そうか、行くだけ行ってみるわ。面白そうやしね。失敗した時は、その時や」
依頼の有った冒険者の店ハキムに行った。ハキムの店は個人商店としては大きかった。家は二階建てで一階が商店兼倉庫、二階を住居として使っていた。
店に入ると、店主のハキムがいた。ハキムは丸顔の小柄な老人であり、茶のベレー帽を被っていた。
おっちゃんは挨拶する。
「冒険者ギルドから、棚卸しを手伝いに来ました。おっちゃんと言います。よろしくお願いします」
ハキムがおっちゃんを見て、いい顔をしなかった。
「ほー。随分と年季の入った冒険者が来たね。いいのかい、銀貨二十枚以上は払えないよ。あと、こっちの指示に従わないで、怪我をしたり呪われたりした場合の保証は、ないよ」
「ええですよ。しっかり働かせてもらいます」
ハキムは、その日は早くに店を閉め、在庫の確認と品物チェックを始めた。
おっちゃんは指示に従って、数を数えたり、品物の位置を変えたりする。
ハキムの店には、ロープや火打石にナイフといった一般的な品から、高級ポーションまで、品数が豊富だった。棚卸しは四時間ほどで終わった。
作業が終わって、ハキムはおっちゃんに頼んだ。
「よかったら、魔術師ギルドの会員証を見せてくれ」
作業を始める前に、資格確認のために会員証の提示を求めるならわかる。作業が終わってからでは、変だ。だが、ハキムが依頼人なので、従って会員証を見せた。
ハキムは鋭い視線で会員証を見て、口にした。
「あんた、もしかして、訳有りかい? 別に、どうこうしようって、わけじゃないんだ。ただ、商売柄、気になったもんでね」
ハキムが何を見抜き、何を感じたかは知らない。おっちゃんは、ハキムの思考過程に興味を持った。
「どうして、おっちゃんが訳有りやと思ったんです。よかったら理由を聞かせてくれまへんか」
ハキムは店主用の大きな椅子に腰掛け、ゆったりした口調で推理を披露した。
「まず、立ち姿が安定している。魔術師にしては足腰がしっかりしていた。食いっぱぐれの剣士が魔術師を騙っているにしては、魔法薬の触り方が丁寧だった。知識のある人間から訓練を受けた触り方だった」
「そんなの、魔法薬作りが趣味の剣士かもしれないでっせ。魔法を使えなくても、魔法薬は作れます」
ハキムがニコリと笑って話を続ける。
「俺が注意しなかったのに、呪われた品をきちんと見抜いて、適切に触っていた。これは、魔術知識の有る人間を意味する。高度な教育を受けている人間でないと不可能だ」
おっちゃんは機嫌よくハキムの推理を聞き、異を唱える。
「なら、道場通いが趣味の魔術師か、畑仕事が好きな魔術師かも、しれませんやん。もしかしたら、元冒険者の店の店員ちゅう線も、ありますやろう」
ハキムが軽く首を傾げて微笑む。
「同業者の線と畑仕事が好きな魔術師の線は、ないな。同業者にしては手に風格がある。畑仕事好きにしては泥臭くない。おっちゃんの手は間違いなく冒険者の手だ」
ハキムが得意顔で推理を続ける。
「ローブもワンドも使い込まれている。だが、魔術師ギルドの会員証は新しい。とすると、どこかで魔術師ギルドを破門されて、素性を隠してアントラカンドに来た可能性がある」
よく見ているものだと、ハキムの観察眼に感心した。
「それで、わけありでっか。なかなかどうして、色々と見ているもんやね」
ハキムが楽しそうに話す。
「これは商売人の勘だが、おっちゃんは人が良い。権力闘争に巻き込まれるタイプでもない。なら、破門の線は薄い」
ハキムが身を乗り出して指摘する。
「そこで私は、こう考えた。おっちゃんは実は腕が立つ魔法剣士の冒険者なんだが、なんらかの事情で、今は魔術師に姿を変えている。違うかな」
嘘を吐いてもよかった。だが、おっちゃんは店主の観察眼に敬意を表して、正直に話した。
「そこまで、わかりまっか。正解ですわ。でも、秘密にしてや。おっちゃんにも色々な事情があるんや」
ハキムは大きく頷いた。
「もちろん、顧客の秘密は守るさ。でないと、冒険者の店なんて商売を、やっていけないからね。さて、ここからは商売の話をさせてくれ」
ハキムは立ち上がると店の奥に行って戻ってきた。
「ここに、一振りの呪われた仕込み杖がある。もし、呪いが解けるなら金貨十枚で売ろう」
おっちゃんは仕込み杖を手に取った。杖には呪いが掛かっているのがわかった。
(単純な呪いやな。これなら、おっちゃんでも解ける)
おっちゃんは『解呪』の魔法を唱えた。仕込み杖から呪いが消えた。
仕込み杖の柄の部分を軽く捻って抜くと、中から細い刀身が現れた。
(真クランベリーエストックには及ばんが、ええ剣やね。切れ味を上げる魔法も掛かっている。仕込み杖なら、いざと言うときに、ワンドより役に立つ)
「これ、金貨十枚じゃ。安いやん。三十枚は、するで。下手したら五十枚は行くんやないか」
ハキムは軽く肩を竦めた。
「でも、教会に『解呪』を頼めば、金貨十枚は取られる。おっちゃんに今ここで、金貨十枚を払って、金貨三十枚で店に並べても、買う奴はいるだろう」
「ならなんで、せえへんの。もったいないやん」
ハキムは機嫌の良い顔で、ゆっくりとした口調で述べた。
「こいつは投資だよ。ここで、こいつを金貨十枚でおっちゃんに売っておけば、いずれ、それより大きな額が回収できる、と俺は踏んだ」
「そんな、おっちゃんは、しがない、しょぼくれ中年冒険者や。ビビッて、ダンジョンにもすら行けん。投資しても回収できへんで」
「回収できない時は、俺の見る目がなかった、ってことさ。同情は、要らない。それが投資であり、商売だ。商人だって冒険をするのさ。ささやかな冒険だけどね」
おっちゃんは財布の中身を確認する。金貨が十二枚、入っていた。
「わかった。この仕込み杖を金貨十枚で買うわ。あと今日の仕事代は要らん。それでええか」
ハキムは満足気に頷いた。