第百三十二夜 おっちゃんと煌く銀貨
『エボルダ修道院』の消滅に軍が騒然となった。朝の軍議でマキシマムが説明する。
「『エボルダ修道院』に立て篭もった異端者たちは、神罰によって消滅した。聖軍の勝利です。異端者の排除に協力してくれて国王とユーミット閣下には感謝の意を表したい」
ユーミットが神妙な顔で、おずおずと確認する。
「朝にあった強大な魔法、あれが神の怒りだったのですか」
マキシマムが厳粛な顔で軍議の参加者に語りかける。
「そうです。神は存在し常に我らに語り掛けている。神を冒涜したとて神は怒りません。ですが、神の声に抗った時に人は裁かれるのです。では、撤収の準備をしてください。エルドラカンドに戻りましょう」
聖軍は粛々とエルドラカンドに向った。聖軍の行進を見て、行く先々の人は勝利を知り祝福する。
聖軍はエルドラカンドに戻った。
祝勝会が行われたが盛り上がらなかった。大勢の人が神の怒りを怖れ、囁き合った。
おっちゃんは祝勝会に呼ばれたが出なかった。おっちゃんは独りで考える。
「これで、ユーミットはんの計画は進む。おっちゃんの正体がばれてもバサラカンドになら住める。でも、ほんまに、それでええんやろうか」
定住地はバサラカンドにあった。だが、いざ定住できるとなると、おっちゃんは躊躇った。
「金貨は残っている。家もある。小さな商いや採取をしながら残りの人生を過ごすのにバサラカンドは、うってつけや。でも、おっちゃんがしたかったことって、ほんまに定住なんやろうか」
おっちゃんは迷っていた。定住か、冒険か。
「定住するならいつでもできる。なら、もう少し旅を続けてみるか。当てのない旅やが、いつかは終わる。旅の終わりまで歩いてみるか」
おっちゃんは決めた。まだ少し旅をしてみよう。おっちゃんは装備を整備する。
翌日、マキシマムに呼ばれた。マキシマムが寂しげに微笑む。
「審問会も終わり、お墨付きの勅旨も出せた。おっちゃんはエルドラカンドを去るか」
「お世話になりました。おっちゃんは役目を終えたのでエルドラカンドを去ります」
マキシマムは、はにかんだように発言した。
「わかった。引き止めはしない。ただ、いつでも遊びに来い。歓迎する」
おっちゃんは深々と頭を下げた。
「今日まで、ありがとうございました」
おっちゃんは翌日、バサラカンドの若き領主ユーミットのいる宿屋を訪ねた。
ユーミットはすぐにおっちゃんに会ってくれた。ユーミットが笑顔でおっちゃんを出迎える。
おっちゃんはユーミットに挨拶をする。
「ユーミットはん、お久しぶりです。預かった手紙ですがちゃんと教皇はんに渡しましたで」
ユーミットは表情も明るく礼を述べた。
「ありがとう、おっちゃん。これで、異種族と人間が住む街造りを大手を振って進められます。おっちゃんも一緒に、バサラカンドに戻りませんか」
「バサラカンドに戻る件なんやけど、もう少し年を取ってからで、ええかな。おっちゃん、やっぱりもう少し冒険をしたいんよ。年甲斐もなくといわれるけど、動けるうちはまだ色々な旅をしたい。そうして、冒険を終えたら、バサラカンドに戻る」
ユーミットが残念そうな顔をする。
「私の街作りは、やっとスタートラインに立ったばかりです。日々、難題が持ち上がる。できれば、おっちゃんには助けて欲しかった。でも、おっちゃんを止めることはできないようですね。なら、気持ちよく送り出します」
「じゃあ、ちょっとばかり冒険の旅に行ってくるで」
ユーミットは、にっこりと微笑んで、おっちゃんを送り出した。
「待っていますよ。おっちゃん」
おっちゃんは、ユーミットのいる宿屋を出た。
街の人に丁寧に挨拶して街中を歩く。市場で保存食を買って水筒にエールを詰めた。
おっちゃんは昼の日差しの中、エルドラカンドの街を歩く。
「さて、ここから、どこに行こうかの」
おっちゃんは一枚の銀貨を取り出した。
「表が出たら、南に行ってリッツカンド。裏が出たら、北に行ってアントラカンドや」
おっちゃんは日差しの中、コイン・トスをする。
銀貨が暖かい冬の日差しに輝き、おっちゃんの手の甲に落下した。
銀貨は裏面だった。おっちゃんは魔術の街アントラカンドに向けて歩き出した。
【エルドラカンド編了】
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