第百二十九夜 おっちゃんと審問会(前編)
二日後、おっちゃんがマキシマムの私室の掃除をしていると、マキシマムが戻ってきて真剣な顔で告げる。
「三日後の審問会で、モンスターに人と同様の権利を認める勅旨を出す議案が審理される」
「やっとですか。長かったですな」
マキシマムが真剣な顔で謝罪した
「許せ、おっちゃん。もう、随分と前に議案として提出していたのだが、内容が内容だけに審問会を開催するまで時間が掛かった」
「ええですよ。ちゃんとやってくれれば、これでユーミットはんも安心して年を越せる。おっちゃんも、やっと肩の荷を降ろせますわ。それで、審問会はおっちゃんも見学できますの?」
「審問会は非公開だ。今回は大きな懸案だから、八人の枢機卿と二十四人の大司教と教皇の俺により審理される。審問会といっても普段は俺の意見を承認する場だが、今回は議案が議案だけに審問会は荒れそうだ」
三日後、審問会が行われる日が来た。青の正装を纏ったマキシマムがバルタに付き添われて私室を出て行った。
審問会は討議の時間を含めて二時間の予定だった。だが、二時間してもマキシマムは戻ってこなかった。
二時間、四時間と時間が経過していく。おっちゃんは不安になった。
「もしかして、お墨付きを貰えないんやろうか。そんなことない。マキシマムはんのこっちゃ。必ずやってくれる」
夜遅くにマキシマムがバルタを伴って戻ってきた。マキシマムは苛立ちを隠さなかった。
「どこまで頭の固い連中なんだ。ここまで強固に反対されるとは思わなかった」
バルタが当然だといわんばかりに発言した。
「当然の反応だと思いました。賛成する人間は猊下一人です。おっちゃんには悪いですが、長年に亘って聖騎士としてモンスターと戦ってきた私も枢機卿や大司教と同意見です」
「なんや、審問会が通らへんの。お墨付きを貰えんの。ここまで努力したのに」
マキシマムが強い口調で言い切った。
「必ず通す。そのために、神託を受けることにした。神の意見は絶対だ。神託の結果をもって審問会を押し切る」
バルタは渋い顔をして発言する。
「苦しい結末になると思いますよ」
「ならない。既に神は一度、判断を下している。神の判断は変わらない」
マキシマムは水を飲むと、杯を叩きつけるようにして部屋から出て行った。
バルタも浮かない顔のまま出て行った。
おっちゃんは不安になった。
「マキシマムはん自信があるようやけど、ほんまに大丈夫やろうか」
従いていけるものなら従いて行きたい。だが、神の存在は、教皇庁にとって秘中の秘。立ち合いは不可能だった。
おっちゃんがやきもきしていると、頭の中に「認めよ」と大きな声が響く。
声は力強く、他者に畏怖を抱かせる強いものだった。
「なんや、今の声は? まさか、これが神の声か。ならやったで、これで審問会クリアーや」
おっちゃんは喜んだ。だがマキシマムは、すぐに帰ってこなかった。
一時間を過ぎて、やっとマキシマムが戻ってきた。
マキシマムが満足気に発言する。
「やったぞ。大荒れに荒れたが審問会が通った。年明けになるが、教皇庁の正式見解として『異種族が人と同じ義務を負うなら、同じ権利を認める』とのお墨付きが出る」
「ありがとう、マキシマムはん。これで大手を振ってユーミットはんの許に帰れるで」
「よかったな、おっちゃん」
その日はもう遅いので、眠った。おっちゃんはこれで上手く行ったと思った。
夜が明ける。神の声が聞こえた人間は、おっちゃんだけではなかった。
多くの聖職者が昨日に聞いた神の声の話題で、持ちきりだった。
審問会は非公開で詳細な内容は、正式発表があるまで秘匿される。だが情報が漏れていた。
「モンスターに人間と同等の権利を認めると、審問会が結論を出した」
「審問会の結論は神の御意思によるものだ」
教皇庁中の僧侶が噂して教皇庁の機能が止まるほどに混乱した。
マキシマムの私室に困った顔をしてロシェ大司教がやってきた。
「猊下、昨日の審問会の決議の内容が僧侶たちに漏れて、大混乱を来たしております。まだ、布告前ですが、教皇庁内だけでも構いません、内々に通知する対応をお認めください」
「わかった。主だった者を礼拝堂に集めよ。俺の口から礼拝のあと俺が直接に説明する」
教皇による礼拝が行われる。
礼拝はいつもと違い、異様な雰囲気に満ちていた。神への感謝の言葉が述べられ礼拝が終わった。
マキシマムは壇上から呼び掛ける。
「すでに、昨日の審問会の議論が漏れ、噂となっている。慣例からすれば勅旨が出るまで内容は伏せられる。だが、教皇庁の機能が停止するほどに混乱を来たしているので公表する」
会場がマキシマムの言葉に注目して、静まり返る。
「『異種族が人と同じ義務を負うのであれば、人と同じ権利と認める』と、正式に通達する。これは、教皇庁の決定であり、神の御意思である。以上だ」
マキシマムが退出する途中だったが、集められた聖職者がざわついた。マキシマムとおっちゃんは、そのまま退出する。
食堂、休憩室、談話室、廊下で、どこに行っても議論する声が聞こえた。
午後にマキシマムが休んでいると、朝にやってきたロシェ大司教が、泣きそうな顔で入ってきた。
「猊下。教皇庁は大いに狼狽えております。やはり、昨日の審問会の結論を破棄して、時間を置くわけにはいかないのでしょうか」
マキシマムが怖い顔で、声を荒げて拒否した。
「昨日の神託で結論は出た。卿も聞いたであろう、神の声を。神の声はあの神の間にいた人間だけに伝わったわけではない。教皇庁にいた全ての人間が耳にしている。今さら変更はできない」
ロシェ大司教は弱りきった顔で意見する。
「モンスターに人間と同等の権利を認めるなど、倫理的に間違っています」
「卿のいう倫理とやらは、昨日までの倫理だ。今日からは変ったのだ。我々は聖職者だ。神の言葉を疑ってはいけない。疑えば神罰が下り教皇庁そのものが崩壊するぞ」
ロシェ大司教は汗を拭きながら食い下がる。
「猊下のやりかたは急すぎて危のうございまず。一部の聖職者の中に、猊下の退位を主張する者が出て来ております」
マキシマムが真剣な顔で辛辣に言葉を続ける。
「神の言葉に従った俺を退位させるのであれば、させたらいい。だが、わかっているのか? 神の言葉に逆らった挙句、神が選んだ教皇を人が廃止する。神の意に反する重圧に、教会と人は耐えられるのか」
ロシェ大司教が苦しい顔で意見を述べる。
「無理です。教会組織はおそらく三年と保たないでしょう。だが、それをわかっていない人間が多すぎる。このままでは教会は割れます」
マキシマムが高圧的な口調で怒った。
「なら、いいだろう。割れるのであれば、半分は残る。なくなるより、半分でも残ればいい。俺は教皇だ。議論はしない。だが、下の者たちが議論したいのであれば、議論させておけ。話は以上だ」