第百二十八夜 おっちゃんと封印のワンド
翌日、応接室で会議が開かれた。マキシマム、バルタ、おっちゃん、レインの四名で、会議が開かれた。
レインが飄々とした顔で、淡々と説明を開始する。
「封印するには、ゼノスが古城にいなければなりません。ゼノスの所在確認はバサラカンドの冒険者のトップチームである『砂漠の鷹』にお願いしてあります。『砂漠の鷹』により所在が確認されしだい、速やかに封印の魔道具を発動させます」
「でも、大丈夫なんか? 封印されたら、『砂漠の鷹』も古城から出られなくなるとちゃうん?」
おっちゃんの疑問にレインが淀みなく答えた。
「封印により出られなくなる存在はゼノスだけです。ただ、封印結界が張られると、内部から外に出る『瞬間移動』の魔法は使えなくなり、マジック・ポータルも開けなくなります。なので、『砂漠の鷹』は、自力で脱出するしかありません。この点については『砂漠の鷹』は了承済みです」
レインが持っていた包みを開ける。中には水晶の髑髏に五十㎝の太い棒がついた、道具を出す。
「これが魔道具の『髑髏のワンド』です。おっちゃんと、バルタ様は私が指定した位置に着き、古城に髑髏のワンドを向けてください。『砂漠の鷹』より合図がありましたら、私が『髑髏のワンド』の力を発動させます」
「効果を発動するまでどれくらい掛かるん」
レインが気負うことなく自然な顔でサラリと告げる。
「十秒程度です。『髑髏のワンド』が効果を発揮したら、『髑髏のワンド』の色が紫になります。紫になった『髑髏のワンド』をバルタ様は魚人族の集落に預けてください。私は蛙人の集落に『髑髏のワンド』を預けます。おっちゃんの『髑髏のワンド』は教皇庁で保管します。以上です」
「話だけ聞くと簡単やな。あまりに複雑やと、失敗するもんやけど」
マキシマムが手を顔の前で組み、やや前傾姿勢で付け加える。
「そこでだが、おれはさらにダメ押しをしたいと考える。『髑髏のワンド』により、封印が完了したら、教皇庁の神で、古城の浮かぶ小島の地盤を、地震で攻撃する。古城は湖に沈める」
マキシマムの案には賛成だった。敵は強力な魔術師だ。情けは無用。
「できることなら、そこまでしたほうがよろしいな」
マキシマムが目に力を込めて力強く発言する。
「それぐらいしないと俺の気も収まらん。地震は『砂漠の鷹』が古城を出るか。封印完了後、一時間が経過したら起こす。くれぐれも湖畔にいて津波に巻き込まれないよう、気をつけてくれ」
バルタが恭しく頭を下げる。
「了解しました」
レインが最後に全員の顔を見て確認する。
「他に質問がなければ明日の早朝に作戦を決行しますが、よろしいですか」
誰からも異論が出なかった。
夜が明けた。『髑髏のワンド』を持った、バルタ、おっちゃん、レインが応接室に集まった。
三人はレインの使う「瞬間移動」で『デドラ湿原』に飛んだ。
「ここに、おっちゃんが待機していてください。バルタ様は私と一緒に、次の待機地点に飛びます」
レインとバルタが消えた。
おっちゃんは湖畔から『遠見』の魔法を使った。湖の真ん中に存在する古城が見えた。振り返ると、高台にある菌人の村が見えた。
「位置的に古城が地震で沈んでも、菌人の村が津波の被害に遭う事態はなさそうやな」
おっちゃんは指定された位置で、じっと待った。
しばらくすると、一艘の小船が古城に向って進んでいく光景が見えた。乗っている人数は五人だった。格好からして冒険者らしかったので『砂漠の鷹』だと思った。
「作戦開始やな」
小船が島に到達して、冒険者が古城の中へ入っていった。
おっちゃんは黙って湖畔から古城を窺う。ただ、ひたすら待つ。獲物が視界に入るまで待ち続ける狙撃手の気分だった。
合図を見逃すわけにはいかない。辛抱強く合図が来るのを待った。太陽がゆっくりと昇っていった。
合図はまだ来ない。天気はよく湖畔の風景は美しい。
釣りなぞすれば気分がええやろうな、などと考えつつ、待つ。
昼になったので古城を眺めながら、乾パンをゆっくり齧り備えた。
太陽が真上に来た時に、古城から薄っすらと白い煙が上がった。煙は晴れ渡った空高く生き物のように真っ直ぐ上がった。
「来たで」と、おっちゃんは古城に『髑髏のワンド』を向けた。
『髑髏のワンド』がぶるぶると震えた。『髑髏のワンド』から古城に向けて白い光が放たれた。
光は湖畔の二箇所からも放たれた。光が古城を中心に注ぐ。
『髑髏のワンド』が紫に変わり、古城に振り注ぐ光が消えた。
「やったんか」
ゼノスを封印した実感は、なかった。ただ、手の中にある紫色に光る『髑髏のワンド』だけが頼りだった。
おっちゃんは津波に巻き込まれないように高台に避難した。高台から『遠見』の魔法を使って、古城に接岸した小船を見張った。
「戻ってこいよ、『砂漠の鷹』」
おっちゃんは冒険者が無事に戻ってくるように念じた。
三十分後、逃げるように五人の人間が小船に向かう姿が見えた。
小船が岸を離れた時に、揺れが起こった。
揺れは大きく、何かに掴まっていないと立っていられなかった。
手近な大きな茸に掴まった。
視界の先では、古城が大きく揺れ倒壊していく姿が映った。地盤が脆くなっていたせいか、島が溶けるように崩壊した。さっきまであった古城が、三分足らずで湖底に沈んだ。
津波が波紋のように広がり、湖畔に押し寄せる。津波は高台にまで上ってくる事態にはならなかった。
津波が引くと、あとには静かな湖畔があるだけだった。
「ゼノス、あっけない最後やったな」
レインがバルタを伴ってやって来た。レインの『瞬間移動』で教皇庁へ帰った。
教皇庁に戻ると、バルタに『髑髏のワンド』を渡す。
出迎えたマキシマムにレインが、凛々しい顔で告げる。
「猊下、作戦は無事終了しました。封印が解かれるまでゼノスは湖の底から出ることはできないでしょう」
マキシマムが満足気に頷く。
「そうか。ご苦労だったな。これでやっと幕引きだ」




