第百二十七夜 おっちゃんと菌人
おっちゃんは旅支度を済ませた。街で保存食としてチーズと乾パンを買い、バック・パックに入れた。
菌人の住処は『沼ヒドラ』がいた場所からさらに奥にいると、レインから教えられた。
『瞬間移動』で沼ヒドラと遭遇した場所まで移動して、湿地の奥へと進む。
冬の湿地は寒く進み辛いが、我慢して歩いた。毒の沼地を抜け歩いていく。
毒々しい人の背丈ほどもある茸が生える森に出た。『菌人の森』と呼ばれる場所だった。
「ついに来たで。ここからや」
おっちゃんは森を用心深く進んだ。森を進んでいると茸が動いた気がした。じっと観察する。
茸の後から人間の子供くらいの存在が顔を見せた。相手の頭は赤と緑の茸の傘になっていた。目鼻口は付いているが、のっぺりとしている。
手足は人間のようにあり、五本の指があった。服装は獣の皮で作った服を身に着けて、ボロボロになった刃物を持っていた。菌人だった。
おっちゃんから姿勢を低くして挨拶をした。
「こんにちは。おっちゃん、言います。ちと用があって来ました。偉い人と話ができますか」
菌人が金切り声を上げて叫んだ。森にあった人間大の茸に目鼻が付き、丸い手足が生える。
手足の付いた茸が、おっちゃんに飛びかかってきた。
おっちゃんは抵抗しなかった。手足の付いた茸がおっちゃんを組み伏せた。
「あの、すいません、おっちゃんは話し合いに来たんで、別に敵ではないですよ。離してもらえませんか」
菌人は首を横に振った。菌人が口笛を吹くと、どこからか豚のような大きな蜘蛛が現れた。
蜘蛛が糸を吐いておっちゃんを押さえている茸ごと、おっちゃんをぐるぐる巻きにして自由を奪う。
おっちゃんの自由を奪うと、どこからともなく、菌人の仲間が現れた。
菌人の仲間はおっちゃんを担ぎ上げると、運んで行った。
おっちゃんは抵抗せずに、運ばれて行った。
運ばれた先は蜘蛛の巣がいたるところにある場所だった。木と葉っぱを蜘蛛の糸で貼り付けた、テントのような家が立ち並んでいた。
(菌人の村やな。村に運ばれた以上は、話を聞いてもらえるんかな)
おっちゃんは村の広場に下ろされた。菌人があちこちから出てきて物珍しそうにおっちゃんを見詰めた。
村の奥から太った菌人がやって来た。白い眉毛を持ち、髭のようなものを生やしている。
「長老さんでっか。わいは教皇の小姓をやっている。おっちゃん、いうものです。今日はお願いがあって来ました。湖に浮かぶ古城を封印したいんですわ。協力してくれませんか」
長老は近くにいた菌人に何かを囁く。菌人の一人が刃物を持ってやって来た。
おっちゃんが黙っていると、刃物で蜘蛛の糸を切断してくれた。
「おおきに、助かります」
菌人が緑色の液体が入ったお椀をおっちゃんの前に置いた。
おっちゃんは匂いを嗅ぐ。どうも、毒のように思えた。
(郷に入っては、郷にしたがえやな)
おっちゃんは姿を菌人に変えた。
菌人たちが、おっちゃんの変身を見て「おーー」の声が上げた。
菌人に変身したおっちゃんは、緑色の液体を飲む。抹茶に少量の砂糖を加えたような味がした。
「ごちそうさまでした」と、おっちゃんは頭を下げた。
長老がのんびりした調子で声を出した。
「お主、人間ではないな。なんにでも変身するモンスターの『シェイプ・シフター』に付いては、聞いた記憶がある。お主がそうか」
「そうです。そんで今、色々なご縁があって教皇はんのところで、小姓をやらせてもらっています」
長老が疑いの眼差しを向けてきたので、教皇の書状を取り出して差し出した。
長老が書状を読む。
(人間の文字が読めるんやな。さすがは、長老やな)
「わからん」と、長老は書状を突き返した。
おっちゃんは気を取り直して説明した。
「この先の湖に古城がありますやろう。その古城を封印したいんです。封印の作業をやらしてもらえませんやろうか」
長老はムッとした顔で口早に突っ撥ねた。
「人間はずるい。ワシらを騙して何かよからぬ陰謀を企んでいるんだろう。断る」
「もちろん、タダとはいいません。協力してくれたら、それ相応の見返りを用意します。また、菌人さんとは、今後もよいお付き合いをしていきたいんですわ」
長老は頑として拒絶した。
「嘘を申すな。人間は信用できない」
あとは、おっちゃんが何を言っても長老は「嘘を申すな」「断る」の一点張りだった。だが、「帰れ」と命じられなかったので、おっちゃんは粘った。
そのうち夜になった。長老が「寝る」と口にしたので、会談は中止となった。
おっちゃんは村の外で、菌人の姿で寝た。
朝になった。「どうしたものか」と考えながら飯を喰っていた。
おっちゃんが朝食を摂っていると、菌人の子供が寄ってきた。菌人の子供がおっちゃんの食べている物を、じっと見詰めている。
「どうした、ボウズ、食べるか」と聞くと、子供が頷いた。
乾パンを差し出す。菌人の子供は一口食べるが、すぐに吐き出した。
「不味かったか、こっちはどうや」とチーズを差し出した。
菌人の子供はおそるおそる、チーズを口にする。菌人の子供が顔を輝かせてチーズを食べた。
他の子も寄って来たので、チーズをあげると、美味しそうに食べた。
(なんや、チーズが好きなんか。茸にチーズって合うけど。菌人もチーズが好きなんか。でも、こんな場所では、チーズは取れん。もしかして、これは交渉材料になるんやないか。万国共通、美味しいものは人を笑顔にするはずや)
おっちゃんは人間の姿に戻ると『瞬間移動』で、ミルク村に移動した。
蜘蛛の糸と茸の粘液でべとべとだったので、川で体を洗い、チーズ工房に移動する。
「すんまへん、茸と相性抜群のチーズを売ってください」
おっちゃんは三十六㎏ある硬質チーズのホールを背負い、他人の目のない場所から『瞬間移動』で菌人の村に戻った。
おっちゃんはチーズを背負ったまま村の中央に行く。菌人が注目する中で、剣でチーズを削ぎ落として、村人に配った。
初めて見るチーズに菌人は、そっと口を付ける。一口食べると、あとは貪るように菌人はチーズを食べた。
一人が美味しそうに食べると、次々と菌人が手を出す。おっちゃんは忙しく、チーズを削ぎ落とした。
皺のある手が差し出された。手の主は長老だった。長老にチーズを渡すと長老が満足げに「美味い」と発言した。
「これは人間の村で作られている、チーズと呼ばれる食べ物です。どうでっしゃろ。協力してくれたら、このチーズを十個、持ってきます。それで、今回は手を打ってもらえませんやろうか」
長老は考え込んだ。村人が固唾を呑んで見守る。
「いいだろう」と長老が発言すると、村人は喜んだ。
三十六㎏のチーズだが、その日の内に村人の腹に収まった。
おっちゃんは翌日に再び『瞬間移動』でミルク村に行く。今度は雑貨屋で担ぎ紐を買う。『強力』の魔法でチーズ・ホールを一度に五個、背負って『瞬間移動』で村に飛んだ。翌日も、五個チーズを村に贈って、約束の十個を渡した。
次の日、おっちゃんは教皇庁に戻った。
風呂に入って着替えてから、マキシマムの執務室に行く。
「猊下、任務完了しました。菌人たちの協力を取り付けました」
マキシマムが満足気な顔で、力強く発言した。
「ご苦労だった。バルタとレインは先ほど一緒に帰ってきた。明日、ゼノスの住む古城を封印する段取りをしよう」