第百二十六夜 おっちゃんと教皇の苦悩(後編)
レインが懐から手紙を取り出した。
「まず、これをお読みください。『アイゼン』陛下からの書状です」
マキシマムが『アイゼン』って誰だ? とバルタを見るが、バルタも「さあ」と口にする。
「『アイゼン』はバサラカンド領内にあるダンジョン『黄金の宮殿』に住む主です。巷では『無能王アイゼン』と呼ばれています」
マキシマムは疑問の残る顔をする。
「その、モンスターの親玉から書状だと。用件が全くわからん。とりあえず見せてくれ」
マキシマムが書状を読み、バルタが興味を示した。
「何が書いてあるのですか? まさか、宣戦布告ですか」
マキシマムが平然と内容を口にする。
「ゼノスが古城から出てこないなら、出られなくする方法があると知らせている。話に乗るなら、金貨十万枚を要求してきた。金貨は全額、ユーミットからの申し出のあった審問に充てるように、との内容だ」
バルタが口を尖らせて異を唱えた。
「なんですと。そのような申し出は、受ける必要はありません。教皇がモンスターの手を借りるなぞ、もってのほかです」
マキシマムは真剣な顔で伝えた。
「俺はそうは思わん。確かに出てこないなら、出られなくしてやればいい。レイン導師、話を聞かせてくれるか」
レインが淡々とした口調で告げる。
「話は簡単です。『アイゼン陛下』より、封印結界を作成する魔道具を預かってきました。この魔道具を古城の三方向に設置して、私が呪文を唱えれば、ゼノスは古城ごと封印されます。封印が済めば、魔道具を破壊しない限り、ゼノスは古城から出られません」
マキシマムが小首を傾げて疑問を投げ掛ける。
「そんな簡単で、いいのか?」
「ただし、魔道具を設置する位置には決まりがあります。魔道具の設置予定位置の近くには現在、菌人、蛙人、魚人が住んでいます。彼らの許可が必要でしょう」
マキシマムが腕組みし、息を吐き出すように発言した。
「難しいな」
おっちゃんは『無能王アイゼン』の意図がわかった。
「『アイゼン』陛下は、猊下を試しておられるんやね」
マキシマムが眉を吊り上げて聞いた。
「どういうことだ」
おっちゃんは思った内容を正直に語った。
「三種族ぐらいとの交渉で音を上げる教皇なら、価値なしと思っているんやろう。そんな無能の教皇なら、審問でバサラカンドの存在を認めるとは思えん。ならば協力する必要はない」
マキシマムは不快感も露に発言した。
「俺が試されているだと。モンスターにか」
「『アイゼン』陛下の心の内は、わかりません。ですが、ここでやり遂げられるようなら、敵の一人や二人くらい、どうとでも葬ってやる、とも仰りたいんでしょう」
バルタが憤慨した顔で申し出る。
「猊下、『無能王アイゼン』の話は引き受けるべきではありません。教皇庁がモンスターの手を借りて敵を倒すなど、あってはいけない。ここは、いくら犠牲を出しても聖騎士に処理させるべきです」
マキシマムがソファーに深く腰掛ける。
「俺は少し、おっちゃんの話を甘く見ていたのかもしれない。よし、やろう。三種族と交渉して、封印に手を貸してもらう。『アイゼン』に俺の実力を示し、滞っている審問まで一気に道を開く」
バルタが苦しい顔で質問する。
「猊下。なぜ、そこまでモンスターに肩入れをするのですか」
マキシマムが黙ってから、怖い顔をしてバルタに向き合った。
「実は誰にも話していない神の言葉が、一つある。これは神託によって得た言葉だ」
バルタが驚き叱った。
「まさかに、大司教や枢機卿に内緒で勝手に神託を受けたのですか。そんな話がバレれば、糾弾されますよ」
マキシマムが真剣な顔で切り出した。
「おっちゃんに神を見せた、あの日だ。おっちゃんを神の間に入れる前に神託を試した。神はどうでもいい問題には答えない。どうでもよい内容なら、俺が好きに決定するつもりだった。だが、俺は神の言葉を聞いた。人の時代が終わる、と」
バルタが目を見開いて驚いた。
「なんですと」
「俺は人類が滅びの時を迎える、との意味だと思った。さすがに、怖くなった。だが、おっちゃんと暮らす内に、神託の真の意味を理解した。神の言葉は人類の終焉を意味するのではない。新しい時代が到来するのだ」
バルタは困惑した顔で尋ねる。
「それを、誰かに話しましたか」
マキシマムが悲しい顔をして淡々と語った。
「話さなかった。バルタとて、理解しなかったのだ。他の人間には理解できまい。新しい時代に適応できなければ、教皇庁も人間も、今度は本当に滅びるだろう。今回のゼノスの件は、神が人間に課した試練だ。滅びるか、新たな時代を迎えられるのかの選択なんだ」
バルタが下を向いて黙った。
作戦を議論する時ではないと感じたので、おっちゃんは口を出した。
「まさか、そんな展開になっているとはのう。神さんも、えらい試練を課してくれはりますな。それなら、やるしかないやろう。でも、さすがに今、作戦を議論する行為は不可能やな。また明日、この場に集合で、ええかな」
「失礼します」とバルタは青い顔で外に出た。
「では、また明日」とレインが飄々とした表情で外に出た。
マキシマムが浮かない顔で、ぼそりと問うた。
「おっちゃん。俺は間違っているのだろうか」
「えらい弱気ですな。猊下は、でんと構えてやりたいようにやったらええ。それがトップにいる人間の務めや。上がフラフラと方針を変えたら、あかん。下の人間が困る。一晩あれば、バルタはんも元に戻るやろう」
翌日、四人は再び応接に集まった。バルタが神妙な面持ちで口を開いた。
「昨日は取り乱して真に申し訳ありませんでした。一晩じっくり考えましたが。私は神と猊下を信じます」
「話してよかった。さて、昨日の話に戻る。三種族を味方に付けて協力してもらうとしよう。使者はどうする」
レインがいたって普通に承諾した。
「蛙人は私が説得してきましょう。ちょうど寄る用事もあるので」
バルタがおずおずと口を開いた。
「魚人は私が行きましょう。実は魚人には知り合いがいるのです」
「なら、おっちゃんが菌人やな」
マキシマムが明るい顔で発言した。
「よし。なら、さっそく書状をしたためるからよろしく頼む」