第百二十五夜 おっちゃんと教皇の苦悩(前編)
一週間後、執務室でマキシムの仕事を手伝っていると、バルタがやって来て神妙な顔で申し出た。
「ゼノスの居場所がわかりました。ゼノスは『デドラ湿原』の湖に浮かぶ古城を本拠地にしているようです。早速、聖騎士を派遣して捕縛したいと思います。許可をお願いします」
マキシマムが仕事の手を止めて、おっちゃんに向き直った。
「聖騎士による捕縛か。おっちゃんはどう思う」
「おっちゃんは聖騎士を使うより冒険者を使うたほうがええと思います。アントラカンドでも被害が出とるんなら、連名でゼノスの首に懸賞金を懸けたほうが、安く早く上がります」
バルタがむっとした顔で反論する。
「確かに、湿原での戦いに聖騎士は慣れておりません。装備も湿原向きではないでしょう。ですが、聖騎士が戦闘力で冒険者に劣ると思えません」
「聖騎士が弱い、言うてるのと違います。残酷なようですがどう戦おうと犠牲者は出ます。なら、金で冒険者を嗾けてゼノスに圧力を懸けたらよろしい」
マキシマムが鷹揚に構えて発言する。
「おっちゃんは、聖騎士より冒険者を推すか。それで、どうなる」
「聖騎士は数に限りがありますが、冒険者は無限に湧くようなもの。必ずゼノスは耐えきれなくなります。そうして飛び出してきたゼノスを、温存しておいた聖騎士で討ち取るんですわ」
マキシマムが意外そうな表情で考えを告げた。
「冒険者を使い捨てにするのか、残酷な作戦を考えるな」
「使い捨てになるのか、一山ブチ当てるか、それは冒険者次第ですわ。きちんと、危険や、と教えてそれでも自分の腕を信じて冒険者がやる、と申し出るのなら、遠慮は要りません。がんがん使ったらよろしい。そんで成功したら、きちんと払ってやったらええ」
マキシマムが腕組みして思案する。
「犠牲は冒険者の血で払うか、それとも聖騎士の血で払うか」
「どっちが死んでも、おっちゃんは、猊下が気に病む必要は、ないと思います。冒険者は利によって動き、才覚によって生きる。聖騎士は義によって動き、信念に死す。それだけの違いです。我々が守らなければいかんのは猊下です。猊下さえ生きていたら、よろしい」
バルタが同意するように、おっちゃんの言葉に頷いた。
マキシマムが軽く息を吐く。
「そこまで、バルタやおっちゃんに思われているとは、教皇をやるのも大変だな。バルタよ、もし、ゼノスが再び現れたら、聖騎士で討てるか」
バルタが敬礼の姿勢をして、決意の篭った顔で告げる。
「このバルタ、もし、次にゼノスが現れたなら、一命を賭して必ずや討ちとってみせましょう」
マキシマムは決断した。
「今回はおっちゃんの進言を採用する。アントラカンドの魔術師ギルドと協力してゼノスの首に懸賞金を懸けろ。教皇の名で国中の冒険者ギルドに通達してやれ、ゼノスを追い込むんだ」
数日後、教皇の名でゼノスの首に金貨十万枚の懸賞金が懸けられた。
教皇の触れは、教会の通信網によって流れた。国中の冒険者が、ゼノスの名前を知る事態になった。
一ヶ月を過ぎたが、ゼノスの首を持ってきた者はいなかった。冒険者の犠牲はどれくらい出たか、わからない。だが、教皇庁に限って言えば、被害はゼロに等しかった。
マキシマムの私室で仕事を手伝っていると、困った顔をした侍従長が入ってきた。
「猊下。お客様です。それが、レインと名乗る者です。格好も以前に訪問してきた時と瓜二つです。今回は誰の紹介状も持っていませんが、どうしましょう。バルタ殿に連絡して、捕縛させますか」
マキシマムが平然と口にする。
「敵は追い込まれているかもしれないが、馬鹿でない。同じ手は二度と使わんだろう。それで、用件はなんだ。魔法薬にお墨付きが欲しいのか」
「それが、ゼノスでお困りならどうにかしましょう、との申し出です」
マキシマムが微笑む。
「いいだろう。面白いな。会おう。応接に通してくれ。おっちゃんも来い」
応接室に行くと、レインを囲むように聖騎士がいた。バルタもいた。
聖騎士はレインをとても用心していたが、レインは全く気にしていなかった。
レインの服装は前回の偽者が来た時と同じ格好をしていた。だが、今回は大きな包みを背負っていた。
レインが柔和な笑みで、マキシマムに語り掛ける。
「この度はお会いいただきありがとうございます。金貨十万枚に見合う品を持ってきました。是非ともお買い上げ願いたい。それで、できればお人払いをお願いしたい」
レインの言葉にバルタと聖騎士が警戒感を露にした。武器に手を掛ける聖騎士もいた。
マキシマムは堂々とした態度で告げる。
「いいだろう。少し席を空けてくれ」
聖騎士の一人が怖れながらと申し出る。
「猊下、危険です」
マキシマムは毅然とした顔で命じた。
「心配は無用だ。教皇命令だ」
聖騎士は退出したが「なりません、猊下」とバルタが頑とした表情で拒否した。
「すまない、レイン導師。バルタを傍に置いて話してもいいだろうか。話に口出しはさせない。それに、バルタは信用できる人間だ。秘密を口外したりはしない」
レインが温和な顔で応じる。
「猊下が信用なさるのなら、よいでしょう」
おっちゃんも退出しようとすると、レインに呼び止められた。
「あなたが、おっちゃんですか。確かに、見た目がおっちゃんですな」
「おっちゃんですけど、なにか」
「おっちゃんは、いてくださって結構ですよ。おっちゃんにも関係ある話ですから」
部屋には、マキシマム、バルタ、おっちゃん、レインが残った。




