第百二十二夜 おっちゃんと東方賢者
御前試合が終わり、三日が過ぎた。街では祭りが終わり、冬小麦の種蒔きの準備が始まっていた。
おっちゃんは教皇の私室でマキシマムの仕事を手伝っていた。
「よし、その手紙を清書してバサラカンドのユーミットに送れ。おっちゃんも手紙を出したければ、一緒に出していいぞ」
部屋をノックする音がして、侍従長が入ってくる。
「猊下、バサラカンドからお客様が見えました。東方賢者のレイン様です」
(レインか。バサラカンドに同じ名前の人間がいたな。偶然か)
マキシマムが仕事の手を止め、興味を示した。
「東方賢者か。面白い人間が来たな。顔は知らないが聞いた覚えが有る。東の大陸から来た知識人で、物凄く博識らしいな。それで、その東方からの賢者様は本物なのか?」
侍従長が澄ました顔で伝える。
「バサラカンド前領主ハガン様とホールファグレ枢機卿からの手紙をお持ちです」
侍従長が二通の手紙を差し出し、マキシマムが手紙を確認する。
「どちらの手紙も本物のようだな。作成する魔法薬に教皇庁のお墨付きが欲しい、とある。枢機卿の推薦があれば、審査も通り易いだろう。おっちゃんはどう思う」
「まずは、会ってみたほうがええと思いますよ。おっちゃんも東方賢者さんに会ってみたい」
マキシマムが元気よく決断する。
「よし、会おう。応接室に通せ。おっちゃんも来い。一緒に会ってみようぜ」
教皇の応接室は三十畳ほどの部屋だった。調度品の類はないが、天井と壁には宗教画が描かれている。部屋には大きな赤いソファーと大きな樫の木テーブルがあった。
レインは綺麗な真っ白な髪をしており、白く短い顎鬚があった。くりっとした青い目をしている。年齢は五十代前半。肌は色艶がよい白色。手に杖を持ち、頭には紫のターバンを巻き、白のガラベーヤを着て、肩には布の鞄を提げていた。
(バサラカンドで見たレインそのものや。今度はエルドラカンドに何が目的で来たんや。本当に作った薬にお墨付きが欲しいだけか。また、何ぞ怪しい薬でも作りに来たんとちゃうのか)
レインはマキシマムを見ると席を立ち礼をする。
「このたびはお会い頂き、ありがとうございます」
マキシマムがレインに席を勧め、席に着いた。
おっちゃんはマキシマムの右後方に控える。
マキシマムが悠然と構えて話を始める。
「教皇庁に魔法薬を作成して卸したいとの話だったな。教皇庁のお墨付きを得るには、品質の検査がいる。金も掛かる。東方賢者と名高いレイン師であれば、教皇庁の認可を得ないほうが安い値段で市場に出せると思うが」
レインが目を細めて柔和な顔で語る。
「一般的な品なら、お墨付きは必要ありません。ですが、私が売りたい品は『精神治療薬』です。一般的に売られていない品なので、効果を保証するお墨付きをいただきたいのです」
「人間の心に作用する薬は一般的ではないな。作り方も解毒薬や麻痺解除薬と違い極度に難しいと聞く。教皇庁のお墨付きがあったほうが、売れるかもしれない」
レインが頭を下げて頼む。
「そうなのです。薬の意義については、ホールファグレ枢機卿にも認めて頂いております。是非とも、ご配慮をお願いします」
「人に益あらば、然るべく動くのが教皇庁だ。薬にお墨付きを与える件については、一考しよう」
マキシマムが振り返って、おっちゃんに訊く。
「おっちゃん。何か聞きたいことはあるか」
(さて、本物かどうか確かめるかの)
「二つほどあります。レインはんは、バサラカンドで秘薬を作った経験があるとか。秘薬を作って売ったほうが、儲かるんやないですか」
若返りの薬と言わず、秘薬と、おっちゃんはわざと口にした。
レインは穏やかな顔ですらすらと答える。
「若返りの薬の件ですか。あの時は領主のハガン様が苦しんでいたから、引き受けました。でも、私の薬作りは、お金のためではないんです。悩める人のためです。今回は心を病んでいる人たちの救済になればと思い、薬を作ります」
「『精神治療』は冒険者にも需要が有ると思いますが、レインはんは、ダンジョンに行かれた経験は、ありますか。最近の冒険者事情を知らんと、薬の販売は難しいんちゃいますか」
「ダンジョンにはここしばらくは行ってないですな。ですが、薬は冒険者のためではなく一般の方にも販売します。おそらく、一般の方への需要のほうがあるでしょう」
(おかしいで。レインは『黄金の宮殿』にいた事実に間違いはない。隠す話でもないやろう)
おっちゃんは疑念を隠して謝罪した。
「生意気な口を利いて、すいませんでした。確かにレインはんの言う通りかもしれませんな」
「わかっていただけて、ありがたい」
レインはマキシマムとその後、簡単な世間話をして帰っていった。
レインが帰ったあと、マキシマムが気楽に構えておっちゃんに尋ねた。
「『精神治療薬』の話。どう思う。本当だと思うか」
「怪しいと思います。おっちゃんは以前に、レインを見かけた過去があります。姿格好は同じですが、レインは最近までダンジョンの『黄金の宮殿』にいました。なのに、レインはダンジョンにはここしばらく行っていないと、嘘を吐きました」
マキシマムが顎に手をやり思案する表情をする。
「東方賢者の偽者か。さて、何を企んでいるのやら」
「どうせ、よからぬ内容に決まっています。即刻、捕まえたらええ」
マキシマムが真剣な顔で発言した。
「俺の考えは違う。レインに監視を付けて泳がせようと思う。そこでだ、俺はおっちゃんをレインの助手にする条件で、レインにエルドラカンドでの魔法薬造りを許可しようと思う」
「おっちゃんは、魔法薬については無知です。レインが怪しい薬を作っても、何をしているかわかりません。もっと薬に詳しい人間を付けたほうがいいと思います」
「相手が俺の暗殺を企むような人物なら、魔法薬にいくら詳しくともダメだ。むしろ、素人ですと、おっちゃんを付けていろいろと質問させたほうがボロを出す」
「わかりました。猊下がそう仰るのなら、やってみます。ただ、おっちゃんは毎日、教皇庁から通うように伝えてください。そのほうが、おかしな動きが報告しやすい」
「わかった。おっちゃんの進言した通りにしよう」




