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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
エルドラカンド編
121/548

第百二十一夜 おっちゃんと教皇の娯楽(後編)

 試合会場に行く。魔法の灯りが点けられ会場の再設営が始まっていた。


 会場ではバルタが指揮を執っていて、おっちゃんを見ると寄ってきた。

「おっちゃん、審判を頼めますか」

「ええけど、本当にやるん?」


 バルタが愚痴るように発言する。

「猊下が言い出した試合なので、やらないわけにはいかないでしょう」


「わかった。あと、念のために猊下の手の届く場所に丈夫な傘を用意しておいてや」


 バルタが空を見上げる。

「雨の心配ですか、曇ってはいますが降りそうにはないですよ」


「念のためや、会場は一度、警備が解かれとる。何が細工されているか、わからん。それに会場は魔法の明かりが消えたら真っ暗や。明かりを消されたら隙ができる」


 バルタが浮かない顔で述べる。

「一瞬の隙をついての暗殺も、ありえますな」


「そうや。傘が猊下の傍においてあっても、不自然ではない。傘なら傍に置いても猊下も文句を言わんやろう。あと椅子は背凭れのない椅子にしてや。いざとなったら、後ろに逃げられる工夫や」


 バルタが真剣な顔で頷く。

「わかりました。猊下には丸椅子に座ってもらいましょう。それと、武器になるくらい丈夫な傘を、猊下の手の届く場所に用意しておきます」


 おっちゃんは平服に着替え、教皇庁の武器庫から普通のエストックを借りた。腰に剣を()いて会場に戻った。


 教皇庁広場での通常の出し物は終わっている。一般人はすでに教皇庁と街を繋ぐ内門の外にいた。特別な一番なので、一般人は再入場を許されなかった。


 観客は立食パーティに参加していた者たちだけ。それでも、パーティ出席者の従者やら護衛やらも外に出てきたので、二百人近い人間が会場にいた。


 ジョバンニがエドワード伯爵に付き添われて、サリバンがサンチョを伴って入場してきた。

 サリバンもジョバンニも試合の時と同じ格好をしていた。


 観客の誰かが囁く。

「ジョバンニは鎧を脱がなくていいのか。木剣での試合だ、全身甲冑じゃ不利だろう」

「冒険者ごときに騎士の象徴たる甲冑を脱ぎたくないんだろう。それだけ自信があるってことさ」


 会場はこれから始まる大一番に、にわかに興奮していた。

 エドワードがジョバンニに、サンチョがサリバンに、それぞれ短い会話をしてから観覧席に戻った。


 マキシマムが入場してきて教皇席に着いた。教皇席の近くには十人の聖騎士が護衛に付いていた。

 教皇席に視線を移す。マキシマムはきちんと丸椅子に座っていた。横には凶器になりそうなくらい頑丈そうな傘も置いてあった。


 教皇の横にバルタが移動し、教皇に何やら確認する。

(準備は整った。後は試合を始めるだけや。バルタはんこっちはいつでもええで)


 バルタが段の下に来て、おっちゃんに指示を出す。

「それでは、審判。試合の進行をお願いします」


「両選手、開始線の前へ」

 ジョバンニとサリバンが開始線の位置に着いた。おっちゃんは二人から二mほど離れる。


「構えて」の、おっちゃんの合図で、ジョバンニとサリバンが構えを採った。

「試合開始」のおっちゃんの合図で、会場の明かりが消えた。


 おっちゃんはダンジョン流剣術を使えた。ダンジョン流剣術の中には聴覚、視覚、嗅覚、触覚が効かない状態でも相手の位置を知る『天地眼』と呼ばれる技があった。


 おっちゃんは『天地眼』を修得しており、半径三m以内であれば、暗闇の中でも、物の位置が明確にわかった。


 暗闇の中でジョバンニとサリバンが動く気配が伝わってきた。ジョバンニとサリバンがマキシマムに向かっていこうとした。

(狙いはマキシマムはんか、やらせはせんぞ)


 おっちゃんは、背を向けたサリバンに斬り掛かった。

 サリバンはターンして、おっちゃんの攻撃を受け止める。


 何かが光った。七色の光がサリバンの後方から教皇席に向かって放たれた。

「猊下」バルタの緊迫した声が響いた。

(しまった、後手に廻ったか)


 七色の光はすぐに消えた。再び辺りは闇に包まれた。

 何かが起きていたが、何が起きているかは、わからなかった。状況を確認したい。だが、サリバンは手の抜ける相手ではなかった。


 おっちゃんは暗闇の中、次々と高速の突きを繰り出す。暗闇で目が利かないはずのサリバンは、的確におっちゃんの突きを捌いた。サリバンは冷静に防御に徹しおっちゃんの攻撃を凌いだ。


 突如、サリバンの気配が消え、二秒で明るくなった。

 マキシマムの姿を確認しようとするが、マキシマムの姿はなかった。


(まさか、やられたんか)

 おっちゃんは背筋がゾクリとした。


「猊下」「猊下」聖騎士の緊迫した声が響いた。

「俺なら大丈夫だ」と緊張感のない声が聞こえ、マキシマムが段の背後から段に上ってきた。


 マキシマムが姿を現すと、バルタが大声で指示する。

「猊下の周りを固めろ。猊下を安全なところへ」


 十人の聖騎士がマキシマムの周りを囲んで、教皇庁へ入っていく。場内は騒然となっていた。

 おっちゃんはサリバンとジョバンニの姿を探した。だが、二人の姿はどこにもなかった。


 現場にはジョバンニの物と思われる木剣が落ちていた。

『魔力感知』を唱えた。木の剣には魔法が掛かっていた。だが、魔力は使用され枯渇していた。


「何かの魔法が掛かっていた形跡があるな」

「暗殺の証拠品や」と、おっちゃんはバルタに木剣を渡した。


 数時間後、夜も深け招待客は皆、宿に帰った。

 翌朝、マキシマムと一緒に食事をしていると、バルタが険しい顔をして報告に現れた。


「猊下、昨日の暗殺未遂事件についてご報告します。暗殺には木剣に似せた魔道具が使用されました。魔道具には魔法の『分解消去』が込められていました」


『分解消去』の魔法は知っていた。魔法の光線を出して、光線を浴びた対象は分子レベルまで分解する高難易度魔法だ。


『分解消去』クラスの魔法を込めた魔道具はそうそうあるものではなく、マキシマムが興味を示した。


「あの怪しい光は『分解消去』の光だったか。なるほど、俺を殺せる手段の一つだな。まともに喰らったら、危なかったのかもしれない」


「猊下はどうやって切り抜けたんですか」


 マキシマムがケロリとした顔で答えた。

「ジョバンニが向かってくる気配があったから、近くにあった傘を投げつけた。傘を投げた瞬間に地面を蹴って、後ろに転がるように逃げたんだ。頭をどこかにぶつけたが、大事はなかった。それで、ジョバンニとサリバンは、どうした」


 バルタが浮かない顔で首を振る。

「両者とも発見にいたっておりません。エドワード伯爵とサンチョについては、ここ数日の記憶があやふやでした。高度な魔法で操られていたようです」


 マキシマムが思案する顔で命じた。

「どうやら敵には、強力な魔術師がいるようだな。念のために、アントラカンドの魔術師ギルドに照会を掛けてみろ」


 アントラカンドは国で最大の魔術師ギルドがある都市だった。

「畏まりました」とバルタが一礼して下がる。


 マキシマムが気楽な調子で声を掛ける。

「おっちゃんは剣の腕はからっきしと言っていたが、結構やるそうだな。あの、サリバンを相手に一歩も引かなかったと聞いている。今度、俺と手合わせしてみるか」


「めっそうもない。おっちゃんの剣は人に誇れる腕前ではないです。サリバンと戦っていた時はサリバンが打ってこなかっただけです」


 マキシマムが残念そうに口にする。

「そうか。なら、そういう話にしておこう。でも、体が鈍っているようだったら、いつでも言ってくれ。稽古をつけてやる」


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