第百十九夜 おっちゃんと『生命の杯』(後編)
マキシマムに事の次第を報告しようとする。だが、マキシマムは町長と会って話をしている最中だった。
なので、先に飯にする。食堂に行って料理長に頼んだ。
「料理長、何か喰わして。猊下の仕事で、今日は朝から水しか飲んでない」
料理長が愛想よく応じる。
「茸とチーズのリゾットでいいなら、作ってやるよ」
「おっちゃん、ここのチーズ・リゾット大好きや。ミルク村のチーズって、茸と相性がいいからね」
作ってもらった茸とチーズのリゾットを味わって食べる。
食事を摂りお茶を飲む。一服してから、マキシマムに会いにいく。
マキシマムは食堂でチーズ・タルトを食べながら紅茶を飲んでいた。
「どうだ、おっちゃん。おっちゃんも食べるか」
「いいえ、今、飯を腹いっぱい喰ってきたところですわ。今度からワイバーンに遠出させる時は、ワイバーンにも飯を食わせるように注意してくださいな。でないと、乗せるほうは大変でっせ」
マキシマムは面白そうに笑った。
「それはご苦労だった。今度から遠出の際は、ワイバーン用の食事を料理長に作らせて持たせるとしよう」
マキシマムが真面目な顔になって尋ねた。
「それでどうだった、ジョエルはやはり黒か?」
「間違いなく黒ですわ。ミルク村の郊外で『生命の杯』を農夫に化けた男に渡そうとしていました。そんで、農夫に化けた男からジョエルは偽物を受け取って、摩り替える気でした」
マキシマムがいささか残念そうな顔をした。
「おっちゃん、絵は上手いか。ジョエルと取引しようとした農夫の顔を描けるか」
「木炭と紙さえいただけたら描けます」
マキシマムが侍従を呼ぶ。
「紙と黒炭をすぐに用意しろ。おっちゃんは今この場で似顔絵を描いてくれ」
黒炭と紙はすぐに用意され、おっちゃんは似顔絵を描いた。
マキシマムはお茶を優雅に飲みながら、報告書をチェックしていく。
二時間後、バルタが食堂に現れた。続いて、ジョエルを囲むように七人の聖騎士が現れた。
バルタが恭しい態度で申告する。
「陛下、申し訳ございません。ジョエルが任務に失敗しました。『生命の杯』を紛失したそうです」
ジョエルが青い顔で、たどたどしい口調で申し開きをする。
「もうしわけございません。『エボルダ修道院』より、『生命の杯』を受け取ったのですが。その、途中で、ワイバーンが暴走しまして、杯を樫の森の中に落としました」
マキシマムが渋い顔をして確認する。
「それは大変な事態になったな。さっそく、夜が明けたら全ての聖騎士に探索を命じよう。樫の木の森で間違いないのだな」
「はい」と、ジョエルは力強く答えた。
マキシマムがおっちゃんの描いた絵のできを確認し、澄ました顔で発言する。
「ふむ、報告と違うな。侍従長あれを」
侍従長が布に包まれた品物を持ってきた。侍従長が布をとってマキシマムの前に『生命の杯』を置く。
ジョエルの顔が驚きに変わった。
驚いたジョエルをマキシマムが見下す。マキシマムがゆっくりとした声で、あてつけるように発言する。
「ジョエル君。余は非常に残念だ。失くした場所の虚偽報告もそうだが、余を殺そうとするとは、まったくもって許しがたい。覚悟はいいな」
ジョエルが前に出ようとした。すかさず、横にいた聖騎士がジョエルの腕を掴む。
ジョエルが大きな声で弁解する。
「違います。私は猊下の暗殺など考えたことはございません」
マキシマムの手がおっちゃんの描き上げた似顔絵を掴む。似顔絵をジョエルに提示した。
「ジョエル君。私は知っているのだよ。君がこの男と会って『命の杯』を摩り替えようとした事実をな。今度から悪事を働こうとするなら、密偵に気をつけるんだな。余の耳と目はどこにでもいる」
「連れて行け」バルタが無情な顔で、ジョエルを囲む七人の騎士に命ずる。
ジョエルは諦めたのか、項垂れて連行された。
バルタが悲しみを帯びた顔で告げる。
「嘆かわしい事態ですね。まさか、聖騎士からも裏切り者が出るとは」
マキシマムが珍しく弱気な顔をして淡々と口にした。
「俺は自由にやりすぎたのかもしれない」
マキシマムが険しい顔で言い放った。
「だが、俺はやり方を変えない。変わらなければいけない存在は教皇庁のほうだ。従いていけない人間は、いずれ神の名において滅ぼされる」




