第百十四夜 おっちゃんと聖なる街(後編)
書類は多く仕分けするだけでも三日も掛かった。
その間に、マキシマムは教皇の他の仕事を消化してゆく。
合間を見て、おっちゃんはバサラカンドのユーミットに事情を書いて手紙を送った。
マキシマムの計らいにより、おっちゃんの手紙は教会の郵便配達網を使わせてもらうことができた。
バルタを連れてマキシマムが夜遅く部屋に戻ってきた。マキシマムの顔は赤く、息には酒の匂いが混じっていた。
(なんか、マキシマムはん、酔うておるのか。教皇といえど飲みたい夜があるんやろうな。偉い人には、人には言えん苦労もあるやろう)
マキシマムはおっちゃんを軽い感じで誘った。
「いいものを見せてやるよ。従いてこいよ、おっちゃん」
マキシマムは教会の地下に下りていった。
教会の地下には大きな金属の扉があり、四人の屈強な聖騎士が守っていた。
バルタが険しい顔で、マキシマムに注意した。
「いけません、猊下。これより先は、教皇庁の機密事項。外部の人間に見せてはなりません」
「いいんだ。バルタ。これは教皇の決定だ。それに、これは、おっちゃんにも関係する話だ」
(なんや、なんの話やろう? サッパリ見当がつかん)
扉にマキシマムが手を当てた。扉が自動で開いた。下に向かう階段があった
下に降りていく。高さが二十mあり一辺が五十mある大きな部屋に出た。
部屋の中には四枚の翼を持つ、水晶でできた高さ四mの天使の像があった。
おっちゃんが天使像を見ていると、マキシマムが声を掛ける。
「それは、『使徒ケプラン』だ。神に敵対しない限り襲ってこない。先に行こう」
『使徒ケプラン』のいる部屋を通り抜けた。
先ほどの部屋と同じく五十m四方の部屋に出た。
部屋の中央には、一辺が六mある白い正八面体の物体が浮かんでいた。
おっちゃんは驚いた。
(これは、ダンジョン・コアやで。なんで教皇庁の地下にダンジョン・コアがあるんや)
マキシマムが自慢するような顔で発言した。
「これが、エルドラカンド教皇庁が秘匿する神の正体だ」
バルタが険しい顔で言い放つ。
「猊下。それは言いすぎです」
マキシマムは気にした様子はなかった。
「だが、これに選ばれたおかげで俺は教皇になった。それだけではない。人の限界を超えた力を得た。見ていろ、おっちゃん。『蘇生の儀式』を見せてやる」
マキシマムがダンジョン・コアに手を翳すと空中に立体操作パネルが現れた。マキシマムが立体操作パネルを触る。何もない空間に三m四方の黒い映像パネルが表示された。黒い映像パネルに教会の一室が映った。
部屋は石造りの小さな部屋で祭壇があった。祭壇の上には、木綿の薄い着物を着た人間が寝ていた。
祭壇の両脇には青い僧衣を着た僧侶がいる。祭壇正面には青い教皇の服を着たマキシマムの姿が映っていた。
マキシマムが軽い口調で説明する。
「映像パネルに写っている人間は俺だが、俺ではない。『幻影』の魔法みたいなものだ。本物はこの場にいる俺だ」
マキシマムが操作パネルを動かした。幻影のマキシムが詠唱を開始し、二人の僧侶が復唱する。
祭壇の人間が分解され、光になっていく。最後に光る球状の物体が残った。球体が激しく光って膨らむ。分解される前の人間の姿になった。人間は目を覚ました。
起き上がった人間に僧侶が声を掛け、外に連れて行った。映像パネルが黒くなり消えた。
「教会では今の儀式を『蘇生の儀式』と呼んでいる。記憶を全て抜き出して、体を分子レベルまで分解する。で、再構築して抜き出した記憶を入れてやる」
おっちゃんは同じような光景を、ダンジョンでは何度か見ていた。
ダンジョン時代の上司からも今のマキシマムと同じ説明を聞いた。
「驚かないんだな」とマキシマムが拍子抜けしたように口にする。
おっちゃんは心情を偽った。
「あまりの衝撃に、頭がついていかないだけです。ちなみに、成功する確率って、どれくらいですか」
「一概には言えない。頭部がないと、成功する確率は零だ。十二歳未満と五十歳以上は、急激に成功率が落ちる。さらに、失敗すれば肉体は完全に消滅する。蘇生とて、万能ではない」
(エルドラカンドのダンジョン・コアは、蘇生に不向きなダンジョン・コアなんやな)
ダンジョン・コアといっても、全てが同じ能力ではない。得意分野も、不得意分野もある。
マキシマムはダンジョン・コアを見ながら、淡々と説明する。
「この神があれば、普通の魔法では不可能な行為もできる。たとえば今のように、死者を蘇生させたり、大規模な地震を起こしたりもできる。やった経験はないが、神罰として全てを焼き尽くす光の柱なんても、召喚できたりもする」
おっちゃんはエルドラカンドの正体を理解した。
エルドラカンドは、地上に作られたダンジョンである。ただ、モンスターの代わりを人間がやり、ダンジョン・マスターは人間から選ばれ教皇と呼ばれている。それだけの違いだ。
マキシムが神妙な顔で力強く発言する
「おっちゃんよ、知っているか。この世にいる神様は、根っこでは全てが繋がっている。全ての根源にいるのは『唯一なる存在』だ。人々が呼ぶ全ての神は唯一なる存在の一側面にすぎない。この俺たちの前にある物体は『唯一なる存在』と繋がっている」
バルタが険しい顔で、マキシマムの言葉を聞いていた。
マキシマムの説明は教皇庁では秘中の秘。でも、ダンジョンにいる、ある程度上のモンスターなら、同じ内容を知っていた。
ダンジョン・コアの先に誰がいるのか。なぜ、ダンジョンが存在するのか。ダンジョンに生きるモンスターなら、必ず一度は考える問題だった。
マキシマムが怖い顔で尋ねる。
「おっちゃんよ。『蘇生の儀式』や『唯一なる存在』についてどう思う? 正直な意見を聞きたい」
マキシマムはダンジョンのモンスターがぶちあたる問題に直面していると感じた。
誰も真実を知らない答えられない問題だ。
「おっちゃんには、宗教的で難しい問題はわかりません。『蘇生の儀式』も、便利やな、ぐらいにしか思いません。猊下の説明を聞いてもピンと来ません。ただ、猊下の説明が本当でも、おっちゃんたちがどういう態度を取ったらいいかはわかります」
マキシマムは目を大きく開けて、興味ある声で聞いた。
「それはなんだ。是非にも聞きたい」
「現実は現実として受け入れることです。たとえ神さんが守ってくれなくても、今日を懸命に生きたらええ。神様がおるなら、それでええやないですか。でも頼るか、頼らんかは、人の自由や」
マキシマムの顔を見ると落胆していた。マキシマムの欲した答とは違ったのだろう。
マキシマムが気落ちした顔で、力なく発言した。
「おっちゃんの答えは、わかった。もういい。ここで見た情報は、秘匿にしてくれ」
「猊下、一つ質問があります。猊下は、ダンジョンに行った経験は、ありますか?」
マキシマムがサラリと答える。
「教皇はダンジョンに行ってはいけない決まりがある。これは神託による神の言葉だ。神の言葉は、教皇でも覆すことはできない。もし、下りた神託を拒否すれば、神罰が下りる」
(なるほど。『唯一の存在』は、エルドラカンドを他のダンジョンから隔離したいわけか。理由はわからんけど、知ることは不可能やろうな)