第百十二夜 おっちゃんと教皇(後編)
マキシマムが機嫌よく、おっちゃんに寄ってきた。
「ほら、剣を返すぜ。ちと、聖剣になってしまったが、許せ。ところで、あんたは誰だ。ここに何をしに来た」
「わいは、おっちゃんいう冒険者です。手紙を渡すために教皇はんを探してます。ここら辺で、教皇はんの一行を見掛けませんでしたやろうか。なんでも、『デドラ湿原』にいるらしいんですが」
マキシマムは気軽な調子で命じた。
「なんだ、俺に用事か。いいだろう、剣を借りた礼だ。今ここでその手紙を読んでやるよ。ほら、よこせ。すぐに終わる」
(ほんまにマキシマムはんが教皇なんか。えらい想像と違うで。どっちかというと教皇よりバーサーカーやで)
おっちゃんが躊躇っていると、バルタが口を開く。
「おっちゃん様、こちらにおわすお方こそ、間違いなく現教皇マキシマム様です」
バルタの言葉を、おっちゃんは信じられなかった。
だが、マキシマムが早く手紙を出せと手で催促する。
おっちゃんは疑いながらも手紙を渡した。
マキシマムが封を解いて手紙を読む。バルタが控え目な口調で確認する。
「猊下、手紙の内容はなんでしょうか」
マキシマムが目を細めて手紙を読む。
「バサラカンドの件だ。バサラカンド領主のユーミットの言い分が書いてある。バサラカンドはモンスターと共存するから認めろと主張している。聖騎士の報告とは違うな」
バルタは鼻で笑った。
「何を馬鹿な言葉を、モンスターと共存なんて、できるわけがない。きっと操られているのでしょう」
おっちゃんが弁解しようとする前に、マキシマムが口を開いた。
「いいんじゃね」とマキシマムはさらりと口にした。
「はっ?」とバルタが面喰らった顔をした。
「だから、教皇たる俺は、認めるって言ったんだよ。別にモンスターが人と同じ義務を負い、同じ権利を行使してもいいと、俺は承認したんだよ」
(あれ、これで、おっちゃんの任務完了なん? なんや、えらい簡単に行ったで)
マキシマムは、おっちゃんに向き直った。
「ところで、おっちゃん。お前は人間じゃないだろう。『シェイプ・シフター』か?」
おっちゃんは人間ではない。姿を変えられるモンスターの『シェイプ・シフター』だった。
言い当てられて、おっちゃんは驚いた。思わず一歩びくっと引いた。
初めて会った人間に人間でないと見抜かれた経験はなかった。
バルタが怖い顔で剣に手を掛けた。マキシマムが素っ頓狂な声を出す。
「何してんのバルタ」
バルタが「何を当然の内容を聞くんだ」の顔で答える。
「ですから、モンスターから猊下をお守りしようと」
マキシマムが苛立った顔で、当てつけるように口を開いた。
「おまえ、俺の言葉を聞いていたのか? 俺はさっき、モンスターと人と同じく扱っても良いと言ったよな。その俺の前で、おっちゃんを斬るって、なに? 聖騎士団長は教皇に謀反を起こす気か。謀反を起こす気ならいいけど、俺は逆らう人間に容赦しないよ。人間ができてないから」
バルタは非常に苦い顔をして、ゆっくりと剣から手を離した。
マキシマムが気を取り直した顔で、おっちゃんと向き合った。
「さて、おっちゃんよ。教皇たる俺は、モンスターと人間の共存を認めた。だが、これはあくまで、一教皇の意見だ。教皇庁から正式な通達ではない。教皇庁のお墨付きが欲しいか」
マキシマムが何を言いたいかわからなかった。だが、悪い人間ではなさそうなので正直に告げた。
「それはまあ、欲しいですわ。くださいな。お墨付き」
マキシマムが平然とした顔で、すらすらと語った。
「教皇庁が正式に通達を出すとする。それには審問会を通さなければならない。審問会は有料だ」
初めて聞いた。そんな仕組みは、知らなかった。
「え、有料ですの? おいくらでっか?」
「小さな懸案だと金貨千枚。中くらいの内容だと金貨一万枚。大掛かりな話だと、金貨が十万枚は必要だ。モンスターと人を平等扱っていいとなると、これは、もう最大懸案だ。俺も教皇庁の事務方がいくら請求するかわからん。バサラカンドにそこまで金はあるか?」
(ボッタクリすぎやで、教皇庁。いくら金があるバサラカンドといえど、金貨で十万枚を超えると、きついで。きっとユーミットはんも、ここまで金を要求されるなんては考えてないやろう。どうしよう)
おっちゃんが返事に窮すると、マキシマムがにやりと笑った。
「審問会をタダにすることはできない。だが、値切ることはできる。どうだ、金貨一万枚にしてやろう。ただし、条件がある。おっちゃんは俺の小姓になれ」
おっちゃんは面食らい、バルタも驚いていた。
マキシマムだけが普通に会話する。
「なに、ずっとじゃなくていい、審問会が終わるまでだ。それで審問会の費用を金貨一万枚までに負けよう。悪い話ではないだろう」
「おっちゃんは嬉しいですけど、ほんまに、そんなんでええの?」
バルタが弱った声で意見した。
「また、そんな勝手な話をして、大司教や枢機卿を怒らせますよ」
マキシマムは全く意に介した様子はなかった。
「怒りたい奴は怒ればいい。ただし、俺は教皇だ。神の地上権利代行者だ。大司教や枢機卿より偉い。そんでもって、俺はトップ・ダウン型の権力者だ。下の意見など聞かん」
マキシマムの言葉に、バルタが胃をやられたような顔で黙った。
マキシマムが子供のように目を輝かせて発言する。
「あと、おっちゃんがモンスターなのは、三人の秘密な。そのほうが面白い」
(モンスターのおっちゃんが教皇の小姓やと、なんや、おかしな話になったで)