第百十夜 おっちゃんと未来への行進
ユーミットは戻ると、直ちに『無能王アイゼン』よりバサラカンドの領主に任ぜられた事実を街に報じた。
モンスターの家臣になる行為には家臣の間から不満が大いに出た。だが、ユーミットは家臣の意見を聞かなかった。
おっちゃんの提案により門が開けられた。木乃伊の軍団や蠍人がバサラカンドにやって来て、一時的に街は騒然となった。だが、軍規の取れた木乃伊軍団は、人々を襲うような真似はしなかった。
大勢の人が見守る中、街の広場までユーミットが出てきて、ハルク司令官を出迎えた。
「ようこそ、おいでくださいました、ハルク司令官。新たにバサラカンドの領主に任命されたユーミット・イブラヒム・パシャです。若輩者ですがよろしくお願いします」
おっちゃんが『死者との会話』の魔法で通訳して『拡声』の魔法で広場の民衆にハルク司令官の言葉を伝える。
「新領主就任、おめでとうございます。これからは、主を同じくする家臣として『アイゼン』陛下の偉業を支えていきましょう」
ハルク司令官が赤く光る瞳で聴衆を見渡して告げる。
「もし、冒険者以外で『アイゼン』閣下に弓引くようなものあらば、すぐに連絡をください。万の兵とともに駆けつけ、必ずや打ち滅ぼしましょう。それでは、私は仕事があるので失礼します」
街の人たちが驚いて二人の会話を聞いていた。ハルク司令官と木乃伊軍団が街から出て撤退の準備を始めた。
街の人間は胸を撫で下ろし、「助かった」と口々に囁き合う。
ユーミットは、その日の内に改革を始めた。『無能王アイゼン』の家臣になる選択に反対する人間をすべて追放した。
大臣のマフズはその晩のうちに毒を呷って自殺したと発表された。
ハルク司令官と木乃伊軍団が消えてから、街は以前とほぼ同じ平穏を取り戻した。
違うところがあるとすれば、二つ。
一つ、『悪神ガルダマル』が『ガルダマル』と呼ばれ、信仰が許された。
一つ、市場で蠍人の商人が商いをする姿が見られるようになった。
冒険者については、変らない。相変わらず冒険者の酒場で酒を飲み、冒険へと出かけてゆく。
おっちゃんも、今日も酒場で飲んでいた。金はまだ残っている。なくなれば、また麝香豆を採りにいけばいい。
新ユーミット政権が誕生して、二十日が過ぎた。おっちゃんはフルカンに呼ばれた。
領主の執務室に足を運ぶ。おっちゃんが執務室に入るとユーミットが人払いをした。
ユーミットが笑顔でおっちゃんを迎えてくれた。
「おっちゃんの正体が北方賢者だとフルカンから聞きました。これまで影からバサラカンドを支えてくれて、ありがとうございます」
「その、北方賢者と呼ぶのは止めて。おっちゃんは、おっちゃんや。しがない、しょぼくれ中年冒険者や」
「いえ、是非とも北方賢者と呼ばせてください。このたびの褒賞の一環として、北方賢者の称号を贈らせてもらいます」
「呼び名くらいならええ。けど、褒賞の一環ってなに、一環って、おっちゃん特別な褒賞とか、要らんよ。金貨の数枚も貰えれば充分よ。そんな、土地とか、家とか、名誉とか、莫大な褒賞は要らんよ」
「では、金貨を」と、ユーミットから小さな袋を渡された。
中を確認すると、金貨三十枚が入っていた。
(なんや、えらくまともな報酬や。これくらいなら貰っても問題ないか)
「おお、ありがとうな」
ユーミットが頭を下げてサラリ発言した。
「喜んでくれると嬉しいです。ちなみに、そこには次の仕事の依頼料と旅の路銀が入っています。おっちゃんは冒険者ですよね。なら、お使いをお願いしたい」
おっちゃんの危険感知センサーが、微弱な反応を示した。
(なんや、また、何か厄介ごとか)
「それは、おっちゃんは、冒険者やから、簡単なお使いくらいなら、やるよ。何をすえばええの」
「手紙をエルドラカンドまで運んでいただきたい」
エルドラカンドは知っている。この国の聖地がある都市だった。
手紙の運搬なら大した仕事ではない。ただ、路銀込みで金貨三十枚は高すぎる。
おっちゃんは警戒して尋ねた。
「いいけど、なんの手紙で誰に宛てたもん」
ユーミットは悲しい顔で告げた。
「私は『アイゼン』陛下に忠誠を誓いました。すると、バサラカンドはモンスターに支配された街だと、誤った情報が流れました」
「バサラカンドは、そんな言われているのか?」
「はい。そのまま、誤った情報はエルドラカンド教皇庁に伝わりました。なので、モンスターに支配された街は間違いである。共存を決めた街である、との書簡を書きました。書簡を教皇に持って行ってください」
「ちょっと、待って。それはないわ。そんな仰々しいところ行きたくない。教皇いうたら、ガチガチに頭の固い人やん。下手したら異端審問まっしぐらやで」
ユーミットがむくれた顔で言い返した。
「断られては困ります。ここでおっちゃんに拒否されたら、街が聖騎士の集団に襲われかねない。そうなれば、せっかく救ってもらった街が蹂躙される」
「そんなん、政治の問題やん。政治家が解決したらええやん」
ユーミットが真剣な顔で問うてきた。
「おっちゃん。モンスター冒険者の言葉を御存知ですか」
ドキッとしたが、知らん振りをする。
「なんや。知らん言葉やな」
ユーミットが真剣な顔のまま言葉を続ける。
「冒険者といえば人間のものと思われています。ですが、我々がモンスターと呼ぶ種族の中には、人間に紛れて冒険者をやる種族がいます」
「おお、そうか、思い出した。そういえば、噂では聞いた覚えがあったで」
ユーミットが熱の入った調子で続けた。
「私は蠍人や『アイゼン』陛下と話して、異種族に対する認識が変りました。私の世間は狭かった。私はモンスターと呼ばれる種族の方たちとも暮らせる街を作りたい」
「それは、凄く壮大な計画やな」
ユーミットはおっちゃんの手を取って頼む。
「エルドラカンドへの書簡を届ける行為は、その一歩です。人間以外の種族をモンスターと呼ぶ人間の傲慢さを変えるために協力してください」
(ええかもしれんな)
ユーミット計画が実現すれば、おっちゃんはバサラカンドに定住できる。
目立っても「おっちゃんか。おっちゃんも、モンスターやでハハハ」と告白できる。
(モンスターが冒険者をやれる街が一つくらいこの国にあってもええかもしれん。でも、危険や。ユーミットの構想は途中で頓挫する可能性が高い。これは冒険や)
「冒険」の言葉が浮かんでハッとする。
(冒険者が冒険を躊躇って、どうするねん。これは壮大な冒険や。なら、問題ない。それに、ええやん。もう、おっちゃんも年や。迷うてる時間はない。夢は他人の力で実現するものやない。己の手で掴むものや。手紙を届けるくらい、おっちゃんにだってできる)
おっちゃんは覚悟を決めた。
「そうやな。おっちゃんは冒険者やから、仕事ならやるわ。ただし、報酬がこれでは割に合わん。ユーミットはんの計画が実現したら家の一軒もちょうだい」
ユーミットが笑顔で明言した。
「はい、計画が実現した時には、喜んで」
「ほな、手紙をくれるか。エルドラカンドまで行ってくるわ」
おっちゃんは手紙を受け取った。明るい日差しの中、大理石の廊下を進む。
おっちゃんは、モンスター冒険者の未来に向けて歩き出した。
【バサラカンド編了】
©2017 Gin Kanekure