第百八夜 おっちゃんと和睦の使者(前編)
おっちゃんは身を綺麗にして、フルカンに付き添われて宮殿を出た。
南門まで馬で移動した。城壁から縄梯子を下ろして門を越えた。
フルカンとは門の前で別れた。
アンデッド・モンスターと話ができるように『死者との会話』を唱える。そのまま六万の木乃伊兵に向かって一人で歩いていく。
骸骨馬の乗った木乃伊の軽騎兵十騎が向かってきた。
おっちゃんは歩みを止めた。木乃伊の軽騎兵がおっちゃんを囲む。
「バサラカンドの領主の使いで来ました。バサラカンドは和睦を望んでいます。責任者の方にお取り次ぎ願います」
おっちゃんは武器を取り上げられた。そのまま、軽騎兵に先導され陣の中を歩く。
陣の中を注意深く観察して歩いた。おっちゃんは、攻城兵器がない状況に気がついた。
(城壁に掛ける梯子はある。だが、攻城兵器がない。まだ、届いてないだけかもしれん。けれども、これは、すぐに攻めてこんのかもしれんな。木乃伊に兵糧は不要や。一年でも二年でも城を囲んでいられる。兵糧責めにする気かもしれん)
陣内を歩く仮面を着けた人物を見掛けた。蠍人も従軍していた。
(『ガルダマル教団』や蠍人も兵を出しておるのか。相手にしたら、厄介やな)
陣の後方にあるテントに連れて行かれた。
テントの中には、魔法の掛かった煌びやかな鎧に身を包んだ木乃伊の騎士がいた。
木乃伊の騎士は厳粛な調子で告げた。
「私が軍の司令官のハルクだ。和睦に応じてもよい。ただし、条件は領主の首と、街の明け渡しだ。従うなら、街の人間の命だけは助けよう」
「和睦の条件は承知しました」
木乃伊の軽騎兵に陣の外まで送られた。おっちゃんは門の前に戻って、フルカンに条件を伝えた。
フルカンは腕組みして下を向いた。
「ユーミット閣下の首と街の明け渡しか。厳しいな」
「でも、街の人間の命は助ける、言うてくれてるで」
「わかった、とりあえずお城に持ち帰って判断を仰ぐ」
フルカンと門を越えた。おっちゃんは冒険者ギルドに向かおうとした。フルカンが呼び止めた。
「そっちは冒険者ギルドだぜ」
「知っとるよ。おっちゃんは冒険者やさかい、冒険者ギルドで待っているよ。和睦の条件を飲むなら教えて。交渉の続きをするさかい」
「わかった」とフルカンは険しい顔で帰っていった。
冒険者ギルドに久々に帰ったおっちゃんは、エールを飲んでケバブを食べる。
冒険者ギルド内では街を囲むアンデッドの大群に戦々恐々だった。
食事を終えて街を歩いた。街の人も不安げな様子だった。
おっちゃんは、お城の回答を夜まで待った。でも、回答は来なかった。
「はい、そうですかとは、いかんか。しゃあない。明日、骨を折ってやるか」
おっちゃんは久々に宿屋のベッドで眠った。
翌朝、おっちゃんは食事を済ませると行動に出た。
部屋からこっそり『瞬間移動』で『ガルダマル教団』の寺院に移動した。寺院の廻りを警戒していた人間にお願いする。アフメトに面会を取り付けてもらった。前にアフメトに会った部屋に連れていかれた。
「『暁の狩人』の件ではお世話になりました。お世話になってばかりで悪いんですけど、今日もまた、お願いに上がりました」
アフメトが機嫌よく応じてくれた。
「包囲されている街の件でしょう。話だけは聞きます。言ってみなさい」
「バサラカンドから和睦を申し込みました。そしたら、ユーミッドの首と街を要求されましたん。もう少し、和睦の条件を緩和してもらえるように、お取り成ししていただくわけにはいかないでしょうか」
アフメトがいたって普通に要求した。
「私から『アイゼン』陛下にお願いしてあげてもいいですよ。だが、こちらも骨を折る以上は、それなりの見返りが欲しい。『スレイマンの壺』をいただけますか」
(なんや、人気やなあ。『スレイマンの壺』はそんだけ価値があるってことか)
「わかりました。検討させてください」
アフメトが頷き、親切に教えてくれた。
「それとですが、もし、『アイゼン』陛下に和睦の条件を緩和させたいのなら、サドン村にいる蠍人の長老にも、話を持っていくとよいいでしょう」
「ありがとうございます」
おっちゃんは一度、冒険者ギルドに帰った。ドミニクの家に行き、魔法の絨毯を受け取った。
魔法の絨毯を持って冒険者ギルドに戻った。以前に貰った、魔力回復用の飴を舐めた。
魔力が回復したところで、グラニの住むサドンの村まで出向く。
今回は村に入れてもらえなかった。村の外で待っていると、グラニがやって来た。
グラニは非難する顔をし、怒った口調で詰問する。
「おっちゃん、人間たちが『アイゼン』陛下に無礼を働いたぞ。どこに行っていたんだ」
「ちと、バサラカンドの牢に閉じ込められとった」
グラニが表情を歪めた。おっちゃんは身に起きた事態について話した。
グラニが苦い顔をして、さもあらんの口調で話す。
「どうりで、おかしいと思ったんだ」
「そんで、長老さんには会える? 和睦の条件で仲介に入って欲しいんよ」
グラニが険しい顔で、きっぱりと口にした。
「無理だな。俺はおっちゃんの無実を信じる。だが、偽物を引き渡す現場になった状況で村に迷惑が掛かった。長老は会ってくれないだろう。それに、長老は冒険者が嫌いだ」
「冒険者に何かされたん?」
「昔、冒険者に村一つを破壊されてな。その後、村を奪い返したんだが、井戸が使えなくされて、村を放棄せざるを得なくなった」
「なるほどな。なら、井戸の弁償の代わりのといってはなんやけど、水が湧く魔法の絨毯をあげるわ」
グラニは驚いた。
「いいのか。それは『アイゼン』陛下から貰った大事な品だろう」
「そうや。大事な品や。だから、献上するんや。絨毯が人間の役にしか立っちゃいかん、の決まりはない。大事に使こうてもらえるなら、蠍人が持っていてもええやろう。それに、こっちは大きな頼み事をするんや。それ相応な物を渡さんと、失礼や」
グラニが自信に満ちた顔で、力強く請け負った。
「わかった。長老へは俺からも頼んでみる」
「よろしゅう頼みます」
おっちゃんは頭を下げてグラニと別れた。おっちゃんは魔力回復用の飴を舐めてから『瞬間移動』で冒険者ギルドに帰った。
休憩を取っていると、フルカンが現れた。フルカンと密談スペースに行く。
フルカンは困った顔で言った。
「ダメだ。城の連中は状況を理解していない。宮殿に立てこもって徹底抗戦を叫んでいる。街はどうなってもいいらしい」
「理解してないじゃなく、理解したくないんやないの。思考停止やね。それと、街がどうなってもいいんやなくて、自分たちの財産をどう守るかしか考えていないね」
フルカンは俯いて、苦しそうに発言した。
「俺は、どうすればいいんだ」
「フルカンさんにできる仕事はあるよ。『スレイマンの壺』を持ち出せる。もちろん、本物を」
フルカンが顔を少し上げて訊いてきた。
「持ち出せたら、どうにかなるのか」
「和睦の条件を緩和できるかもしれん。でも、これはあくまでも可能性やけどね」
「わかった。やってみる」
フルカンは密談スペースから出る前に振り返った。神妙な顔で尋ねた。
「一つ、聞いていいか? どうして、おっちゃんは俺たちのためにこんなに働いてくれるんだ」
「さあの。おっちゃんでも、わからん。これは性分やから、しゃあない。一種の病気やね。たぶん、一生ずーっと治らん。それに、助けると決めたら全力や。それがおっちゃんや」




