第百六夜 おっちゃんと人質交換(後編)
以前に朝食会を開いていた大広間に出た。
『無能王アイゼン』はお茶を飲み、のんびりしていた。
「久しいな、おっちゃんよ。レインの身柄を引き渡して欲しいそうだな。別に構わん。そんなにあの男に執着はない。身代金を払うなら引き渡そう」
(簡単に話が付いたな)
「そうでっか。ほな、引き取りたいんですけど、おいくらですか」
『無能王アイゼン』は機嫌よい顔で、リラックスした声で話した。
「そうだな。バサラカンドの宝物庫に眠る『スレイマンの壺』を貰おうか。他の物では駄目だ。どうだ、交換に応じるか? 無理にとは言わない」
『スレイマンの壺』には英雄スレイマンが封じた悪魔型モンスターのバストリアンが封じられている。バサラカンド側が渡すとは思えなかった。
「難しいと思いますが、条件はわかりました。バサラカンドと交渉してきます」
『無能王アイゼン』はサラリと口にした。
「まあ、期待はせん」
女性蠍人の使用人にマジック・ポータルを開いてもらい、グラニと合流した。
グラニの取引が終わる。グラニにマジック・ポータルを開いてもらってサドン村に帰った。
冒険者ギルドに戻ると、フルカンが待っていた。
「どうだった、おっちゃん。レインを引き取れそうか」
「条件は厳しいで。レインを渡してもええけど、代わりに『スレイマンの壺』を要求された。他のものではダメと釘を刺された」
フルカンが眉間に皺を寄せて困った口調で話した。
「高すぎる。『スレイマンの壺』は、無理だ。もし、『スレイマンの壺』を渡してバストリアンが解放されたら、ユーミット政権が転覆する」
「じゃあ、諦めるしかないの」
フルカンは諦めなかった。
「待ってくれ。ダメだとは思うが、一応お伺いを立ててみる」
「ええで。向こうは急いでないみたいだし、ゆっくり考えやー」
フルカンは難題に頭を抱えて帰っていった。
二日後、フルカンがやって来て、複雑な表情で、おっちゃんを密談スペースに誘った。
「城の上層部が『スレイマンの壺』を渡すと決めた。レインの身柄を引き取りたい」
「ほんまか。意外な決断やな」
おっちゃんはフルカンの言葉を心の中で疑った。
(怪しいの。政権が倒れるような物を手放す。これ、要注意やで)
「そうか。それで、いつ物を持っていくん」
「明日でどうだろう。明日、レインを引き取りに行こう。南門で待っていてくれ」
翌日、商隊に偽装したフルカンと十名の城の兵隊がやってきた。
おっちゃんは砂漠を途中まで進むと、足を止めた。
「フルカンはん、『スレイマンの壺』を見せて。取引前に確認したい事実があるんよ」
フルカンが持っていた包みを解きに掛かる。
おっちゃんが城の兵士をそれとなく観察する。身分の高い兵士の一人が微かに動揺しているのがわかった。
フルカンが梱包を解いて、長さ五十㎝ほどの銀色の壺を取り出した。
おっちゃんは一目見て粗悪な偽物だと理解した。
(こんなんで騙せる存在は素人だけやで。見る人間が見れば、一目でわかる。これ、やっすい、パチもんやね)
おっちゃんはダンジョン暮らしが長く、この手の封印系のアイテムをいっぱい見てきた。なので、本物か偽物か、価値があるのか、ないのか、鑑定眼が備わっていた。
蓋を確認すると、魔法で蓋が閉じられていた。おっちゃんは『開錠』の魔法で蓋を開けた。
「おい」とフルカンが気にするのも構わず、蓋を開けた。
壺を逆さにして振った。何も出てこなかった。
「ふん」と、おっちゃんは口にすると、壺を投げ捨てた。
「取引の現場に偽物を持っていこうとするって、どういうつもりや。そんな信義を欠く行動を取ったら、相手が怒るで。本物の『スレイマンの壺』を渡すか、レインを諦めることや」
フルカンが慌てて、身分の高い兵士の一人に確認する。
「『スレイマンの壺』が偽物だって、どういうことだ」
(フルカンの反応に偽りはなさそうやな。だが、一兵士の決断でできる決断やない。上層部の判断やな。フルカンはユーミットを買っていたようやけど、バサラカンドの未来は、あまり期待できんな)
身分の高い兵士が武器を抜いて答えた。
「お二方の身柄を拘束させていただきます」
身分の高い兵士が武器を抜くと、他の九名も武器を抜いた。
フルカンも武器に手を掛けたので、おっちゃんは忠告する。
「フルカンはん、やめとき。たとえここで十人を斬ったところで、どうにもなるもんやない。後味が悪いだけやで」
おっちゃんは武器を捨てた。フルカンは少し躊躇ったが、武器を捨てた。
そこで、おっちゃんは警告した。
「ただ、これだけは言うておく。ここで偽物を渡そうとしたら、後日『スレイマンの壺』以上に高い代償をバサラカンドは払う事態になるで」
兵士たちは、おっちゃんとフルカンを連れて城に戻った。
おっちゃんとフルカンは牢獄に連れて行かれ、二人は壁で隔てた隣の牢に入れられた。
人がいなくなると、フルカンは謝った。
「すまない。おっちゃん。まさか、こんな事態になるとは思わなかった」
おっちゃんは牢の床に座って答える。
「ここまでされたら、ええよ、とは言えんな。おっちゃんたちを牢に入れて対応を変えるなら、まだこの領地に未来はある。でも、この愚策を続行するならこの街に未来はない」