第百五夜 おっちゃんと人質交換(前編)
数日後、おっちゃんは冒険者の酒場で飲んでいた。ゼイネプが逮捕された情報は、すぐに街中で話題になった。暗殺事件の黒幕が捕まったこともあり、街は平穏を取り戻しつつあった。
お城の警備の仕事はなくなり、冒険者はまた冒険者ギルドに戻ってきた。
冒険者の噂話が聞こえてきた。
「以前、レインと名乗る魔術師がいただろう。そのレインを見た冒険者がいるぜ」
「レインは『黄金の宮殿』にいるらしいな。『無能王アイゼン』とハイネルンが組んでいるとすれば脅威だな。戦争になるのか」
おっちゃんは黙って噂を聞いていた。
(アホな内容を話しよる。人間国家のハイネルンとダンジョン・マスターの『無能王アイゼン』が手を取り合うなんて、考え辛い。同盟を組んだとしても『無能王のアイゼン』にメリットがない)
エミネがお尋ね者の掲示板に依頼票を貼った。
依頼人はユーミットで、対象はレイン。生きて捕えれば金貨千枚。死亡の場合は金貨五十枚となっていた。
(これまた、信じられんほど高額な報酬やな)
誰もが掲示板を見た。積極的にレインの情報を知ろうとする者もいた。されど、大半の冒険者は、消極的だった。
二週間が経つが、レインを捕まえた者はいなかった。
(当然やね。『黄金の宮殿』は広い。レインが捕まるどころか、見た情報もさっぱりや。きっとレインがいるにしても、奥深い場所にいるで)
ケバブ片手に飲んでいると、フルカンが現れ、おっちゃんを密談スペースに誘う。
おっちゃんとフルカンは密談スペースに行った。フルカンが柔和な顔をして、気さくな調子で告げる。
「おっちゃん、そんな嫌な顔をしないでくれよ」
「嫌な顔の一つもしたなるよ。だって、フルカンはんが来るときって、面倒な仕事ばかり頼むんやもん。前に釘を刺したよね、前回で助けるの最後や、って」
フルカンが曖昧な笑顔を浮かべて、はぐらかした。
「そこは、それだ、人生色々ある。晴天の時もあれば、砂嵐が吹く時もある。全ては神の御意思だ」
「都合の良い、セリフやな」
「おっちゃんは以前にドミニクを魔物の手から交渉で救い出した経験があったよな」
フルカンから視線を逸らす。
「そんな仕事したかな。おっちゃんは最近、年のせいか記憶力が落ちてきた」
フルカンが困った顔で頼んだ。
「そう言わないでくれよ。ドミニクの時みたいにレインを『黄金の宮殿』から引き取ってきて欲しいんだ」
「また、面倒な仕事を頼みよる。レインなんて、諦めたらええんちゃうの。ほっときゃええやん。レインを捕まえたかて、ハガンは生き返らんよ。生き返っても困るけど」
フルカンが難しい顔をする。
「そうもいかない。レインは前領主ハガン殺害の容疑者だ。もしかしたら、ハイネルンの間者かもしれない。だから、捕まえたい」
「ユーミットが命令しているの? 名君だと褒めていたけど、あまりレインに拘る態度は賢くないと思うよ」
フルカンが渋い顔をして告げる。
「ユーミット閣下は拘っていない。拘っている人間は、ユーミット閣下の母方の叔父で大臣の、マフズだ。マフズは手柄が欲しいらしい」
「だったら、マフズが自分で『黄金の宮殿』」に行けばええやないの」
「マフズは号令を掛ける行為が好きな人間だ。だが、実行は下手だ。金に執着しない態度はいいが、思いつきで人を振り回す。それでいて、思い込みは激しい」
「困った御偉いさんやな」
フルカンが険しい顔で苦々しく発言した。
「マフズは国の金を使って『月下の刃』に命じて、問題を解決しようとするだろう。『月下の刃』は暗殺、防諜は得意だが、冒険者じゃない。『黄金の宮殿』に行けば全滅しかねない」
フルカンの想像は当っていると思った。
「全滅はあるね。ダンジョンは初見殺しとかあるしね。プロの上級冒険者でも死ぬ時は死ぬのがダンジョンやし」
フルカンが困った顔で丁寧な口調で口説く。
「だから、おっちゃんにレインの身柄を買ってきてもらいたい。もちろん、報酬は払う」
「まあ、聞くだけなら、ただやから、やってもええよ。でも、手柄は、ちゃんと北方賢者さんのものにしてよ。上手くいっても、おっちゃんの手柄やないからね。そこは間違えんといてね」
「ありがとう、おっちゃん」
グラニに会いにサドン村に行った。グラニが愛想よく歓迎してくれた。
「グラニはん、近々、『黄金の宮殿』に行く用事、ない? ちと、レインいう人間の身柄の引き渡しについて交渉に行きたいんよ」
「これから没薬を納品しに行くところだが、一緒に行くか」
「便乗させてください」
おっちゃんはグラニが開いたマジック・ポータルを潜って『黄金の宮殿』に出た。出た先は、取引所のカウンターの前だった。
カウンターの中にいる女性の蠍人に、グラニがおっちゃんを紹介する。
おっちゃんは挨拶した。
「わいは、おっちゃんと言います。ちと今日は買いたい物があったグラニはんに同行させてもらいました。レイン言う人間の身柄を、売ってもらえませんやろうか」
「ちょっと待ってください」と女性の蠍人は口にすると、カウンターの奥に入っていった。
三分ほど待った。杖を持った女性の蠍人が現れた。
「おっちゃんは、こっちに来てください『アイゼン』陛下がお待ちです」
女性の蠍人はマジック・ポータルを開いた。
おっちゃんはマジック・ポータルを潜った。