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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バサラカンド編
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第百四夜 おっちゃんと暗殺者

 おっちゃんは冒険者がよく利用する冒険者の店に買い物に行った。強力な毒消し用のポーションを購入するためだった。


 掌に収まるサイズの高級毒消しポーションが売られていた。値段は二個セットで金貨七十二枚と、べらぼうに値が張った。


 実におっちゃんの所持金の九割にも達した。おっちゃんは老店主に聞く。

「マスター、これどれくらい効くん?」


 老店主が誇らしげに商品を説明する。

「それは、エルドラカンドの教皇庁お墨付きの品だよ。本来は、沼ヒドラを相手にするための品さ。飲めばたちどころに毒が消えて、しばらく毒に耐性が付く。『黄金の宮殿』に行くならもうワンランク下のでもいいと思うよ」


 沼ヒドラといえば、地上最強の毒を持つモンスターとして呼び声が高い。

(沼ヒドラの毒を消せるなら、問題ないやろう。毒に用心するに越したことない)


 おっちゃんは高級毒消しポーションを二個購入し、冒険者ギルドに行ってエミネを呼ぶ。

「エミネはん、宮殿の警備の仕事やるでー、紹介状ちょうだい」


 エミネが心配そうな顔をした。

「勧めておいてなんだけど、本当にやるの」

「うん、気が変わったんよ」


 エミネから紹介状を貰った。城にある兵士の詰所に行った。

 しばらく待たされるとフルカンがやって来た。フルカンは形だけの面接をして、おっちゃんを連れて王宮の奥へと向かった。


 王宮の奥には二百畳ほどの広さのある広間があった。広間には曲刀を腰に()いて三十人の屈強な男たちが警備していた。使用人も二十人ほどが控えている。

 広間には数々の煌びやかな調度品が並び、中央には大きな机と豪華なイスがあった。


 イスには線の細い気の弱そうな、二十歳になるかならないかの青年が座っていた。青年の髪は黒く、肌は褐色の肌をしていた。白のガンドーラを着て茶の肩掛けをしていた。頭には白のクーフィーヤ帽子を被り、黒い紐上のガカールを身に着けていた。ユーミットだと思った。


 フルカンがユーミットに、おっちゃんを紹介する。

「こちらは、おっちゃんと名乗る冒険者です。北方賢者様の紹介です。今日から警備に加わります。多少、無礼なところはあるかもしれませんが、大目に見てやってください。腕は確かです」


 おっちゃんは頭を下げて挨拶した。

「おっちゃん、いいます。よろしゅうお願いします」


「変わった名前だな。異国人でも問題はない。余が信頼するフルカンの推挙なら、間違いあるまい。よろしく頼むぞ、おっちゃん」


 ユーミットは執務が滞っているのか、すぐに机に向かい合い、仕事を再開した。


 おっちゃんは適当に部屋にあったソファーで(くつろ)ぐ。おっちゃんの態度が気に障ったのか、眉を吊り上げる兵士がいた。渋い顔をする使用人もいた。だが、おっちゃんは気にしなかった。


 ユーミットは、まるで客人のような態度を取るおっちゃんを(うと)んだりはしなかった。

 無礼な態度を取るおっちゃんに対する反応から、兵士と使用人のユーミットへの忠誠心を計っていた。


 おっちゃんはトイレ以外、ユーミットが行く場所全てに従いていった。

 小さい時から警備が従いてくる状況にあったユーミットは気にした様子はなかった。


 使用人と兵士の大半は、おっちゃんに疎ましい視線を送ってきた。

(主への忠誠心はあるようやね。兵士が誰も信用できんのは、フルカンはんの考えは考え過ぎやね。あまりに人を疑い過ぎた後遺症やな)


 ユーミットに従いて廻ってわかった。警備は外からの備えに対しては万全だった。だが、内の人間には甘いものがあった。


 ユーミットに近づく人間は、たいていが二人の兵士からボディ・チェックを受ける。使用人も、同じだった。されど、女性の使用人は同じ女性の使用人が一人でチェックをしていた。


(これは、女性の使用人のチェックが甘いな。女性使用人を兵士と同じようにチェックせんと、あかんて)


 おっちゃんは女性の使用人に警戒した。女性の使用人の横を通り過ぎるときに、尻から腰にかけて軽く触った。女性の使用人はきつい視線を向けてくる。


 おっちゃんは気にせず、触れる時はいつも触った。女性の使用人から「セクハラ・オヤジ」と陰口を叩かれたが、気にせず触った。ユーミットは忙しいのか、おっちゃんの行為に気に留めなかった。


 二人だけ明らかに筋肉のつき方が違う女性がいるのに気が付いた。ファトマとイレムだった。

(軽い仕事しかしない女性の筋肉やない。鍛えられた筋肉や。女性の中に護衛人がいるかもしれんが、おっちゃんは聞いてない。要注意やで)


 おっちゃんは、ファトマとイレムを直接に注視するような行為はしなかった。ただ、ファトマとイレムの位置関係と足音に注意した。


 三日後、ソファーで横になっていると、ファトマが大広間に飲み物を持って入ってきた。確認すると、ファトマのボディ・チェックをする役がイレムだった。


 おっちゃんは、ダンジョンで二十年以上モンスターをやっていて身についた特技がある。冒険者の足音で、冒険者の心理状態がある程度わかった。


 警戒、慢心、恐怖、高揚、殺意、用心、平常心、歩く足音に違いがあった。雑音が多い場所では、使えない。じっと集中できる環境なら発揮できる特技だった。


 ファトマとイレムの足音から殺意と警戒を感じた。


 イレムがファトマのボディ・チェックを終えた時、おっちゃんは大きな声を出した。

「ちょっと待て」


 あまりの声の大きさに、ユーミットが驚き、警備の兵も警戒した。

「怪しいの」と口にして、ファトマとイレムにゆっくり近づく。


 ユーミットから二十歩の距離でファトマとイレムは固まった。

 おっちゃんは、ファトマとイレムの周りを、獣のようにゆっくり廻った。


「兵隊さん、閣下をお守りして」

 おっちゃんの声を聞いた兵士四名が、すぐにユーミットの四方を固める。


 おっちゃんはファトマとイレムを観察した。

 二人の顔には怯えが浮かんでいた。だが、おっちゃんは表情の裏に潜む殺意を感じた。


 ユーミットが戸惑った声を上げる。

「おっちゃん。そこにいるファトマとイレムは、怪しい人物ではない。昔から宮殿に仕えていてくれた使用人じゃ。心配ない」


「そうでっか」と、おっちゃんは軽い調子で声を出して、ユーミットに顔を向けた。

 次の瞬間、おっちゃんは殺気を乗せてファトマに切りかかった。


 咄嗟にファトマが持っていたトレイでおっちゃんの一撃を防いだ。


 ユーミットが慌てて声を上げる。

「何をするんだ。おっちゃん。すぐにおっちゃんを取り押さえよ」


 十名の警備の兵士がすぐにユーミットの廻りに集まり、円陣を組む。残りの警備の兵士が出入り口を塞いだ。

 おっちゃんを取り押さえる人間はいなかった。


 状況を理解していないユーミットが叫ぶ。

「何をしている。おっちゃんを取り押さえるのだ」


 警備の兵士が緊迫した声で状況を説明する。

「閣下、先のファトマの動き、一介の使用人の動きではございません」


 警備の兵士の一人が緊急事態を告げる笛を吹いた。

 笛の音が宮殿に響き渡った。


「もう、暗殺は無理や、諦めて投降しいや」


 ファトマとイレムが隠し持っていた短剣を抜いた。短剣には緑色に光っていた。

 短剣には毒が塗られていた。おっちゃんは油断なく剣を構えた。


 ファトマがイレムと向かい合う。

(自害する気か)


 おっちゃんはイレムの腕に鋭い突きを放った。

 ファトマがイレムに、イレムがファトマに短剣を振るった。


 イレムの首筋にファトマの短剣が刺さった。

 おっちゃんの剣がイレムの腕に刺さる。イレムの短剣が落ちる。


 イレムの短剣はファトマに刺さる事態にはならなかった。

 入口にいた警備の兵士の一人が駆けて来た。警備の兵士はファトマに跳び掛かった。


 警備の兵士はファトマから短剣を奪った。

 おっちゃんはイレムの容態を確認する。イレムは、すでに息絶えていた。


 生き残ったファトマは警備の兵士に連れて行かれた。


 夕方にはフルカンが報告に大広間にやってきて報告をした。

「閣下、暗殺事件の黒幕がわかりました。義母上の、ゼイネプです」


 ユーミットが驚きの表情を浮かべる。

「そんな、義母上が私を殺そうとしたのか」


「間違いありません、ゼイネプはハイネルンの軍師ユダと通じています。一連の暗殺事件はハイネルンの影があります」


 フルカンが険しい顔で書類をユーミットの前に置いた。

「ゼイネプの逮捕の許可証です。サインをお願いします」


 ユーミットは泣きそうな顔をしたが、震える手でサインをした。

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