第百三夜 おっちゃんと不審な死
おっちゃんが『百年花』をフルカンに渡した三日後。ハガンが死んだ。
「レインの薬を飲んだせいで死んだ」「レインは実は暗殺者だった」「ハガンは殺された」など様々な憶測が飛んだ。
真相はわからない。だが、ハガンの死を悼む人間は少なかった。
ハガンの喪が明けない内に、五十五歳になるハガンの長男と五十三歳になるハガンの次男が相次いで亡くなった。それほど時間を置かず、六十八歳になるハガンの弟も亡くなった。
四週間も経過しないうちに、ハガンの家の者が四人亡くなった。
これには街の人間も驚いた。
「ハガンの家は家族で殺し合った」「『エンシェント・マスター・マミー』の呪いだ」「レインが姿を消した。レインは他国の間者だった」等々の噂が街を駆け巡った。
次は誰が領主になるのかと、街の人間は心配していた。
ハガンの家では色々あったが、街は平和だった。商いも活発になり、砂嵐が多発する頃も経過した。エールの値段も銅貨四十枚まで下がり、水は銅貨五枚まで下がった。
ドミニクは水売りの商売を止め、今は値段が安定したエールで商売をしていた。
冒険者は『黄金の宮殿』に出向き、戦利品を買い取りカウンターに並べ交渉に勤しむ。
「平和やなー」と、おっちゃんは今日もエールを片手に香辛料が利いたケバブを食べていた。
日課になっている依頼掲示板の確認に行った。
宮殿の護衛の仕事が来ていた。募集人数も五十人と多かった。
(珍しいな。冒険者に宮殿のような重要施設の警備の仕事を依頼するなんて。なんぞわけでもあるんかの)
おっちゃんはエミネに話を聞いた。エミナが普通に教えてくれた。
「一週間後にユーミット殿下の即位式があるのよ。それで、即位式の前後で警備の人間を増やしたいって話なの。ほら、他の都市から要人が来たら、そっちも警護もしなくちゃならないでしょ」
ユーミットの名前だけは聞いた覚えがあった。ハガンの孫に当る人物だった。
「次の領主はユーミットはんか。でも、即位式ってあんの? なんか、あんまり話題になってないようやけど」
エミネが淡々と話した。
「即位式は一般に公開されないわ。それに、祖父、父親、叔父が亡くなって四十日の喪が明けていないわ。だから、盛大に祝えないのよ」
「ほんなら、即位式を延期して、喪が明けてからやればええんちゃうの」
「お城の事情もあって、早くに即位式をやりたいみたいよ」
(なんや、きな臭いな。早くに内外に後継者がおる情報を伝えて、公式の事実にせんとまずい事情がある気がする。権力者も辛いの)
即位式には知り合いが来る可能性もあった。おっちゃんは即位式の前後をグラニのいるサドン村で過ごした。
サドン村から帰ってくると、冒険者ギルドから人が少なくなっている気がした。
(なんや、人が少ないようやな。なんぞ、外に美味い仕事でもできたんか)
依頼掲示板を確認する。おっちゃんが出掛ける前とあまり変わりがなかった。王宮警備の仕事も、貼ってあった。
「なんや、古い依頼票が貼ったままになっているで。剥がすのを忘れたんか。しっかりもののエミネはんの仕事にしては、珍しいな」
おっちゃんは親切心からエミネに教えた。すると、エミネが浮かない顔で教えてくれた。
「剥がし忘れじゃないわよ。まだ、募集が続いているのよ」
「なんで、即位式が終わったやん」
エミネが訳あり顔で、声を潜めて教えてくれた。
「それがね、公にできないんだけど、即位式でバタバタ警備の人間が死んだのよ。冒険者も十名も帰らぬ人になったわ」
衝撃の事実だった。
「安全な街中で? 宮殿で十人も亡くなるって、異常やね。下手したら、ダンジョン以上に生還率が悪いやん。宮殿には魔物でも棲んでるん」
エミネが深刻な顔で内情を語った。
「原因は暗殺未遂よ。警備に参加した人間の話では。もう、誰が誰を狙っているかわからない状況らしいわよ」
「なんや、怖っそろしい状況になっているの」
「それで、警備の人間をユーミット閣下の廻りに手厚くしたいから、比較的重要でない場所は冒険者に任せたいらしいの。でもね、十人も亡くなった後だから、なり手がいないのよ」
(冒険者の気持ちはわかる。モンスターや罠なら、どうとでも対処できる。だが、政治や陰謀のような面倒臭い話には、首を突っ込みたくない。逃げるなら街から出る仕事を請けるのが一番や)
エミネが真面目な顔をして尋ねてきた。
「おっちゃん、王宮の警備をやってみる?」
「ない。それは、ない。今の話の流れからしたら、絶対ない」と断言した。
おっちゃんは風呂に入って、エールを飲んでいた。
フルカンがやって来て、浮かない顔で依頼してきた。
「ちょっと仕事の話をしたいんだけど、いいか」
「よくない。どうせ、おっちゃんに利益がない、碌でもない話やろう」
フルカンが渋い顔をして、投げやりに口にした。
「わかっているなら、かえって話し易い。こっちに来てくれ。碌でもない話をしよう」
フルカンはすたすたと密談スペースに歩いていった。
おっちゃんは渋々と密談スペースに移動した。
「実はおっちゃんに警備の仕事を頼みたい。ユーミット閣下の身辺警護だ」
「うわ、これ、来たよ。今、一番やりたくない仕事やん」
フルカンが冗談ぽく言うが、目は笑っていなかった
「そう言ってもらえるってことは、現状を理解しているってことなんだな。嬉しいよ」
「おっちゃんは嬉しくない。おっちゃんは身内のドロドロの殺し合いなんて、関わり合いになりたくないよ。いつ終わるか、わからんやん」
フルカンが姿勢を正し、真剣な口調で語った。
「実は『月下の刃』で内偵を続けて、首謀者をほぼ特定した。ただ、証拠を掴むまで、まだ少し時間が掛かる。だが、ユーミット殿下暗殺はここ数日で行われる可能性が高い」
「わかっておるなら、兵隊や『月下の刃』メンバーで守ったらええやん」
フルカンが険しい顔で断じた。
「ダメだ。兵隊は信用できない。『月下の刃』のメンバーですら怪しい。一番信頼できる人間がおっちゃんなんだ。おっちゃんが警備に参加してくれれば、ユーミット閣下の身辺警護に着けるように手配する」
「なんで、そんなにおっちゃんを一押しなの。おっちゃんは、しがない、しょぼくれ中年冒険者やで。そんな偉い人の警備なんて、できんよ」
フルカンが真摯な顔をする。フルカンの声には使命が滲んでいた。
「頼む、おっちゃん。ユーミット閣下は、ハガンとは違う聡明なお方だ。ここで、ユーミット殿下を失えば、バサラカンドに悪政が復活する。悪政はイブリルなんかより、よっぽど怖い。バサラカンドを悪政から守ってくれ」
ハガンのような領主が出れば、エミネやドミニクのような街の人間が苦しむ。政治に直接に係わって良くする仕事は、おっちゃんにはできない。
だが、悪くなる前の予防ならできる。今回が、その時だ。ハガンのような領主が復活してから後悔しても遅い。
「わかった、今回だけやで。もう、頼む、頼む、言われても、動かんからね。今回が最後やからね」




