第百一夜 おっちゃんと八百長
おっちゃんは以前に『ガルダマル教団』討伐に参加して戻ってきた冒険者を探し当てた。冒険者に『ガルダマル教団』の本拠地を聞いた。
馬なら一日で往復できる距離にあった。貯めておいた金貨を掻き集めて財布に入れた。
厩舎で馬を借りて馬を飛ばした。
砂漠の中に存在する高さ五十m、周囲五㎞の岩山を刳り抜いて作られた寺院が『ガルダマル教団』の本拠地との話だった。おっちゃんは馬を繋いでから近くまで行った。
仮面を着けて曲刀を持った男が砂山から飛び出してきた。
(砂山は魔法で作った幻やな。敵は一人ではない)
おっちゃんは攻撃を避けて、両手を挙げた。
「待ってください。敵と違いますよ」
男は無言で曲刀を構えていたが、攻撃はしてこなかった。
「わいは、おっちゃんと言います。『暁の狩人』がここを攻める情報を持ってきました。アフメト老師にお取次ぎをお願いします」
別の砂山から、仮面を着けて杖を持ち、ドラフ色のローブを着た男が現れた。
ローブの男は『嘘発見』の魔法を唱えた。
「もう一度、今の言葉を言ってみろ」
おっちゃんは同じ言葉をもう一度、繰り返し最後に付け加える。
「アフメト師とは初対面でありません。『黄金の宮殿』で『アイゼン』陛下の朝食会で一緒になりました。きっと、おっちゃんの顔を覚えていると思います」
ローブの男が曲刀の男に近づき、何かを囁いた。曲刀の男は武器を降ろした。
「武器を渡して、従いてこい」とローブの男が命令した。
おっちゃんは武器を曲刀の男に渡して、寺院の入口に来た。
寺院の入口の上には高さ十二mの四本の腕を持つ、鬼のような怪物のレリーフがあった。
おっちゃんが怪物のレリーフを見上げていると、ローブの男から目隠しを渡された。
入口で目隠しをして、誰かに手を引かれて、奥へと進んだ。
どこで香を焚いているのか、没薬の甘い香がした。
(この香は、記憶にあるで。以前に箱を盗んだ子供のマントからした匂いや。あの子供は、この寺院の子供やったんか)
二十分ほど進んだ場所で目隠しを外した。目の前にドアがあり、ローブの男がドアを開けた。
ドアの向こうはイスとテーブルしかない小さな部屋だった。椅子には『無能王アイゼン』のところで見たアフメトがいた。
アフメトは朝食会の時と同様に真っ黒いローブを着ていた。顔の上半分には緑色の三つ目がある髑髏の仮面をしていた。
「こんにちは、アフメトはん。『アイゼン』陛下の朝食会の時以来ですな。今日は相談があって来ました。お互いに利益になる話です」
アフメトは、おっちゃんに椅子を勧めた。
おっちゃんは椅子に座った。背後に曲刀の男と、ローブの男が油断なく立った。
おっちゃんは気にせず話した。
「『暁の狩人』がここを攻めるように領主のハガンから命令されています。ただ、『暁の狩人』の団長カリムは、そんな仕事をしたくない、言うとります」
アフメトは、さばさばといった態度で尋ねる。
「それで、私にどうしろと。『暁の狩人』に討たれろ? あるいは、『暁の狩人』を殲滅しろと?」
「そんな、物騒な仕事はしなくてええ。よかったら、八百長しませんか?」
アフメトは興味をある口調で尋ねた。
「八百長か。確かに悪い話ではなさそうだな。具体的にはどうする」
「まず、『暁の狩人』が到着したら戦っている振りをさせます。そうして、夜になったら夜襲名目で寺院に突撃します。実際は夜間に寺院に逃げこむ言うわけですわ。逃げ込んできたら。匿ってやって欲しいんです」
アフメトは楽しそうに発言する。
「なるほど、それで八百長か。お主も、悪よのう。おっちゃん。だが、そういう話は嫌いではない」
「もちろん、匿ってもらうわけですから、飯代と宿代は出します。一人当たり銀貨二十枚でどうでっしゃろ。で三十人いますから、一日で金貨六枚になります」
アフメトが顎に手をやり、思案する仕草を取る。
「話は理解した。領主のハガンの犠牲者なら救ってやりたい。だが、信用できるのかな、そのカリムという男。家に入れたはいいが、居直って襲ってきたでは、こちらが困る」
「カリムの話の裏は取っています。おっちゃんも、信用できると思います」
アフメトはアッサリと決断した。
「いいだろう。おっちゃんの話に乗ろう。私もハガンは嫌いだ。今回は敵の敵は味方と考えよう。ただ、次は、どうかわからないがな」
(やったで、八百長成立や)
「ありがとうございます。ほな、さっそく前金を払いますわ」
おっちゃんは八日分の食事代と宿代として金貨四十八枚を払い、寺院を後にした。
馬を飛ばして冒険者の店に戻りカリムを待っていた。不安げな顔のカリムがやって来た。
「ほな、行こうか」と密談スペースに移動した。
「カリムはん、安心してや。北方賢者さんが『ガルダマル教団』に話を付けてくれたで。八百長成立や。『暁の狩人』は攻める振りだけすればよろしい。そんで夜になったら、夜襲や、と叫んで寺院に逃げ込んで」
カリムが首を僅かに斜に構えた。懐疑的な声で確認する。
「敵の懐に飛び込むのか?」
「そうや、あとは契約期間が切れるまで寺院で捕虜になっていればええ。寺院で過ごしたあと、バサラカンドに戻れんようなら、ちときついが、北上してシバルツカンドまで出たら済む話や。『暁の狩人』なら、道は険しいがシバルツカンドまで行けるやろう」
カリムが眉間に皺を寄せる。カリムが慎重な口ぶりで尋ねた。
「『ガルダマル教団』は危険な奴らと聞く。本当に敵の寺院に飛び込んで大丈夫なんだろうな。後ろから、ぶすりは、ないだろうな」
「武器を抜いて飛び込んだら、あかんよ。あと、詳しい話は現地で斥候や矢文やらで、連絡を取って、詰めたらええ。相手の最高指導者とは話が付いているんや。拗れる展開はない。イブリル相手にするより、よっぽど安全よ。決断して」
カリムが身じろぎしてから、覚悟を決めた調子で決断する。
「そうか、やってみるか」
「あと、宿泊費は一人につき銀貨二十枚やで、おっちゃんが八日分を立て替えて先に払っておいたから、出発前に精算してや」
「わかった」カリムは財布から金貨を出して払った。
二日後、『暁の狩人』は水と食糧を大量に準備して『ガルダマル教団』の寺院に向けて出発した。
明後日の朝に、おっちゃんが食事をしていると、フルカンがやって来て横に席に座った。
「おっちゃん、良いニュースだ。『暁の狩人』が『ガルダマル教団』の寺院に夜襲を掛けて失敗して、全員が捕虜になった。死者は出ていない」
「ほう、そうか。それは大変やな。お城は、どうするんやろうね」
「助けに行く兵は出せない。身代金も払わない。何もしない。そうすれば『ガルダマル教団』が『暁の狩人』を始末すると思っているようだな」
「それは、それは」と、おっちゃんは口にすると、フルカンが「ありがとう」と口にして席を立った。
「いいえ、どういたしまして。でも、無茶振りは今回だけにしてや」
フルカンが軽い調子で明言を避けた。
「その件についてはまたあとで話そう。俺は仕事があるから戻る」
フルカンが機嫌よく席を立って、冒険者の酒場を後にした。