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5.祝福を与えた魔女

本日二話更新です。

 その話を聞いたのは、お師匠様と出会って五年ほど経った時だった。

 当時のお師匠様はすでに王宮に仕えることはやめていた。そもそもなんで老人の姿で出仕していたのかと聞いた時のお師匠様の言葉を僕は忘れない。


『魔女は不死なんじゃよ。何十年かはいいとして、百年以上勤める魔術師なぞ怪しまれぬはずがなかろう? しかも女となれば、まず間違いなく魔女と知れるからのう』


 魔女がどのような姿でも取れること、不死であることを改めて知った時だった。

 だから、王宮へ向かうこともめっきりなくなってきた頃、久々に王宮から呼ばれて行ったお師匠様が帰ってきてすぐ僕を呼んだ。


『新しい姫が生まれた』


 それは喜ばしいことのはずだ。だが、お師匠様の表情は暗かった。


『魔術師の始祖ミストルティの再来と言われるほどの魔力量を持つ娘じゃ』


 王家はミストルティの血を引くと言われている。そのせいか、ごくまれに先祖返り的に強い力を持つ子供が生まれるらしい。

 王家の魔力は王城の守り、ひいては国の守りを強化するのに使われる。後継者争いの火種になることが分かっていながらも多くの子を設ける理由はそこにある。

 姫としてまれれば国の守りの要となる地へ降嫁する。息子として生まれればその地の領主となる。そうやって国の守りを固めてきたのだ。

 そこに加わる娘が強大な魔力を持っているという。喜ばしいことに違いないのに。


『じゃがのう。……魔女の呪いを受けた。ただの呪いではない。……死の呪いじゃ』


 死の呪い。おとぎ話でしばしば描かれる魔女の呪いの中でも最悪にたちが悪い。


『どうにかしろと言われればできなくはない。じゃが、わしが引き受けるわけにいかんしの。……せめてもの祝福を与えておいたわ』


 魔女の与える祝福には運命をも捻じ曲げる力が宿る。死すべき運命の子さえも死を免れる。

 だが、魔女による呪いを捻じ曲げるのは魔女でもたやすいことではないのだとお師匠様は言う。


『十年。……その程度はもつじゃろう。それまでに王女が壊れねばよいがの』


 それが何を示しているのか当時の僕にはわからなかった。

 老人の姿のままのお師匠様は僕の頭に手を載せると目を細めた。


『お前はいくつになった』


 十を超えました、と答えると、お師匠様は目を伏せた。


『そうか。……王女はお前の年になるまでは生き延びるじゃろう。そう祝福を授けた。が、そのあとまではわしの力は及ばん。あの魔女の出方次第じゃがの……』


 僕も目を伏せた。

 僕と同じ年になったとき、姫は死ぬのだろうか。死の呪いというものがどういうものかわからない。すぐ死をもたらすものなのか、そうでないのか。

 だが、死がその身を離さないのならば。

 明日を思うことすら絶望につながるのだろうか。

 夢や希望すら抱くこともなく、死に赴くのだろうか。


『お師匠様。僕は、何かお役に立てますか――?』


 それは自分で口にしたものだったのか、お師匠様の心を汲んでのことだったのか。今もわからない。

 顔も見たことのない、生まれたばかりの王女のためではなかっただろう。

 お師匠様がめったにないほほえみを浮かべたのを今も覚えている。


『辛い修行となるぞ』


 望むところです、と答えた僕はずいぶん生意気だったろう。

 日常が変わった。

 文字を覚え、魔法陣を書く。

 今まで使っていたものとは違う、古代神聖文字や精霊文字。魔女の使う闇文字や鏡文字。それらを使った魔法陣のほうが効率が良いことも教わった。詠唱の言葉も、響きもすべてが魔法の質に影響する。

 鍛錬を行うことも積極的になった。

 魔力が尽きてぶっ倒れることもあった。体力が切れて寝落ちすることも増えた。

 お師匠様から学ぶことは際限がなかった。

 一つのことを覚えるのに長い時間をかけてはいられなかった。一年、二年と時だけは進み、自分はまだ足踏みをしている。そのことが焦りを産んでいたことも、当時の僕にはわかっていた。

 わかっていて、でもどうしようもなくて足掻き続けた。

 笑うことも泣くことも忘れた。

 十五になり、身長がお師匠様を超える頃になると、宮廷でのマナーを叩き込まれた。

 五歳までは伯爵家の嫡子として扱われてきたのだ。十年ぶりに使うその知識がまださびていなかったことには感謝した。

 大して苦労せずその言葉遣いやマナーを取り戻した僕は、師匠から告げられた言葉にもさほど動揺しなかった。


『お前は今年から王立魔術学院に入れ』


 マナーのおさらいを始めた頃からうすうす感じていた。でも、お師匠様から学ぶべきことはまだまだ山積みで、僕はお師匠様の期待のほんの一部しか達せられていない。

 僕が渋るだろうことはお師匠様も想定済みだったのだろう。


『お前はわしの推薦で高等部からの特別編入となる。その分、他の生徒たちのやっかみも覚悟せい。じゃが、その程度は軽くはねのけて見せよ。……お前が本当に王女のために役に立とうと思うなら』


 五年も経って、忘れかけていたその言葉が、師匠から僕に贈られた出立の言祝ぎだった。

 十五歳。

 姫はもう五歳になった。

 お師匠様の話では、すでに精霊との契約を済ませ、魔術師としての英才教育中らしい。王都の守りの一部を担っているとも聞いた。

 老人姿のお師匠様は、僕の頭に手をのせた。


『わしはお前が学院を卒業するころまではこのまま後ろ盾でいてやるつもりじゃ。後ろ盾がないと王宮には残れぬでの。……そのあとは頑張れるな?』


 学院は順調に課程が修了すれば十八の年で卒業となる。王宮付きの魔術師となるならば、力はもちろん、後ろ盾の有無も選出の評価となる。

 大魔術師と言われた老人の後ろ盾があれば、それも通りやすい。だから、それまでは『生きて』おいてやる、と言ってくれているのだ。

 お師匠様の言った十年の期限まで、あと五年。

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