呪われた姫と魔女の弟子

４．告白した魔女の弟子

本日二話投稿しています。前話をお読みでない方はそちらからどうぞ。

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　死の呪いを解除する方法はまだ見つからない。

　一般的に、魔女の呪いはそれを凌駕する魔力で解除することができると言われている。わたしの魔力量であれば、普通の呪いは跳ね返すことが可能だろう。

　でも、死の呪いは種類が違うらしい。――というのも、ほとんど情報が残っていないのだ。

　過去、呪われた人の情報も探してはみたが、記録はあまりない。他の本を探しているところではあるけれど、圧倒的に蔵書量が少ない。

　個人的な書きつけや日記のようなものは王家といえども手に入れることは難しい。方法があるとすれば写本のみで、それもやはり時間がかかる。読ませてもらうこと自体もなかなか応諾してもらえない。

「姫」

　新しく借り受けた本から顔を上げると、クロードは申し訳なさそうに眉根を寄せてわたしを見ていた。

「もう一年だ。……無駄に時間を過ごしたとは言わない。これだけの書物を得られたし、それぞれ写本も作らせた。でも、肝心な情報が見つからない」

「……ええ、わかっているわ」

　本を手に入れるために父上の名前さえ借りた。それでも、必要な情報がどこにあるのかは探しあぐねているのが現状だ。

「……俺の師匠に、助力を求めませんか」

「クロードの、お師匠様……」

　もしその人が何かを知っているならば、助けを請いたいと思う。

　だが、暗くよどんだクロードの雰囲気とその口調に、嫌な予感がした。

「話したことはありませんでしたが、俺の師匠は、古き良き魔女なんです」

　よく悲鳴を上げなかったものだと自分でも思う。

　この一年、わたしはあっという間にクロードを信頼した。クロード以上に信頼を寄せられる人などない。わたしにとって、クロードは唯一の人だったのだ。

　なのに、なぜ。

　魔女の弟子。

　彼は敵と叫ぶわたしの感情に、そんなことはない、と自分の理性が反論する。もしそうなのだとしたら、一年の間、こんなに手助けをしてくれるはずがない、と。

　ぎりぎりと心が痛む。

　見開いた眼からぼろぼろと涙がこぼれてくる。

　クロードはしばらくわたしを見つめていたが、やがて申し訳なさそうに頭を下げた。

「やっぱり無理ですね。……忘れてください。明日からはフィリップが参りますから」

「……え」

　弱弱しく笑みを浮かべたクロードは、まるで泣きそうな顔をしていた。

「今まで騙して申し訳ありませんでした。……俺のことも全部忘れてください」

「なんで……」

　騙した……？　騙したと言ったの？　頭を下げたクロードがとても憎く感じた。

「どういうこと……クロードはわたしを騙していたの？　あの魔女の弟子だというの？」

「違います！　俺はあなたに呪いをかけた魔女の弟子じゃない！」

　わたしの声を遮って、クロードは首を横に振った。

「じゃあ、どう……」

「……俺が魔女の弟子だと、話しませんでした。そんな人間が近くにいるのは嫌でしょう？」

「そんなっ……」

「姫が魔女を憎んでいることはわかっています。魔女の弟子というだけで、俺を信用しないだろうことも。だから言い出せなかった。……でも、一年を無駄に費やさせてしまった。……もっと早く、お師匠様を頼るべきでした」

　魔女と聞けばわたしはかならず拒絶するだろう。それもわかったうえで、クロードは賭けに出たのだと気が付いた。

　もし、教育係としてやってきた当初にクロードが魔女の弟子だと聞いていたなら、間違いなくわたしは彼を拒絶しただろう。たとえそれが伯爵の嫡男だとしても、魔女の弟子は魔女だと、かたくなに拒絶したに違いない。

　でも。

「ええ……魔女は憎い。憎いわ。でもっ……クロードは違う。わたしに死の呪いをかけた人じゃない。……あなたの師匠も」

「もちろんです」

「……怖いの」

　自分の身をかき抱く。

「わたしの体に文様があるのは知ってるわよね。……それが誕生日の朝に、大きくなるの。一年無駄に足掻いたことを嘲笑うように。心臓に届いた日にわたしは死ぬのだと。それを毎年、見せつけられるの」

「姫っ……」

「でも、今年は怖くなかった。クロードが五年の間に必ず方法を見つけるって言ってくれたから。あと四年しかないって思わなくて済んだの。まだ四年あるって思えたの。……なのに、クロードがいなくなったら、わたしっ……」

　あらたに涙があふれた。

　わたしは強くなんかない。一人でなんか立てない。それでも、一人で立たねばならない。強くあらねばならない。……死すらも、悠然と構えて迎えるくらいに、強く。そう思って生きてきた。

　なのに、易々と心の中に入れてしまった。家族よりも大事な人にしてしまった。

　泣き崩れるわたしを、いつの間にか隣に座っていたクロードの腕が抱きこんだ。

「ひどいわ……ここまで信頼させておいて、突き放すなんてっ……」

「すまない、そんなつもりじゃなかったんだ」

　クロードの胸に顔を押し当てる。とめどなくあふれる涙がローブを濡らす。

「俺が魔女の弟子だと聞いた君の反応を見ればわかる。……魔女も、魔女の弟子である俺も、許せないんだろう？」

「魔女なんて大嫌い……でもっ、クロードがいなくなったらっ……もう、耐えられない」

　心の中でどす黒いものが沸き上がるのがわかる。

　彼の腕の中にいるのに、彼がいなくなることを考えるだけで簡単にわたしの心は絶望で塗りつぶされてしまう。

　生まれた時から死の呪いを受けたと聞かされて十年、命の期限を告げられて一年。死の恐怖になんか負けてなどやらないと絶望をはねつけてきたのに。

　こんなにも簡単にわたしの心は壊れるのだということを思い知らされる。

「姫……」

　涙が止まらない。抱きしめてくるクロードの腕がそっと外され、顔を持ち上げられた。戸惑いながらもゆっくり上げた視線の先で、エメラルドの瞳は切なそうに揺れていた。

「ごめん。……こんな時に不謹慎だと思うのに、嬉しくて」

「え……」

「そういう意味じゃないのは分かってる。でも……君に求められたのが嬉しい」

　クロードの顔が近づいてくる。思わず閉じた瞳の上に、柔らかいものが触れる。右目、左目、そして額。

「クロード……」

「気持ち悪いか？　十も年上の俺が……」

「そんなこと……」

　両手でクロードに抱きつくと、わたしの背中に回された腕に力が込められた。

　どきどきと心がはね踊る。

　さっきまで騒いでいたことがどこかへ飛んで行ってしまった。

　クロードが魔女の弟子であったとしても、わたしの教育係で、唯一の人だ。

　わたしの願いを唯一聞いて、必ず叶えると言ってくれた人だ。

　この人を育てた魔女が、悪いはずがない。

　ようやく涙が止まって、顔を少し上げると、すぐそばにクロードの微笑みがあった。

「……わたし、死ぬまでにいくつかやりたいことがあったの」

　クロードの背中に回していた手を外して体を起こすと、少しだけクロードとの間に隙間ができる。両手はクロードのローブをつかんだまま、顔を上げてクロードを見つめた。

　死ぬ、と言ったせいか彼の瞳が悲しげに揺れている。

「その中で絶対叶わないだろうなと思っていたことが……叶ったわ」

「姫？」

「……恋をしてみたかったの」

　はにかむように微笑んで見せると、エメラルドの瞳が目いっぱい見開かれた。それから泣き笑いのような笑みを見せた。

「……俺でいいの？」

　わたしの侍女たちがいたら卒倒していただろうその笑みに、顔を真っ赤にしてうなずいた。

　クロードはそっと額を寄せ、くっつけてくる。わたしの手を握るクロードの手は暖かかった。

「姫……キスをしても？」

　これがただのご機嫌取りでも構わない。十も年下の十一歳ぽっちの呪い持ちの厄介者なんて、好きになってくれる人なんかいない。

　だから、いいの。

　……生き残れなくても、わたしの唯一は彼だから。最初で最後の恋だから。

　そっと上を向いて目を閉じる。

　死ぬまでにやりたかった二番目のことが、叶った。