33 帝との対話で
「この、莫迦者め」
菜月は父にひどく叱られていた。
「せっかく咲いた桜を、一気に散らせてしまう莫迦がいるか? ああ、いたのか。ここに。ここに、約一名。うう、うううっ」
菜月の腕前の検分が終わったあと、座は解散になったので、菜月、リヒトとカズヤは近衛府で控えていたところ、血相を変えた大納言が怒鳴り込んできたのだ。
「すみません……ほんとに」
勢いに乗って、菜月は桜花を派手に舞わせてしまった。少しやり過ぎたかもしれないと思ったときには遅かったのだ。
「でもさ。みーんな、拍手喝采だったよ。別にいいんじゃない? 桜なんて、来年もきっと咲くんだしさ」
大成功を収めたことで、カズヤはすっかりいつもの口調に戻っていた。父・大納言の肩に寄り添ってさえいる。
「寒波以来、咲いた年はなかった。それに、あの桜は特別だ。宮中の、左近の桜だぞ。まったく」
「帝も、たいそうお喜びでした。あたたかい風が吹いたことを実感できて、とても分かりやすかったですよ。外つ国の使者どのも感嘆しておいでで。あれはあれで、よろしかったのではないかと」
リヒトも、カズヤに同意した。菜月は役を果たしたのだ。
「いや、しかし……あれでは、ありがたみが……風情が……」
「いーや。とても、ありがたかったぞ。朕の寿命が延びたな、きっと」
ごくごく普通に自然な感じでさらっと会話に交じってきたのは、こともあろうか話題の人物・帝その人だった。気軽な登場に、一同驚きを隠せない。
「みかど!」
「おやおや。驚かせてしまったね、菜月。だが、よくやった。朕の期待以上だった。外つ国との交渉でも、菜月のあの剣をちらつかせて、有利に働きかけることができる」
帝の不意の出現に、父は泡を吹いている。それもそのはず、ここ近衛府は内裏の中とはいえ、帝本人が来るような場所ではない。
「やかましい蔵人どもと、うるさい女官たちは撒いてきた。いいねえ、気ままに動けるっていうことは」
「だめですよ、側近の人たちを撒いたりなんかしちゃ。今ごろ、顔を真っ青にして行方を捜していますよ。帝は、少年のようですねえ」
カズヤは笑顔を崩さずに言い放った。カズヤらしいけれど、リヒトは隣で慌てふためいている。
「お、おい、カズヤっ。帝に向かって意見かよ、意見っ」
「え? いいでしょ、これぐらい。悪いのは帝だし」
「わ、悪……」
リヒトは二の句が継げなかった。
「いやいや、気さくで結構結構。すぐ戻るというのに、人の話を聞き容れないやつが近くにいるからね。確か、大納言とか言ったような」
「ひいいーっ」
「昼の御座では、話しづらい内容なのだ。少し、外を歩かないか」
準備周到の帝は、懐に沓まで隠し持っていた。大納言は帝の居場所についての報告を入れに行く。
「菜月、帝の護衛を頼むぞ。命に代えてでもお守りしろ」
あまりに急いで歩くものだから、大納言は柱に頭をがつんとぶつけてしまい、冠が曲がってしまった。手で冠の角度を直しながら歩く姿は我が父ながら、なんとも情けない。
菜月たちも沓を履き、近衛府からぞろぞろと歩き出した。少し距離を置いて、近衛府の武官が帝の護衛に当たる。これぐらいは妥協すべきだろう。
先頭を歩くのはカズヤ。帝の隣に、菜月。その後ろにリヒトが続く。内裏の地理に暗いカズヤは、何度も左右をきょろきょろと見回しながら進む。
「次を右」
「そこを左だ」
恐れ多くも、道案内するのは帝自身。
「紹介しておきますね。ふたりは、北の砦の……」
「知っている。リヒトとカズヤだろう。微々たる者だ。本来ならば、朕と話をできる身分ではない」
「よく御存じで。で、でも、身分がなくても、任務に対しては、とても真摯で忠実で、都を守りたいという気持ちは強くて」
菜月はふたりを守ろうと、援護する。
「だいじょうぶだ。分かっている。朕が認めないならば、菜月を北の砦に行かせたりはしなかった。北の砦の仕事ぶりは聞いていた。男だけしかいない職場、ということも含め。だが、菜月にはほんとうの仕事というものを学ばせたかったのだ」
「帝……」
帝はすべてをご存知だった。
「そなたが、風異を破る風を身につけてくれたおかげで、我が国には再び春が訪れるだろう。大いに感謝する。ありがとう、菜月」
「そんな」
実は、まだうまく操作できません……なんて情けない真実、白状できなかった。
「菜月に褒美を授けたい」
「褒美ならば、もういただきました。素晴らしい、極上の御衣をありがとうございました」
「あのような、形だけのものではないわ。朕は。ほんとうに菜月が欲しいものを与えられるぞ」
「私が、ほんとうにほしい……もの?」
菜月は息を飲んだ。
「これから、菜月はどうしたいのだ」




