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30 復活姫君生活

久々の自室は。

 ひそかに出てしまったときのまま、掃除だけが行き届いていた。菜月付きの女房や女童が、無事の帰還を泣いて喜ぶ。菜月は感情の渦の中心に位置しながら、なぜかひどく冷静だった。自分の居場所を、ほかに見つけたからだと思う。

 寒さがゆるんできたせいか、女房たちの装束は以前よりも着込んでいる枚数が少ない。南に面した庭の雪はだいぶ融けている。屋根の雪も落ちているようで、軒からは雫がぽたぽたと雨粒のように止み間なくしたたっている。

「このまま、春が来ればいいですねえ。今年こそ、お花見がしたいものです。桜の花がいとおしい」

 年嵩の女房が言った。大納言邸に引き取られてから母代わりとなり、菜月の世話をしてくれている長い付き合いの女性である。

「ええ、そうね。ほんとうに」

 自分の剣があたたかい風を呼んだ、とは明かさずに曖昧な笑みを返した。

「姫さま。少し見ないうちに、すっかり女性らしくなられましたこと」

「そ、そうかな。装束のせいじゃない?」

 部屋に入るなり、菜月は近衛府の制服から普段着の袿に着替えさせられている。

 どちらかというと、砦では剣を振り回したり、大声で怒鳴ったり、男勝りな日々を送っていたのに今の装束では、まるで貴族の姫君そのものだ。

「入内のお話、とてもよいご縁だと思いますのに、まさかお断りになるのですか。先ほど、北の方さまからお聞きいたしました」

「だって、後宮には姉上さまがいるのよ。行けるわけないじゃない。私は身分も低いし、鄙生まれだし、おまけに剣士なのよ。問題山積みの私をそばに呼んだら、帝まで趣味を疑われてしまう」

「大納言家のためには、いっそ入内するほうがよろしいかと。大姫さまとおふたりで、帝を支えるのです。それに、ここで婚期を逃したら、姫はいっそう剣術一辺倒の女性になってしまいそうですよ」

「いいじゃない、真砂国最強の女剣士。入内より、栄誉あること」

「姫……お考えを直してくださいませ」

「とにかく、入内はお断り。いったん、都に戻ってきたのも、外つ国との外交交渉に参加するだけ。任務が終わったら、北の砦に帰る。父上ったら、あれほど言ったのに」

 先に周囲の意思を固めてしまい、菜月に有無を言わせない作戦かもしれない。結婚を強いて逃げた姫に、再び結婚を言い出すなんて。父は、学習がなさ過ぎる。

「北の砦というところは、男の兵しかいないという話ですが。そのような場所に、結婚前の貴族の姫君ともあろうお方が今後も出入りするなど、前代未聞です」

「だいじょうぶ。皆、節度をわきまえた人たちだもの。例外もいるけど、まずだいじょうぶ! せっかく帰って来たことだし、身の回りの品を運ぼうかな。大きめの鏡とか髪筥とか、女ものがないから。夜具も、自分のものがいいかな」

「姫、入内は女の誉れですぞ。それを蹴るなんて」

「私、たぶん後宮暮らしは向いていないと思う。帝を……好きな人を、ほかの誰かと分け合うなんて、無理。私を愛してくれる人には、私だけを愛してほしいから。さあ、明日は早い! 休むとしますか」

「ひ、姫さま……私の姫さまが……」

 今夜、リヒトとカズヤは別棟の従者部屋で休むという。菜月の客人なのだから、母屋の部屋をとしきりに勧めたけれど、リヒトは丁重に、しかし毅然と断った。『自分たちには身分がない』『未婚の姫君に、よくない噂が立ったら瑕がつく』。そのふたつの理由で、とうとう押し切られてしまった。菜月は当然不満だったけれど、明朝迎えに来るというので渋々承知した。

 邸で、父には会えていない。なんでも、多忙だとのことで、砦から戻ったあとは宮中に留まったままだ。帰邸してもいない。

 ともかく、菜月も明日出仕すれば会えるのだから、それほど心配は要らないだろうけれど、入内話を推進していたら困る、と菜月は思った。入内の意思がないことを、もう一度はっきりと早めに告げなければ。

 自分の部屋とはいえ、久々の空間でよく眠れるのかどうか心配になったが、杞憂に終わった。菜月は夜具にくるまれるとすぐに、いつもの自分の香りに包まれ、すやすやと寝てしまった。


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