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24 砦への帰還後

体調は万全ではなかったけれど、翌朝菜月は北の砦に戻る道を辿った。

 カズヤも夜番明け、リヒトも熟睡できなかった様子。鍛え上げられた最前線の剣士とはいえ、だいぶ疲労をため込んでいる。

 今朝も、好天。まぶしい太陽の光が、雪原を照らしつけている。

「これだけ晴れると、都では雪融け水による洪水が心配だな」

「そうですね。水が、鴨川や桂川に殺到していなければいいのですけど」

 リヒトとカズヤは、都を心配していた。水は貴重だけれども、一気に流れ込んでしまっては災害のもととなり得る。以前から都では、豪雨や梅雨のときには、川の堰があふれて水浸しになることがしばしば起きた。

「私、父に宛てて文を書きます。家出してきた手前、直接会うとなると自信がありませんけれど、文なら書けそうです。母のこと、率直に相談します」

「それがいい。剣のことと併せて、母親のことも書け。次の定期便が数日後に来るはずだから、そのときに出せばいい」

「父は、都の母上さまをとても大切にしていますが、任地で私の母を愛したことも本心からだったと思うのです。今でも、父の心の中には、母がいると私は信じています。そして母も、父を愛したと」

 一歩ずつ、足を前へ前へと進めながら、菜月は呪文のように唱えた。

「母が今でも苦しんでいるならば、助けたいと父は思ってくれるはずです」

「お姫は幸せだね。愛に囲まれて育ったんだね。いいね。羨ましい。俺なんて、母親が父の違う子を次々と生んだから、そんなきれいごとは口が裂けても言えないよ」

 カズヤは菜月の顔を見ずに、さっさと先を歩いた。思ったことをそのまま口に出してしまったけれど、結果カズヤを傷つけてしまっただろうか。

「あいつに悪気はないんだ、俺から謝らせてくれ。カズヤは家族に稀薄だったから、つい非難がましくなってしまうんだ。だから、無条件に庇護してくれる藤原さんにはいつまでも甘えているし、不器用なやつだ」

「私の発言が、カズヤさんの気に障ったなら、早く謝らないと」

 カズヤはどんどん先を進んでいて、その距離は遠くなるばかり。

「構わなくていい。そのくせ、人一倍家族が欲しいんだからな。遊びではなく、あいつに、心底好きな女ができるのを、俺は心待ちにしていたのだが、まさかこんな事態になるとは……いや、なんでもない」

「気になるじゃないですか。なんでもないって、なんですか。話を、途中でやめないでください」

「だから、ことば通りに、なんでもないって。しつこい女はモテないぞ」

「リヒトさんは、カズヤさんの味方なんですね。お付き合いが長いですから、仕方ありませんけど。父によく言っておきます。砦には意地悪な副隊長がいます、って」

「それはやめてくれ。北の砦を罷免されたら、俺には行き場がなくなる」

「都の実務では、女性優位ですからね。私が所属していた近衛府なんて女ばかりの職場ですよ、すっかり」

「らしいな。噂には聞いているが」

「風異を撃退できたら、近衛府と北の砦の面々で、合同の宴をしましょうよ。カズヤさんのお相手、見つかるかもしれませんよ」

「そいつはいい。けどお前、ほんとに鈍感だな。あれだけ迫られているのに……」

「なにか言いました?」

「いや。なにも」

 リヒトと菜月が他愛もない会話に身をゆだねていると、やがて前方に北の砦の姿が見えてきた。往路よりは早かった気がする。足が慣れたのかもしれない。

「あれ、馬がいる?」

 北の砦には、菜月の乗ってきた相楽がいるけれど、今、菜月が目にとらえているのはまったく別の馬、しかも複数だ。

「客人か」

 リヒトも首を傾げた。そしてふと、思い当たる。

「こっちは定期便の物資だな。ということは、定期便が数日早く到着したということか。とりあえず、中に入ろう。ここでは憶測することしかできない」

「はい」

 これが定期便ならば、引き継ぎの任務があるはずだ。手順を覚えたいし、早く父への手紙を書いて使者に預けなければ。ひと息つく暇もなさそうだった。

 ふたりは革靴を脱ぎ、装束の汚れを拭ってから、人がいるだろう居間に向かった。ひと足先に到着したカズヤが待ち構えている。着替えも済ませて。

「遅かったね、おふたりさん」

 余裕綽々でカズヤがほほ笑んだ。

「遅かった、じゃないだろうが。お前が先に行っただけだろ。菜月はまだ本調子ではないんだ。こいつに歩調を合わせていただけだ」

 もちろん、リヒトは怒りをあらわにした。

「でも、北の浜で見てきたことは、藤原さんにさっそく報告できましたよ。褒めてくれてもいいと思いますよ」

「それより。なんでこんなに早く、定期便が来ているんだ? 一日二日早いならともかく、まだ五日後ぐらいじゃなかったか」

「本来の予定としては、リヒトさんの指摘通りです。でも、今回は定期便を早めるよう、強硬に指示した人物がいたようです」

 にやりとしたカズヤは、己のことばに含みを持たせた。

「人物?」

「お姫のよく知る人だよ。客人には今、藤原さんが応対しているんだけど。若い女の子が複数だったら、嬉しかったのになあ」

 失礼だと思ったけれど、息を殺した菜月は几帳の綻びから居間を覗いた。どきどきと、胸が高鳴っている。問題の客人を、見たいようで見たくない。藤原隊長の姿が見えた。礼服を身につけ、きちんと冠をかぶっている。面会相手は貴人らしい。

「父上……そんな!」

 大納言の目の下に黒い隈がある。頬がこけ、痩せているようにも見える。懐かしいと思うけれど、菜月は都を出奔するときに父をひどく困らせてしまったのだ。

 胸が痛い。直接顔を合わせるのは、とても気まずい。まだ、会いたくない。決心がつかなくて、菜月は回れ右して自分の部屋に籠ろうと思い直した。

 と、そのとき。

「はいはーい! 大納言家の菜月姫ならば、ここにいますよー!」

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