13 束の間の休息
思わぬ出撃で、疲れ果てた菜月は砦に帰るなり帳台に倒れ込み、ぐうぐうと寝てしまった。そろそろ夕餉にしよう、とリヒトに声をかけられてようやく目を覚ました。居間に向かうと、藤原が待っているだけでカズヤがいない。
「あれ。もしかして、カズヤさんもまだ寝ていらっしゃるのですか。私、起こして来ましょうか」
自分以外にも休みまくっている人がいて、菜月は少々安心した。
「いや。あいつは、夜番だから仮眠も兼ねている。そのうち起きてくるだろう」
「夜番?」
こんな激しい任務の後に、まだ仕事があるなんて。夜番となれば、朝まで起きるだろう大変な仕事だ。
「そうそう。本気でぐうぐう寝ていたのは、菜月ちゃんだけだよ。近衛府の女の子らしくて細いのはいいけど、もっと体力をつけないとね」
「そんな。藤原さんまで」
「子どもみたいにかわいい寝顔だったから、許す許す」
「寝顔……」
藤原にまで見られてしまったのか。菜月は顔が熱くなって、火が出そうだった。
「いやあ、風のせいで菜月ちゃんの頬は、切れて血が出たままだったらかね。寝ている間にちろっと手当をしておいたのさ。軽傷とはいえ、放っておいたら痕が残るおそれもある。女の子だからね、大切にしないと。悪いとは思ったんだけど、起こすのも忍びないし」
「ありがとうございます。治療してくださったんですね」
そっと、菜月は頬をおさえてみる。血が止まり、傷は塞がっていた。
「……藤原さんは、都の官舎に妻子を置いて砦の任務に当たっているから、お前みたいなやつを見ると思い出すこともあるんだろう、なあ藤原さん」
「藤原さんは、既婚者! 妻帯者!」
「そんなに驚かなくてもいいだろうに。なんだか傷つくなあ。ひとり、女の子がいるんだ。名前は珠巳というのだが、これがほんとうに目に入れてもいいほどかわいくて。今度、都に帰ったら会わせよう」
藤原は妻子が恋しいらしく、うっとりと目を細めた。やんちゃなカズヤをたしなめるときも、慈しみに満ちている。きっと、やさしい父親だろう。
「ひとつ言っておくが、リヒトとカズヤは独身だ。心配しないでほしい」
「なんの心配ですか」
「結婚相手に……というのは、図々しいか。なんといっても、菜月ちゃんは大納言家の姫君だからなあ」
「婿になったら、大納言家の財ががっぽり手に入る、ということか。そいつはすごい」
リヒトは笑った。けれど、まったく現実的ではない、という人ごとの顔で。
「もう。おふたりとも、冗談が過ぎます。私は庶子ですので、がっぽりは難しいですよ」
「嫡子とか庶子なんて、関係ないさ。菜月ちゃんの剣筋の真摯さを見れば分かる。多くのよき人たちに囲まれていたことが。さあ、食べるか。寝る前にもうひと仕事残っているし」
先ほどの戦いからそれほど経過していないのに、さっそく次の任務があるとは。北の砦の厳しさをひしひしと感じずにはいられない。
「私にも、なにかお手伝いさせてください。早く、夜番にも加えてください」
菜月は言った。早く、認められたい。もっともっと、役に立ちたい。
「お前は、明日に備えてとっとと寝ろ」
「そう言うな。菜月ちゃん、裁縫は得意か?」
「繕いもの、ですか。普通にできますよ」
「そうか。これまでは、私が趣味も兼ねて受けていたんだが、最近、どうも忙しくて、ためこんでしまっていてな。ぼちぼちでいい、やってくれるか」
「……ならば、俺からは返書の代筆を。次の定期便に乗せたい報告書の清書もあるぞ」
「まずは、風異退治が最大の任務。砦の生活に慣れてきたら、家事もしてもらうぞ。ただし、今日はもう暗い。とにかくすべて、明日から」
「はい。がんばります」
新たなる仕事を命じられ、菜月は俄然やる気を増した。けれど、うまく乗せられてしまったのかもしれない。新任務は明日から。まんまと今夜は、早々に寝ることになった。食べたばかりだったというのに菜月は眠気にあらがえず、部屋で横になるとすぐに寝てしまった。