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12 風異と初対決

「こんなときに。警報だ。出るぞ、お姫さん」

 カズヤの腕の力が緩んだ。ほっとしたけれど、警告音が不安を募らせる。

「この音は?」

「寒波が来る。それに強い」

 菜月は息を飲んだ。カズヤが飛び起きる。素早く外套を羽織り、手袋をはめる。

「待って、カズヤさん」

 あわてて菜月も集合する。急いでいたあまり、あやうく剣を忘れそうになって引き返した。莫迦だな非難しつつも、カズヤは菜月を待ってくれていた。

「遅い!」

 外では、リヒトがいらいらと足を踏み鳴らしていた。

「お姫さんが、もたもたしていたんだよ」

「まあ、いい。急ごう」

 藤原が促す。時間がない。砦の前で迎え撃つことにした。

「私のせいで、遅くなりました。すみません」

 さりげなく菜月を援護してくれた藤原と、明らかに気が立っているリヒトには、謝るべきだろうと思った。だが、リヒトの険しい表情は変わらない。

「昼間っから、カズヤといちゃいちゃしているからだろ。やっぱり、ああいう押しには弱いか」

 リヒトが吐き捨てるように言った。カズヤに密着されていたところを目撃したに違いない。

「見ていたんですか! それなら、助けてくださればよかったのに。カズヤさんの態度には、困っていたんです。剣を手入れしてくれるって言いながら、後ろから羽交い絞めですよ」

「まんざらでもなさそうだったけどな。似合っていたぜ、お前らふたり」

「リヒトさんまで、そんな笑えない冗談」

「カズヤの手の早さにはあきれるが、隙だらけの菜月も悪い。無駄口はここまでだ」

 目が開けられないほどの吹雪だ。菜月は皆の姿を見失わないように進む。こういうときのために、派手な色は嬉しい。白い雪の中でも、三人の背中がよく分かる。

 しっかり足を据えていないと、風でよろめいてしまう。都ではこんなに強い風、しかも雪まじりのものは経験したことがない。すべて、北の砦の三人が防いでくれていたことを思うだけで、胸が熱くなる。

「菜月ちゃんは、リヒトとカズヤの間に入るんだ」

 砦を襲う風に慣れているふたりに挟まれていれば、まだやりやすいだろうとの判断だった。万が一、なにか起きても対処しやすい。

「外の風に比べたら都の風なんか、なまやさしいもんだろ。こいつがほんとうの風だ。真砂国を揺るがしている風の本性さ」

 リヒトは皮肉な笑みを浮かべていた。心のどこかで、風との対決を少し楽しんでいるようだった。

「お姫さん、無理してがんばらなくていいよ。ほどほどで。風に倒されたりでもしたら、こっちが気分悪いからさ。俺が襲えなくなっちゃうほどに、お姫さんがケガでもしたら、もったいないし」

 励ましているのか、莫迦にしているのか、理解に苦しむ声が菜月の耳に届いた。カズヤは相当な天邪鬼だ。

 とにかく、菜月は頷いた。ふたりの、それぞれのことばを噛み締める。剣を構えた。手入れをしたぶん、刃の輝きがいつもよりも鋭い。青の色が澄んでいる。反対側の刃も、深く赤い。

 藤原の掛け声が上がる。

「いくぞ、全員切ってかかれ!」

 号令とともに、リヒトとカズヤが風異に切りつけた。切り、払い、薙ぎ、そして断って鎮める。菜月も加わった。風を返す。また返す。いい切れ味だ。丁寧に手入れをしたからだろう。カズヤに感謝しなければ。

 寒波を知らせる警報が、いっそう大きく鳴る。第二波がやってくるのだろう。菜月はあまり前に出過ぎないように注意しながらも、剣を振った。

 ……もう立てない。

 そう思ってがっくりと膝をついたのは、いつのことか。三人の勇姿に励まされ、くじけそうになる心を何度も奮い立たせる。

 より強い風異は、菜月の両脇を担当するリヒトとカズヤが率先してくれて切っている。菜月は、足もとを掬おうとする低い風や比較的弱い風を相手にする。風異そのものはなんとか凌げるけれど、雪がやっかいだった。頬をかすめるように降る雪は、とても痛い。

「雪まじりの風に、正面から当たるな。息ができなくなるぞ」

 やや横面から切り込むのが得策らしい。さすがに慣れている三人は切り抜け方が巧い。

「横、よこ……?」

「違うよお姫さん、斜めに進むんだよ」

「な、斜め?」

 カズヤが惑わした。菜月は正直に受け取り、混乱する。

「とにかく、真正面では風異に押し負ける。菜月ちゃんは身体が特に軽いからな」

 三人三様、日々風異に当たりながら、体得したものがあるらしい。菜月も、立ち向かって覚えてゆくしかない。

 ああでもない、こうでもない。菜月はあがいた。次第に息が切れてくる。だが、吹雪は強まるばかりで、空もいっそう暗い。もうすぐ日暮れなのだろうか。時の感覚がない。

「あっ」

 とうとう菜月は均衡を崩してしまい、氷と化した雪で滑って転んだ。風にあおられて後ろに吹っ飛んだ。雪の中に埋もれるようになりながら倒れる。

「菜月っ」

 リヒトが菜月の上体を起こしてくれる。背中と腰に痛みが走った。

「ケガはないか」

 身体が動くかどうか、菜月は確認した。なんとか、だいじょうぶそうだ。

「はい。軽く、打っただけです」

「少し休め。この吹雪は、もうしばらく続きそうだ。砦に戻ってもいいぞ」

「でも、私ひとりだけが」

「もともと、いないようなものでしょ。最初から味方の数には入れてないし。落ち着いたらまた参加して。俺たちも、きみを守りながら働くほうが、余計に大変だよ。仕事が増えるだけ」

 カズヤのことばが、風に乗りながら菜月の耳に届く。はっきりと言ってくれるものだ。菜月は無力さを思い知らされた。

 しかし、砦に戻ろうにも周りがまったく見えない。菜月が座り込んでいる位置からもっとも離れている藤原の姿は、菜月の視界にない。離れているといっても、おそらく十歩ほどなのに。『やあ』とか『とう』とか、威勢のいい気合いだけが聞こえてくるから、そこにいることが分かる。

 引くにも引けない。奮い立つこともできない。菜月はリヒトの腕にしがみついた。無駄にしがみつけば、カズヤと藤原にかかる負担が大きくなるのに、菜月はリヒトから離れたくなかった。

「俺の後ろに控えていろ」

 菜月の怯えを察したのか、リヒトが提案した。菜月の襟首をつかんでひきずるようにして、持ち場に戻る。

「なんだ、こっちに戻ってきたの。あーあ。とんだお荷物さんだね、お姫さんは」

 剣を振り上げながら、カズヤがあきれたように非難した。

「こいつは俺が守る。見ているだけでも勉強になるだろう。寒くないか、菜月」

「は、はい。だいじょうぶです」

「絶対に、そばを離れるなよ」

 リヒトの働きには、目を瞠るものがあった。カズヤのような派手さはない。藤原のような勢いもない。鋭く、寡黙な剣だった。

「少し、止んできたようだな」

「止まない風はない、でしょリヒトさん」

「ああ」

 三人が剣を下に向けてほんのしばらく休ませたところへ、突風が起こった。雪粒や氷塊を舞い上げる。竜巻のような激しさだ。一瞬、反応が遅れた。

 もっとも最初に気がついたのは、地にヘたり込んでいた菜月だ。考える暇もなく、自然と身体が動いていた。リヒトの前に歩み出て鞘を放り投げ、両手で剣を握って前に突く。

 とっさに、切れるような風ではないと思った。突けばあるいは効果があるかも、と勘がひらめいたのだ。風に飛ばされそうになる菜月を、両側からリヒトとカズヤが援護した。その三人の背後で、藤原が両手を大きく広げて支えた。

 先ほど打った背中が痛む。菜月は歯を食いしばってこらえた。突風に突き立てられた三本の剣が、風異と力比べをしている。

 そのとき、突風の中から妙な動きをする風が生まれた。腕のようにすっと伸び、菜月を目がけて襲いかかろうとしている。リヒトもカズヤも、剣を動かせない。

「でいやあっ」

 頭上を、藤原の剣が飛んだ。腕のような奇妙な風に向かって。

 藤原の剣に切られた風異は勢いを失い、霧散した。菜月の剣も次第に軽くなる。リヒトとカズヤと力を合わせ、ようやく突風を倒すことができた。

 さすがに、四人とも息を切らしていた。特に菜月は、ぜいぜいと肩で息をしている。上下に揺れる外套が激戦を物語っていた。

「風獣、か」

 額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、リヒトが言った。

「久々の登場だったな。落ちた拍子に、氷に当たって刃がこぼれた。地が凍っていると、だめだな。最近使った中ではけっこう気に入っていた剣なのに、残念」

 剣を拾いながら、藤原も同意する。

「これはひどいですね。ぼろぼろだ」

 カズヤが剣を覗き込んだ。

「ふうじゅう……って、なんですか」

 菜月は尋ねた。

「風の獣。生きているかのごとく、複雑な動きを見せる風異のことさ。ほかにも、雪獣、氷獣がある」

 リヒトは丁寧に答えてくれる。

「ちなみに、名前をつけたのは私だよ」

 藤原は菜月の鞘も拾ってくれた。お礼を述べて受け取る。

「こいつもお前にやろう」

 リヒトが手渡してくれたのは、青い珠だった。透き通っていて、瑠璃のようにとてもうつくしい。菜月は首を傾げなから、手のひらの上で転がしてみる。丸い珠はころころと滑った。

「これは?」

「風獣を倒すと、いつも出てくる珠さ。核、と呼んでいる。宝玉、なのかもしれないが、俺ら男どもには無用の長物だからな、お前が適当に使え。案外、きれいだろ」

「ええ。でも、いただいていいのですか」

「構わん。害もないし」

「ありがとうございます。青、好きな色です」

「風も止んだし、早く戻りましょうよ。寒くて寒くて、耐えられませんよ」

「まったく、カズヤは寒がりだな。もっと太って脂肪を蓄えたらどうだ。前から忠告しようと思っていたが、お前は筋肉質で、かつ痩せ過ぎだ」

「いやですよ。自慢の身体に、贅肉なんて。お姫さん、お風呂一緒に入ろう。あたたかいよ。あたためてあげるよ」

「い、いいえ! 遠慮します」

 吹雪に姿を隠されていた砦が、はっきりとあらわれている。驚くほど、菜月の近くに立っていた。空は、先ほどまでの吹雪が嘘だったかのように、きれいな夕焼け色だった。

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