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11 諸刃の秘密は

 藤原とカズヤの組も、砦に戻っていた。軽食をとっている。

 この時代、通常の食事は朝と夕の二食。ほかに、間食を昼などにも食べることがある。砦の任務は苛酷なため、体力を保つためにも普通の人よりも多く食べるようだ。そのわりに、リヒトやカズヤは細い身体をしている。相当な体力を使っているのだろう。

 剣が雪に濡れたままでは錆びてしまうので、手入れが欠かせないという。手招きをして、カズヤは菜月に近づいた。

「きみの剣、よく見せてよ。手入れの仕方、教えてあげるからさ」

 カズヤが菜月の隣に座った。お互いの脇腹と膝が触れ合う。ちょっと距離が近すぎるので、菜月が少し横にずれると、カズヤもまた移動してきて再び膝が接触した。あくまで接近したこの距離を保っておくつもりらしい。

「……どうぞ」

 カズヤの身体を意識し過ぎないように心がけながら、菜月は鞘ごと腰から引き抜き、カズヤに手渡した。

「へえ。拵えも凝っているね。意匠は、梅の花」

「だと思います。母は梅が好きでしたから」

「女性の持ち物にしては立派過ぎるし、脇差にしては短いし。珍しいな」

「よく言われます。父が、母に護身用として贈った品だと聞きました」

「ああ、大納言のね。でも、武具なんて大納言はまず使わないだろうし、きみの母親も必要としたとは思えないよね。宝の持ち腐れ」

 ずけずけとものを言うカズヤに、菜月はむっとした。

「しかも、両刃か。青と赤。青いほうばかり使っているの?」

「ええ。青が好きなんです」

「青いほうは、ずいぶん痛みが進んでいるよ。よく手入れをしないと。ほら、手を出して」

 ぐいっと手を引っ張られ、カズヤは菜月の背後に回った。菜月の背中とカズヤの胸がぴったりとくっつき合い、後ろから抱きかかえられているような姿勢になってしまった。膝が触れていた以上に、よろしくない姿勢だ。胸がもやもやする。

「あの、カズヤさん?」

「ほら、よく見て。手もと」

「で、でもこれじゃあ」

「なるほど。もしかして、意識しているの? 俺のこと」

「な……っ」

 言い返せない。

「こんな小娘にも、戸惑いとか恥じらいがあるんだなあ。ふーん」

「からかわないでくださいってば」

「教えてあげるんだから、しばらく黙っていて。きみには、別になにもしないから、今は。剣だよ、剣」

 しかし、カズヤは会うなり菜月を押し倒そうとした前科がある。かなりの女の子好きのようだし、砦に押し込められているぶん鬱屈しているはずだ。油断ならない。

「いいかい。こうして、打ち粉をする。粉が飛んでしまうから少しの間、息を止めて」

 耳もとでささやきかけられている。わざとだ。菜月の動揺を誘って、楽しんでいるに違いない。性格が悪い。これで菜月が失敗しようものなら、きっと大笑いするのだろう。いい暇つぶしに使われてしまっている。菜月はカズヤのことを、棒きれか柱かなにかだと考え、懸命に無表情を努めた。

 手入れが終わると、カズヤは剣をそっとしまった。

「いい剣なんだから、大切にしないと。俺の剣なんかは、もう使い捨てだけどね。高価な剣には憧れるけど、風なんて切れればなんでもいいから。でもこれ、なんで青と赤なんだろ。お姫さん、理由を知っている?」

「いいえ」

「今度、赤いほうも使ってみなよ。なにか、起きるかもね」

 菜月は考えた。赤い刃、か。業火でも吹き出して雪を融かしたら、おもしろいけれど、それはないだろう。

「ところでお姫さん」

 カズヤはとうとう菜月に抱きついた。当然、菜月は叫び、身をよじる。

「昨夜、宿直部屋でなにしていたの。俺、見たんだから。リヒトさんがきみを抱いて部屋から出てくるところ。もしかして、誘惑した? 第一夜から大胆だね。教えてくれなかったら、このまま離さないよ。リヒトさんが、きみの好みなのかい」

 寝ていたと思ったのに、カズヤは菜月の行動を見ていたらしい。

「やめてください。昨夜は、宿直の仕事について尋ねていたら、私が途中で寝てしまって。リヒトさんは運んでくれただけですってば」

「結婚話が出ていたぐらいだから、男女の仲のことは分かっているよね。最近、女の子と触れ合っていなくて、この際もう目の前の小娘風情でもいいや」

 カズヤは強い力で菜月の身体を抑え込んでいる。動けない。手出ししないと言ったばかりなのに。

「俺を負かせた人間って、久しぶりなんだよ。しかも女の子ときた。リヒトさんとの件といい、俄然興味が湧いてきたな。北の砦には、なにをしに来たの? 結婚から逃れるためとか言っていたけど、実は男漁りとか。都には軟弱者しか残っていないし、お姫さんには物足りないよね」

 必死に抵抗している菜月を、からかうような目つきでカズヤは楽しんでいる。口もとにはにやにやと、いやらしい笑いを浮かべて。

「困ります、カズヤさ……」

 そのとき、砦じゅうに乾いた警告音が鳴った。からからと、木で木を強く叩いている音だ。

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