弾かれたように逃亡する
「逃げてきたんだ」
ISSAと名乗った男は、何を躊躇う素振りもなく、はっきりと断言した。無意識に眉を寄せる。
「何から」
「逃げ出したくなるような現実から」
ISSAは目を細め、爽やかな笑顔で言った。こんな笑顔を放つ男に逃げ出したくなるような現実なんてあるのか。加えて、
こいつちょっと頭大丈夫だろうか。
僕はにわかに思い出したように訝り、顎に手を添える。
雰囲気的に武器や何かで恐喝をしてくる強盗、にも見えなかったので、とりあえず開け放たれたままの扉を静かに閉めた。
続けて距離は詰めず、同じ立ち位置からISSAを見据えてみる。腕を組み、片手を頬に当て小首を傾げたところで、相手が目の前にいるのに気がついた。
無意識に自分から近づいていたらしい。けれど、ISSAは部屋の真ん中で胡座をかいたまま、無抵抗でにこやかに応じていた。
「おまえは、悪い奴なのか?」
続けて僕がした質問である。まるで地球に舞い降りた宇宙人を見るような目で執拗に相手を観察するのに、ISSAは相変わらずの様子で、長い睫毛を刹那、瞬かせ、
「悪い奴。そうだね、見方によってはそう捉える人もいるかもしれない」
とか曖昧な返事をした。それが僕の質問の答えになってるかなってないかはこの際どうだっていい。
正体も百歩譲って二の次にしてやる。とにかくなぜこの部屋で、何をしたいのか。僕は立て続けに声に発して投げ掛けた。