反射と飛沫
その間、間を持たす為に僕はぼんやりと口を開いた。普段ならこんなことは絶対試みないのだが、やはり「いつもと違う1日」に、人間は習慣以外の物事に挑む傾向があるらしい。
「君、80階ビルの最上階から見る、一般道を走る水捌けのいい車には、何か惹かれるものがあると思わない?」
エレベーターガールは一瞬、訝り、斜めに僕を見たあと、直ぐに職務をまっとうして背筋を伸ばす。されど彼女の反応は、その見た目の割に適切だったと思う。
「何をおっしゃっているのか理解しかねますが…
このビルの最上階からでは、一般道を走る車の水捌けの良さなんて、きっと一般人の視力では見えないと思います」
僕は、思いついたように「あ」と声を漏らした。僕が声を漏らすのとほぼ同じタイミングで、エレベーターが一階に到着し、何事もなかったように機械的な動作で、彼女は「いってらっしゃいませ」と手を差し伸べた。
逆だ、とこればかりは思った。強いて言うなら、今ここに相応しい言葉は「お疲れさまでした」だろう。
「朔さん、お疲れさまでえす」
振り向くと、一階エントランスロビーで受付をする、春水さんが唇を突き出していた。見た目もケバい化粧に茶髪と近寄りがたいが、近くにいったら香水の臭いでもっとキツい。
何を隠そうここでの「僕」の愛称を考えた第一人者である彼女には、振り向き、礼儀正しく告げてみた。
「きっと、今日限りで君ともオサラバだ」
「リストラですかあ」
平凡な声がのんびりと届く。
「まさか」
僕は何だかおかしくなって、そこで初めて笑みを溢した。
「自分から辞めたのさ」