取るに足らないある話
「あの部屋にはもう長らく住んでるの?」
次にISSAは、外を眺めながらそんなことを訊いてきた。
「いや。3ヶ月前に脱サラして、最近になって仕事始めて、気分転換も兼ねて、引越しを」
「気分転換だってさ。今流行りの首切りってやつ?」
「それよく言われるけど違うんだ
脱サラは自分から試みたんだよ」
僕はもう、何一つ自分の情報を包み隠せていなかった。隠そうと言う意識も薄れたのは、鳥目であることを知られてからだ。
この男の澄んだ目に真正面から見られたら、隠したところで何もかも見透かされる気がして、正直もう嘘を吐く気力も、気にもなれなかった。
それに、脱サラして気分転換で引越しをした、それを述べただけで何だと言うのだ。
こんな有りがちな事柄、情報の悪用手口も思い浮かばない。
ウインカーを出して、円を描くように、緩くハンドルを回して左折する。
片側二車線の一般道を走行しながら、僕は横目で、ISSAを見た。
「次はおまえの番だ」
顔はそのままに、ISSAも目線を向ける。
「俺のことは洗いざらい話した。次はおまえ…ISSAのことを、詳しく説明してもらおうか」
「俺には朔ほど面白いエピソードなんてないよ」
平気で空惚ける。
僕が黙ってハンドルを操作していると、隣からどうとも取れる声色が
「ホントに無いんだけどな」
と鼻を啜った。