昨日の翌日
「ところで、今からどこへ行くつもり?」
「この世の夜明けまで」
適当にお茶を濁し、ハンドルを回す。なるべく赤信号に引っ掛からないようすり抜けて、一刻も早く、どこまでも行ってしまいたかった。
「呼び方がわからない」
出来うる限り避けていても、逃れられないことは現に多々ある。
赤信号で止まった車内で、ISSAは独り言のように呟いた。
「何?」
「名前だよ。あんたのことは何て呼んだらいい」
確かに、呼び掛けられる度に「あんた」だの何だのと言われるのは、少々忍びない。
ナメられた暁には、「おまえ」と呼び掛けられそうで、この顔にそう呼ばれたら僕は堪えれそうになかった。
「さくでいいよ」
「サク?」
イントネーションが可笑しくて、一瞬口角を緩める。
「朔の日の、朔」
そう教えたら、ISSAは納得したようで、そして再び前を向いて「朔ね」と呟いた。
身元もわからない正体不明の人間に、自分を晒す必要はない。このあだ名がまさかここで役立つとは思わなかったが、瞼に春水さんの厚化粧を思い浮かべ、ありがとうと呟いた。
朔。僕がそう人から呼ばれるようになったのは、厚化粧のカウンターレディー、春水さんがはじまりだった。
僕が普通の人とは違うらしいことを知ったのが多分、小学校に上がってすぐくらいだったから、一目見ただけでは、僕の変質に気付く人はそういないらしい。