3㎞先の盲目
水捌けのいい車体はそれだけで見映えがよく特な気がする、とか一般道を走る車を見て、考えていた。
「聞いてるのか、田淵」
怒声が届いたのはそこで。
「はい、聞いています」と答えてみても、上の空の部下の相槌ほど当てにならない返事は無いと思う。証拠に、逆の立場でも僕ならきっと社長と同じ態度を取っただろう。
「お前は、とにかくこういうことが多い。我が社に必要な人材と言う者はこういう者じゃないんだよ、今時この程度の実力なら、若手新社員にだって代わりならいくらだっている」
普通に仕事をしていたら、滅多に一般社員が立ち入ることのない社長室は、80階建てビルの最上階に内設されている。
同僚の山岡曰く、この部屋に立ち入るのは自分の実力が他者に認められ栄誉を讃えられる瞬間か、死神の持つカマとやらで、この繋がった首を飛ばされる時かの2つに1つだと聞いた。
どちらにせよ社長が直々にこの1000人にも渡る社員の中からたった一人を抜粋し、自分の仕事場に呼び出してする話と言えば、一か八かに限ることくらいは入社4年目・平社員の僕でも想像は出来た。
「要するにやる気が無いんだよ、やる気が。でなければこの程度のプロジェクトこなせて当然だ」
高い塔のてっぺんに上り詰めたキリギリスを思った。蟻の食料を喰い、また使える者を支配下に置くことで、働かせ、稼ぎ、ふんぞり返って蟻の手柄をかすめ取る。
社長の顔が逆三角形だったのと、目が少し離れていたからかと自覚した時は、口角が緩んだ。