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 無料のイベントだが、おそらく一時間程度で終了した。

 意外だったのが、この手のイベントはだいたいはスマホの電源を切るように指示されるイメージがあるが、芸人がネタを披露している間、その様子を撮影しても良いと案内されたことだ。

 俺たちより前にいた中年男性は随分と熱心に撮影していたが、おそなかなかのお笑いファンだったのだろう。

 俺と弓野は、見るのに全振りだった。

 夕方の少し前、大都会東京の空気だが、ギラギラと照りつけていた太陽の陽気が薄れていた。昼間はまるで夏と勘違いするほどだったが、今は快適な涼しさだ。

 幼馴染を気にかけ顔を覗くと、柔らかな笑みが返ってきた。


「えへへっ、面白かったね。イベント」


 朗らかな笑みをこぼす姿に、改めて安堵した。


「そうだな。まあまあ面白かった、かも」


 観客が少ない割にはそれなりの盛り上がりを見せたお笑いイベントだった。

 今回の場合、良い意味で普通のネタをやる芸人たちの集まりで助かった。

 たとえばエグい下ネタ系の芸人だったらと考えると、背中から温もりが消える。


「まあ良かったよ。変なことにならないで」

「え、変なこと?」

「あ、いや、なんでない」

「そ、そう? ところで拓弥くん、この後も用事あるのかな」

「いや、暇潰しって感じで外に出ただけだし。明日から高校始まるし、そろそろ帰ろうかなって思うけど。弓野は?」

「私も今日はもう何もないよ。えっと……なら、一緒に帰る?」

「だな、どうせ俺たち近所なんだし。降りる駅も同じだもんな」


 俺も弓野も、この後に予定はない。

 明日から高校生活が始まる。暇潰しはできたわけだし、新宿からそう離れていない我が家に向うことは至極普通の流れだ。


「えへへっ、それじゃ行こっか」


 一緒に帰ることになった弓野だが、どこか嬉しそうに微笑んだ。

 この子は、こんな感じで、優しい笑顔を自然とできる。

 俺も彼女のようにもっと自然に笑えるといいのにな、などと思うことがたまにある。

 四六時中仏頂面を決めてるわけではないが、我が家にいるあの姉たちのせいで自然な笑みが難儀なのかもしれない。

 帰れば、あの姉たちがいる。

 なんか嫌だ。

 しかし、人には帰るべき住まいがある。

 世田谷代田という近年人気だが都内では低層住宅街と言われているあの一帯で悪目立ちするあの大豪邸、それが俺のホームだ。

 渋々ながらも幼馴染とともに、確実にそこまでの距離を縮めている。 

 新宿から世田谷代田を目指すのは実に簡単だ。

 人通りの多い山手線でここからどこかに向かうなら東口から入り階段を降りて改札をくぐるのだが、新宿〜世田谷代田は小田急小田原線を利用する。

 小田急小田原線はおそらく山手線や総武線と比べれば空いている方だ。

 平日の夕方、仕事終わりのサラリーマンたちが使うには少し早い時間帯。それこそ新宿は街全体ではないが夜になれば男たちの欲望蠢うごめく歓楽街へと姿を変える。普通の居酒屋だって多いし、そうでなくても移動する人が多いから眠らぬ街と言える。

 だから今くらいの時間帯、車両の中にもそこそこ乗客がいるだけで空いているといえば空いている。


「……こうして拓弥くんと二人だけで帰るの、久々かもね」

「えっ、そうか」


 中等部時代にも弓野と帰路を共にすることはまあまああったと思う。

 幼馴染というのもあるかもしれないが、互いの家が徒歩で数分程度の距離。同然通学路だって同じわけで、共に帰ることが当たり前のような感覚だった。


「お互いに部活もあったから、たまにだったけど」

「中等部のときは二人だけというよりみんなで連んで帰ることが多かったよな」

「そうだったね。みんなで一緒に帰るのも楽しくて好きだけどね、でも……こ、こうして二人だけで帰るのって、えっと……久々だよね……」


 確かに、弓野と二人だけで帰るよりも、他の連中も一緒にいたことが多かった。

 俺と弓野は幼稚園からの付き合いだ。

 彼女以外で、初等部からこれまた奇跡的にクラスも同じでよく知っているのがあと二人いる。

 つまり、その二人も小学生以来の幼馴染となる。


槙坂まきさかと、あと倉村くらむらの二人も同じ高等部だもんな」


 一人は槙坂まきさかよう、もう一人は倉村くらむら奈美なみ。それが弓野以外の二人の幼馴染の名前だ。

 前者はわかりやすい言えばお調子者、もっと鋭い表現をすればバカだ。

 後者は弓野とは親友同士で、性格は優しくて控えめな感じのある弓野とは対照的なサバサバとした感じだ。

 この二人も、明日から俺たちと同じ高等部に通う。


「賑やかというより、やかましくなるな。特に槙坂とか」

「うふふっ、退屈はしなさそうだね」


 ちなみにだが、槙坂は今日は一日中寝ている、らしい。

 何故それがわかるのかというと、高等部で女子にモテたいからと張り切って肉体改造を試みたらしい。筋トレで無理をして、それが災いして全身筋肉痛とのことだ。

 普段からコツコツと続けていれば良かったものを。


「そういえば、拓弥君は高等部でもギターの部活に入るんだよね?」

「ああ、そのつもりだよ」


 うちの学園にはギター部というギターに特化した部活がある。同じ名前のものが高等部、中等部それぞれに存在するのだが、俺は中等部時代それに所属していた。

 もちろん高等部でもギター部の予定なのだが、何故か軽音楽部というものが中等部にはなく、高等部のみにある。

 軽音楽部だが、おそらく俺には向いていない。


「そういう弓野は部活決めてるのか?」


 訊ね返す、二つ返事で「うん」と頷かれた。


「私はね、料理研究部だよ」

「そうか。弓野は中等部でも料理の部活入ってたもんな」

「うん。でも私……お料理は好きなんだけど、下手なんだよね」

「あっ、そりゃ……なんつうか、下手ってわけじゃない……と思うぞ」


 反応に困る。

 ずっと明るい表情をしていたのに、料理の話題になって翳りを見せる弓野。

 彼女を傷付ける必要はないからストレートに言うことはしないが、確かに弓野は料理がアレだ、アレ……。

 彼女は料理は好きなようで、中等部時代は料理部なるものに所属していた。

 本人も自虐するようにその腕はお世辞にも上手とは言えないものであり、一応気を遣って下手ではないとしたが、上手いとか下手とか以前のレベルだ。

 第三者から聞いた話だが、弓野と部員、そして顧問が部活動で料理を作り、弓野以外のメンバーに何かが起きたらしい。

 何かという抽象的な表現だが、俺にそのことを話した第三者は多くは語らなかった。その何かが原因かは知らないが、料理部は一週間活動停止を余儀なくされた、らしい。


「まあ、その……料理の練習、頑張れよ」


 俺もギター弾きだが、最初から上手いわけじゃない。

 幼少期から練習を続け、コツを掴んで、上達したわけだ。

 料理だって、きっと同じはず。 


「うん、ありがとう……。まずはお砂糖とお塩の区別ができるようにならないとね!」

「え、そのレベルなのか……」


 嘘だろ……。やべぇよおい、絶対中学のときと同じ過ちが起こるぞ。

 でも本人やる気はあるようだし、頑張ろうとしてるのに水を差すのは控えるべきだよな。


「とにかく、明日から楽しみだね」


 あっ、だめだ。

 なんてけがれのない無垢な笑顔なんだ……。

 この子、本当に一生懸命なんだな。


「……ごめんな弓野。俺、最低だよ……」

「えっ、ええ!? 突然どうしたの? 拓弥くんは最低なんかじゃないよ!」


 自然と謝罪の言葉が漏れた。

 まあなんだ、うちの学園は人数が多いから、優しい先輩部員とか、この子をサポートしてくれる人はいるだろう。


「拓弥くんもギター、頑張ってね。と言っても、拓弥くんはとっくにプロレベルだと思うけど」

「いや、まだまだだよ。もっと上手くなるように頑張るさ」



〜美沙貴、玲亜サイド〜



「……あの二人、どんな会話をしてるの?」

「この距離じゃ無理だね、まったく聞こえない」


 弟とその連れが仲睦まじく会話をする様子を、少し離れたところから、気付かれないよう細心の注意を払いつつ監視をする美沙貴、そして玲亜。

 一際ひときわ怪しげな存在感を放つ二人の視線の先には当然拓弥と鼓のがいるのだが、その二人は互いに話し相手を意識している。

 新宿駅は利用する者はとにかく多く、一日の平均乗降客数が世界で最も多いことからギネス認定された程だ。

 離れた二人がギリギリ見える距離を保つが、他の利用者の喧騒が苛立ちを膨らませる。

 本当ならもう少し近付きたい、そんなもどかしさが美沙貴の胸を掻きむしる。


「んあぁぁぁーー、もう透明人間になりたい。そしてずっと拓弥のそばにいて四六時中ぐへへへって言うだけの人生を送りたい」

「美沙貴ちゃんぼっちなんだからある意味透明人間じゃないの?」

「なっ、失礼な! ぼっちなのと存在感がないのはぜんぜん違いますぅーー! てかもうすぐで電車来るよね。あの二人、このまま代田まで帰るのかな」


 美沙貴たちも、それに尾行されていると気付かない拓哉と鼓も、既に改札を通過してホームで電車の到着を待っている。

 美沙貴が地団駄を踏むんでいる位置からでも拓弥と鼓が仲睦まじく顔を向け合っている様子が小さく見える。

 気が気じゃない美沙貴に玲亜は、


「このホーム、世田谷代田駅に行く電車のやつでしょ? ならそのまま帰ると思うよ。拓弥たちの学校は明日から始まるんだし」


 と、涼やかに声をかけた。


「……世田谷代田駅の近くって、ホテルあったっけ」

「あるわけないでしょっ! あの辺り低層住宅がメインだよ」

「コンビニはあるじゃん。表向きはコンビニでも裏で幼馴染の上納とかしてるんじゃ……」

「どこのフ●テレビよっ!?」


 玲亜の鋭い声がキンキンと美沙貴の鼓膜を振るわせた途端、ホームにアナウンスが流れる。


「あっ、電車来るね」

「どうすんの美沙貴ちゃん、電車の中で近付いてみる?」

「……新宿から代田の駅って近いよね? 十分ちょいだよね」

「うん、たしか十二分くらいかな」

「……ここまで尾行して電車の中で見失いましたーとかはイヤだし、なるべく存在感を消して同じ車両に乗ろうか」

「わかった。まあ、乗り換えしないで着くんだけどね」


 玲亜がそう言い終わるのとほぼ同じタイミングで八両編成の電車が姿を現した。

 ホームドア越しの車両がゆっくりと速度を落として、しばらくすると停車する。

 間もなくホームドア、そして車両のドアがゆっくりと開く。離れた場所で並んでいた拓弥と鼓が黄色の点字ブロックを越えたのを確認し、美沙貴たちも素早く乗り込んだ。

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