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 馬鹿一匹のせいで眠りを妨げられたことにより機嫌が悪い。最高に悪い。ところで姉を数える単位ってひきで間違ってないよな。

 冷たい水を顔に叩きつける。そうすればサッパリするだろうと思い、階段を降りて一階に移動した。

 眠気など覚めたが、歩いたからではない。もちろんアイツのせいだ。

 そして大きな一枚鏡の前に着いた。


「あの野郎、朝から騒ぎやがって……」


 騒いだ本人はどっかに消えた。もしかすると勢い余って世田谷区から逃亡したかもしれない。それならそれで別にいいが。

 バシャバシャを水を叩きつけた自分の顔が大きな鏡に映し出され、それと睨めっこした。


「はぁー……スッキリしたかな」


 だいたい水ぶっかければ人間の顔なんてシャキッとするもんだろう。

 スッキリはした、と思う。

 でも今の自分の顔はにこやかとは言えない。不機嫌なときの顔が年齢のわりには怖すぎるからもう少し穏やかさを意識しろ、だなんて言われたことがあったのを思い出してしまった。言ってきたのは俺と同い年の男だ。

 老けているというわけではないだろうが、目つきが良くない、のかもしれない。


「……不機嫌かな、俺って」


 秋田のなまはげっているだろ、今どきのガキがあれで泣き喚くか知らないけど、不機嫌な感じの俺は本当に嫌な顔をしているのか。

 親からの頂き物にケチつけるのも嫌だし、でも鏡に向かって笑顔の練習するようなアホでもない。

 顔も洗い終えたことだしそろそろ移動しようと思っていたら、


「さっきから鏡と睨めっこして動画したの?」


 女の声が聞こえた。

 恥ずかしいところを見られたと思って振り向くと、声の主は美沙貴ではない。年齢は美沙貴より一つだけ上、声はほんの少しやつより大人びてる感じがあって、それでいて瑞々しい雰囲気がある。


「おはよう! 拓弥」

「ああ、玲亜れいあ姉さんか」


 玲亜姉さんが微笑みかけてきた。

 年齢は美沙貴の一つ上なので、俺より三つ上になる。学生で言えば大学一年なのだが、この人は面倒という理由で大学には進んでいない。


「もうっ、『姉さん』じゃなくて『お姉ちゃん』でしょ! もしくは『玲亜ちゃん』って呼んでよ」


 ぷくっと不機嫌そうな顔で言われた。不機嫌をそれで表現できるの、女ってズルい生き物かもな。

 玲亜姉さんと美沙貴だが、共通点がけっこう多い。二人とも髪は黒色のロングで、ビジュアル的には清楚に見えるが内面的な残念さが大きいところだ。


「んなキモい呼び方するかよ。んで何な用か」

「用というより、こんな朝早くから鏡をじーっと見て何してるのかなって」

「別に、ただ顔洗ってただけだけど」

「うーむ、ほんとかなぁ〜」


 疑いの眼差しだ。

 確かに顔を洗うのが目的だったのは間違いないが、自分の顔を続けてしまったことも事実なので強く否定できない。


「本当に顔を洗いたかっただけだよ」

「ふーん……でも私が声をかけるまで鏡の中の自分の顔じっと見てたよね」

「いや、別に意味なんかねぇけど」

「うーん……拓弥、お髭とか生えてないしね。あと毎日顔を観察してるけど目立つような汚れとか目やにもないんだけどな」


 ストーカーのような発言を弟相手に平気でするの、美沙貴といいこの人といい毎日のように観察して何か良いことでもあるのだろうか。


「俺の顔アサガオじゃねぇんだよ、観察して何がいいんだよ……。不機嫌になると顔が変な感じになるかなって見てただけだよ」

「そんなことないもん! 拓弥の顔、超かっこいいもん! めっちゃイケメンだもの! その辺にうじゃうじゃいるチャラ男とか若手のアイドルや男性声優なんて拓弥と比べれば路傍の石だよっ!!」

「嬉しくないな」


 声優って見た目重視なんだな、その手の話立場的にけっこう聞くけどさ。


「拓弥はちっとも自分の魅力にわかってないよ! 拓弥は確かに同い年の子たちと比べると雰囲気が大人びてるというか落ち着きがありすぎるというか……怒った時の顔はちょっぴり怖いかもだけどさそれがまたカッコいいんのよ! キリッとしてるというか、そこが魅力なのー!」


 姉がいて朝騒がれて眠気が吹っ飛ぶ。そして顔を洗ってたらまた別の姉がいて鏡の中の自分をじっと見てるところを見られて恥ずかしい思いをして、言い訳したらしたらで今度は何故か自分の魅力について熱弁される。

 こんな休みを迎える高校生、おそらく日本で俺一人だろう。


「キモいからどっか行っててくれないですかね……」

「照れるな! お姉ちゃんのことも褒めろい!」

「水ぶっかけんぞ」

「まあ、朝っぱらからお姉ちゃんに向かって水攻めだなんて……拓弥くんのだ・い・た・ん……ひゃっ!?」


 玲亜姉さんの顔面が濡れた。

 顔面にぶっかけやったからだ。


「ちょっ、いきなり何するのよっ!? 顔がビシャビシャじゃない!」


 思いのほか顔が水で濡れていた。

 両手で水を溜めて軽くかけるつもりだったのだが、思っていたより水の量が多かったようだ。

 まあ、いいや。


「忠告はしたし、それをそのまま実行に移しただけだ」

「うぅ……、服までちょっと濡れちゃったんだけど!」


 見ると、顔にかかった水は滴り落ちて、首へ、そして肩や胸元へと染み渡っている。まあ、当然ではあるが。


「拓弥のいじわるッ!! 着替えてこないと……もう、後で絶対仕返しするんだからねーだ!」


 そう言うと、玲亜姉さんは足早に離れて二階にある自分の部屋へと向かった。変なのがまた一人いなくなって、めでたしめでたし。


「……行ったか、姉さん。まあ、あとで一応謝っておくか」


 蛇口を再びひねり、勢い良く出る水を手で受け止めて、それを顔にぶちまける。冷たい水が顔中を削り流れる感触に、生き心地を覚える。

 そして一応謝罪するつもりがあるの、俺っていい子。

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