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3-4

【二〇XX年 四月二十一日 火曜】

東京都 世田谷区代田 稲本いなもと



 都合が良いのか悪いのか、部活から帰ってリビングまで移動するとそこにいたのは涙目で助けを茉奈まな姉さんが一人だけ。


「マイリトルブラザー、お助けおぉぉ〜〜〜〜!!」


 わざとらしい。実にわざとらしい。

 シチュエーションは昨日の夜と同じで、家族共有のノートパソコンを開いた状態。

 異なる点は、茉奈姉さんが紅涙を絞っているところだ。


「なんで泣いてんだよ、アンタ」


 我ながら無愛想な声。

 ただ、泣き喚く面倒な姉にはこのくらいが適切だ。


「うぅぅ……口コミ書いたらお店の人が反論してきたんだよ」


 茉奈姉さんは弱々しい震えた指先でパソコンの画面を差した。

 ただその画面はGoo●leマップではない。

 姉さんが書いたと思われる口コミのスクショが掲載されたSNSの投稿だった。


「ほら、これ……お店の人がね、わたしが書いたやつスクショしてさ、それが拡散してちょっと炎上してるんだよ」

「うわ、マジかよ……」


 身内の炎上をこんな形で拝むことになるとは、予想だにしなかった。

 いずれ姉たちの誰かがひょっとしたら、とか考えていたが、まさか茉奈姉さんがそうなるとは。


「わたしはさ、『お肉が薄いからもっと厚くしてほしい』って書いただけなのに……お店な人、こんなこと書いてたんだよ!」


 再び視線を移してSNSの投稿を見る。


『こちらの方が先日お店に来てこんなクレームを…。このご時世、一生懸命やってるんでこんな投稿に負けずに、常連客のために今後も変わらずにお店続けるつもりではいますけどね。普通の女性よりしっかりした体格でたくさん食べたいのはわかりますが、なら食べ放題のお店に行ってくださいな』


 この投稿、見るとそこそこ拡散されていて、いいねもまあまあ付いている。

 大炎上とまでは言えないが、プチ炎上的な状況だろう。


「なんでこっちが悪者扱いされなきゃいけないのよぉ〜〜! マジでお肉薄くてペラッペラだったんだから!!」


 ご機嫌斜め、顔を赤く染める茉奈姉さん。

 俺は高度な技術で薄く切られた肉の写真を見せられたので、茉奈姉さんの言い分は理解はしている。

 

「しかも女性に向かって失礼なこと書いてやがるしっ! そりゃあたしは少しぽっちゃりしてるしそういうキャラとして知られてるけどさ!」


 自覚はあるんだな。

 我が家で一番の大食であることは事実だし、食べ放題に行けよという店側の指摘と間違いではないと思う。

 が、同時に店側の反論に疑問も感じる。


「姉さん、口コミ書いた時あの写真は載せたのか」

「え、あの写真?」

「昨日、俺に見せたあの薄い肉の写真だよ」


 訊くと、茉奈姉さんは目を点にした。


「ほえっ……? こういう口コミって文章だけじゃないの? 写真とか載せられるの?」

「あぁ……姉さんが悪いわ」


 言うと、点になっていた瞳が本来の丸みと潤いを取り戻し、そしてこちらに使って不機嫌そうに細くなる。


「だって普段こーゆー口コミとか書かないもん! 読むことはまあまああるけど」

「文章だけより実際に撮った写真あった方が説得力あるだろ」

「確かに、そう言われると。ま、わたしの場合は自分のSNSでそれやっちゃうといろいろ面倒だし、ひっそりと口コミで写真あげた方が良かったのかもね」

「……なあ、姉さん?」


 ふと気になることがあり、訊ねた。


「ん?」

「裏アカとかやってんのか?」


 するとあら不思議、茉奈さんが間抜けな表情で顔の緊張を解いたではないか。

 我が姉たちの中でも随一の間抜け、というかアホななのに、随分と愚昧ぐまいな様だ。


「そんなこと聞いてどうすんの?」

「いや、素朴な疑問。自分の個人の、声優としてのアカウントで愚痴とか書くと荒れるだろ。なら裏アカとか作ってやるもんかやって」


 今や人気商売の女性声優という立場、しかも人気と知名度がさらに肩身を狭くするだろうと気を遣ったつもりで訊ねたのだが、茉奈姉さんは深刻な眼差しに変わった。


「拓弥、女性声優にとって裏アカとか自殺行為なんだよ」

「……何故に?」

「バレたら最悪立場を、一生懸命築いたものを失うんだよ。生存はしてるけど八巻ア●ナという例があるし」※

「実例あんのかよ」

「シャ●マスって面白いゲームに出てる人だよ」


 こういうリスクベッジは意外としっかりしている。間抜けというかアホ要素強めという印象だが、流石は売れている声優だ。

 興味はないが、その姿勢は感心せざるを得ない。


「はぁ……。まあ、炎上っていってもプチってレベルだしね。わたしが書いたってことはみんな知らないし、このまま落ち着くのを待つしかないのかな」

「そうだな。どうせこんなの一時的だろ」


 たとえばこれが笑い話では済まない不祥事や飲食店で多発していたバイトテロ、寿司テロ的なトラブルならその傷は一生尾を引くだろう。

 どうせ、ほとぼりはいつか冷める。


「そうだ! 今日、他のみんなは収録とかラジオとかで遅いんだって。拓弥、ご飯まだでしょ? 奢るから出前頼もうよ」

「ああ、ありがとう。何を頼むんだ?」

「牛丼かカツ丼か二郎系ラーメン、あとハンバーガーとか唐揚げとか」

「痩せろ」

※https://www.j-cast.com/2022/08/31444794.html?p=all

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